<錦織4位、日本勢最高タイ=クルム伊達に並ぶ―男子テニス世界ランク> 時事通信 3月2日(月)10時33分配信
男子テニスの最新世界ランキングが2日発表され、メキシコ・オープン準優勝の錦織圭(日清食品)が前週の5位から4位に上がって自己最高位を更新するとともに、現行のランク制度で日本選手として男女を通じた最高位を記録した。
1973年の現行制度導入後、日本勢は女子のクルム伊達公子(エステティックTBC)が95年にマークした4位が最高で、錦織はこれに並んだ。
錦織選手が世界ランキング4位のニュースは嬉しいニュースだが、これで伊達選手の記録に並んだと知り、伊達選手のファンとしては少々複雑な感じもしている。
現役時代、破竹の勢いで成長する伊達公子選手は、彼女の代名詞ライジング・ショットをもじってライジング・サンと呼ばれるほどだった。
ライジング・サンという名に惹かれた部分もあるが、伊達選手のライジング・ショットは素人の自分でも打点の違いが分かるほどスゴイもので、彼女の試合を見るのは楽しかったし、それに応えてくれる名勝負も数々あった。
ウィンブルドンや国別対抗戦でのシュテフィ・グラフ選手との名勝負は、多くの人の記憶に残る素晴らしいものだった。
そんな彼女が全盛期にコートを去ったのは、伊達ファンとしては寂しかったが、「子供が好きで、はやく子供が欲しいから、はやく結婚したかった」という引退理由を知った時には、コートでの強気で頑固で闘志を隠さない女傑のイメージとのギャップに驚きながらも、微笑ましく応援の気持ちを持ったのだが、伊達選手は37歳でコートに戻っくる。
これはスポーツに関心の薄い、自分の周囲の人達の間でも少なからず話題となった。
その少し前には、アテネ五輪で41歳で銀メダルをとった選手が「中年の星」と呼ばれたが、伊達公子選手の復活も、ある世代の人達に希望を与えたのではないだろうか。
平成になるなり日本を襲った「失われた10年」とも20年とも言われる時代にもがいている世代のなかには、ある種の不満を抱えている人が少なからずいるように感じられる。
そんな人にとって、伊達選手の復帰と活躍は嬉しいニュースだった。
もともと伊達選手のファンだった自分ももちろん嬉しかったが、現役時代の豪放磊落というイメージよりは、少し思いつめた感じの様子が気にもなっていた。
そんな伊達選手が「不妊治療を語った」というニュースを見たのは、現役復帰からしばらく経ってのことだった。
どうしても子供が欲しい伊達選手は、食事療法から最先端の不妊治療までさまざまに努力をしたと。
現役時代テニスでは、努力をすれば何がしかの結果は伴ったが、夫婦ともに健康で、子供を授かるべく様々な努力をしたにもかかわらず、どうしても子供を授かることはなかったと。
性も根も尽き果てそうになったとき、夫ミハエル・クルム氏の「僕は子供と結婚したんではなく、公子と結婚したんだ」という言葉に励まされ、現役に復帰する。
子供が欲しいという思いから逃れるには、現役時代以上の練習で体を苛め抜くしかなかったのかもしれない、実際に他の記事で同趣旨のことが語られている。
現役復帰してからの伊達選手は、確かに世界ランキング4位となった全盛期には及ばないが、ダブルスなどで伊達らしさを見せてくれ4大大会でも活躍している。
ダブルスで若手を引っ張る姿には、子供を産み育てるのとは違うが、次の世代を育てる気概を自分は感じていた。
この一球は絶対無二の一球なり
されば身心を挙げて一打すべし
この一球一打に技を磨き体力を鍛へ
精神力を養ふべきなり
この一打に今の自己を発揮すべし
これを庭球する心といふ
伊達選手のライジング・ショットには、腕力だけではない力があった。
若い頃には瑞々しい思いが、現役復帰後にはもっと複雑で、しかし素直な思いの丈が込められていると、思う。
先日の全豪オープン後の会見で涙を流していた様子から考えると、あと、どれくらい伊達選手のテニスが見られるかは分からないが、同世代の人達に与えた元気と、次世代に示した選手としての姿と、
伊達選手が蒔いた芽は、そこかしこで育っていくと思っている。
伊達公子さんの笑顔が見たい。
ところで、不妊治療の苦しさといえば、雅子妃殿下のお気持ちを思う。
男子を授かれず、皇位継承問題で弱い立場に追い詰められ、病に倒れられたことが注目されがちだが、長く(おそらく)治療をなさり、せっかく御懐妊の兆候が見られたのに、不届きなマスコミのせいで第一子を流産されているお苦しみを忘れてはいないか。
「子供を授かりたかったという苦しみ・葛藤」を乗り越えるために37歳を越えた伊達選手が現役復帰し、44歳の今も続けている過酷な練習の日々を思う時、その願いは痛みを伴い伝わってくる。
そして、その痛みは、世界中の注目を集めるなか治療をされた皇太子ご夫妻の辛さと、第一子を流産されている悲しさと、やっと授かった子供が女子だからという理由で認められない苦悩に重なり、私の心に迫ってくる。
皇太子ご夫妻は今年から「子どもの日」に合わせた公務を引き継がれるが、以前から「子どもに関わる公務」に携わりたいと、何度も述べておられる。
誠実に懸命に真面目に努力し絶対無二の賜物を得た人は、広く世界の子供に、力と希望を与えることが出来る存在となる。
伊達選手がキッズテニスやダブルスで若手を育て活躍していかれることを、
雅子妃殿下が自己研鑽を積んで習得された五か国語を活かした活動で、世界で活躍できる日本の子供を励まされるよう、願っている。
