何を見ても何かを思い出す

He who laughs last laughs best

月よりの使者「異端」

2015-03-30 00:21:55 | 
「異端の大義」を読み返すと、経営方針や恣意的人事に真っ向から反論しにくい理由に、同族企業の体質をあげている。

確かに、創業者一族に連なり人事を握る人間(湯下)が 「誰が、お前の殺生権を握っているのか。それを思い知らせてやる。もはや目障り極まりない存在となったあの男に、企業の掟というものを、たっぷり味わわせてやる」 と言いながら、主人公を左遷する場面などを読み返すと、そんな横暴が許されるのは同族企業だからと思いがちだが、それだけだろうか。

「これほど酷い業績なら、欧米では経営陣が真っ先に責任を問われる」 と指摘する海外の経営者に対して、主人公(高見)は 「創業者一族が経営の実権を握っているので、誰も面と向かって追及しにくい」と答えているが、それだけだろうか。

私情人事はどの組織でも少なからずあるし、無能な経営者は何所にでもいる。

それらの全てが同族企業というわけではない。
同族企業の場合は、日本的体質の悪い面が一層際立つということではないだろうか。

では何が、日本人的な体質かと考えると、我が身を振り返っても思うが、面と向かって意見するのを好まないという国民性が、一つにはある。

「絶対的権力は絶対に腐敗する」を肝に銘じて欧米が権力分立体制を確立させたのは、一所に権力が集中するのを避けることだけが目的ではなく、分散化された権力が相互にチェックしあうという機能こそを重視している。

しかし我々日本人には、見張りあうのはともかくも、チェック内容に基づき面と向かって意見するのを好まない風土があるため、面と向かって意見を言う者は、それが正論であっても、「異端」のレッテルを貼られる傾向がある。
馬鹿の言いたい放題を、鷹揚に構えて見逃す余裕をみせる一方で、耳に痛い正論を真正面から言う者に「異端」のレッテルを貼り冷遇する。
これでは、まっとうな組織や社会は疲弊してくる。

この小説では何度も、「東洋という会社は、人的資源の無駄遣いをする会社だ」というセリフが出てくるが、これは東洋という会社に限らず、「日本というのは、人的資源の無駄遣いをする国だ」という言葉にも置き換えられそうだ。


異端の原因を海外に求める説もある。
創業者一族の友人(湯下)に面と向かって忠告したのを逆恨みされ私情人事の被害に遭う主人公高見は、アメリカの工科大学で学び、企業派遣でシカゴ大学のMBAを取得している。この経歴が「異端」の原因の一つだと思った湯下は、高見のことを「バナナ」と蔑んでいたと告白する。

私の周囲で、これほど時代錯誤な話はさすがに聞かないが、作中 「日本社会において、帰国子女が事あるごとに、差別的な言葉で以て囁かれることは珍しい話ではない。外見は日本人でも、思考や行動原理はアングロサクソンのそれである人間を指して、「バナナ」と呼ぶのはその一例だ」 と書かれていることを見ると、そういう前時代的遺物の石頭が、まだまだ社会や組織の上に漬物石のごとく乗っかって風通しを悪くているのは、確かなのだろう。

しかしながら、バナナと異端視される主人公が、当初転職が上手くいかない理由が、まさしく日本人的理由であるのは、皮肉だ。
死の病に冒された父を気遣い、リストラされる従業員の再就職先の斡旋や対応などに心をくだき、自らのキャリアパスを後回しにしてきた主人公が、子供の学費を捻出するため人材斡旋会社の門をたたいた時に、言い渡される。

「決断力の遅さがマイナス」
「無配・赤字が4年。悪化し始めたときに転職していれば・・・・・しかし、船が沈み始めてからでは遅いのです。
 窮地に陥ってから慌てて次の船を探すような人間に手を差し伸べる企業はありません。
 気配を察して、次の船を探す。それくらいの、したたかさと決断力がなければ、(転職は難しい)」 と。

バナナと蔑まれ異端視されながらも、工場閉鎖と職を失う従業員のために邁進していた主人公。

だが、誰も彼もが機を見るに敏で、沈みかかった船から一目散に逃げたのでは、本来沈まないものさえ、沈んでしまいかねない。

実際に、東洋電器がリストラをするにあたり公募という早期退職金制度を提示すると真っ先に手をあげたのは、将来を嘱望されている社員ばかり。
経営改善のための雇用調整の結果おこった人材の流出が、会社の存亡をますます怪しくする事態につながっていく。

前時代の遺物に固執する者からすれば、真正面から異論や正論を説く者は「異端」でしかなく、まして海外生活が長い者は存在そのものが「異端」なのかもしれないが、一たび海外から見れば、前時代的漬物石こそが「異端」でしかない。

しかし、異端はいつまでも異端ではないし、異端にも大義がある。

「異端の大義」を読み返しながら、トヨタの方針転換「勇者よ進め」(3/5)と家具屋騒動から見る「今を生きる大義」を考えてみる。

つづく