男子テニスの最新世界ランキングが2日発表され、メキシコ・オープン準優勝の錦織圭(日清食品)が前週の5位から4位に上がって自己最高位を更新するとともに、現行のランク制度で日本選手として男女を通じた最高位を記録した。
1973年の現行制度導入後、日本勢は女子のクルム伊達公子(エステティックTBC)が95年にマークした4位が最高で、錦織はこれに並んだ。
錦織選手が世界ランキング4位のニュースは嬉しいニュースだが、これで伊達選手の記録に並んだと知り、伊達選手のファンとしては少々複雑な感じもしている。
現役時代、破竹の勢いで成長する伊達公子選手は、彼女の代名詞ライジング・ショットをもじってライジング・サンと呼ばれるほどだった。
ライジング・サンという名に惹かれた部分もあるが、伊達選手のライジング・ショットは素人の自分でも打点の違いが分かるほどスゴイもので、彼女の試合を見るのは楽しかったし、それに応えてくれる名勝負も数々あった。
ウィンブルドンや国別対抗戦でのシュテフィ・グラフ選手との名勝負は、多くの人の記憶に残る素晴らしいものだった。
そんな彼女が全盛期にコートを去ったのは、伊達ファンとしては寂しかったが、「子供が好きで、はやく子供が欲しいから、はやく結婚したかった」という引退理由を知った時には、コートでの強気で頑固で闘志を隠さない女傑のイメージとのギャップに驚きながらも、微笑ましく応援の気持ちを持ったのだが、伊達選手は37歳でコートに戻っくる。
これはスポーツに関心の薄い、自分の周囲の人達の間でも少なからず話題となった。
その少し前には、アテネ五輪で41歳で銀メダルをとった選手が「中年の星」と呼ばれたが、伊達公子選手の復活も、ある世代の人達に希望を与えたのではないだろうか。
平成になるなり日本を襲った「失われた10年」とも20年とも言われる時代にもがいている世代のなかには、ある種の不満を抱えている人が少なからずいるように感じられる。
そんな人にとって、伊達選手の復帰と活躍は嬉しいニュースだった。
もともと伊達選手のファンだった自分ももちろん嬉しかったが、現役時代の豪放磊落というイメージよりは、少し思いつめた感じの様子が気にもなっていた。
そんな伊達選手が「不妊治療を語った」というニュースを見たのは、現役復帰からしばらく経ってのことだった。
どうしても子供が欲しい伊達選手は、食事療法から最先端の不妊治療までさまざまに努力をしたと。
現役時代テニスでは、努力をすれば何がしかの結果は伴ったが、夫婦ともに健康で、子供を授かるべく様々な努力をしたにもかかわらず、どうしても子供を授かることはなかったと。
性も根も尽き果てそうになったとき、夫ミハエル・クルム氏の「僕は子供と結婚したんではなく、公子と結婚したんだ」という言葉に励まされ、現役に復帰する。
子供が欲しいという思いから逃れるには、現役時代以上の練習で体を苛め抜くしかなかったのかもしれない、実際に他の記事で同趣旨のことが語られている。
現役復帰してからの伊達選手は、確かに世界ランキング4位となった全盛期には及ばないが、ダブルスなどで伊達らしさを見せてくれ4大大会でも活躍している。
ダブルスで若手を引っ張る姿には、子供を産み育てるのとは違うが、次の世代を育てる気概を自分は感じていた。
この一球は絶対無二の一球なり
されば身心を挙げて一打すべし
この一球一打に技を磨き体力を鍛へ
精神力を養ふべきなり
この一打に今の自己を発揮すべし
これを庭球する心といふ
伊達選手のライジング・ショットには、腕力だけではない力があった。
若い頃には瑞々しい思いが、現役復帰後にはもっと複雑で、しかし素直な思いの丈が込められていると、思う。
先日の全豪オープン後の会見で涙を流していた様子から考えると、あと、どれくらい伊達選手のテニスが見られるかは分からないが、同世代の人達に与えた元気と、次世代に示した選手としての姿と、
伊達選手が蒔いた芽は、そこかしこで育っていくと思っている。
伊達公子さんの笑顔が見たい。
ところで、不妊治療の苦しさといえば、雅子妃殿下のお気持ちを思う。
男子を授かれず、皇位継承問題で弱い立場に追い詰められ、病に倒れられたことが注目されがちだが、長く(おそらく)治療をなさり、せっかく御懐妊の兆候が見られたのに、不届きなマスコミのせいで第一子を流産されているお苦しみを忘れてはいないか。
「子供を授かりたかったという苦しみ・葛藤」を乗り越えるために37歳を越えた伊達選手が現役復帰し、44歳の今も続けている過酷な練習の日々を思う時、その願いは痛みを伴い伝わってくる。
そして、その痛みは、世界中の注目を集めるなか治療をされた皇太子ご夫妻の辛さと、第一子を流産されている悲しさと、やっと授かった子供が女子だからという理由で認められない苦悩に重なり、私の心に迫ってくる。
皇太子ご夫妻は今年から「子どもの日」に合わせた公務を引き継がれるが、以前から「子どもに関わる公務」に携わりたいと、何度も述べておられる。
誠実に懸命に真面目に努力し絶対無二の賜物を得た人は、広く世界の子供に、力と希望を与えることが出来る存在となる。
伊達選手がキッズテニスやダブルスで若手を育て活躍していかれることを、
雅子妃殿下が自己研鑽を積んで習得された五か国語を活かした活動で、世界で活躍できる日本の子供を励まされるよう、願っている。