二〇二五年一月四日(土)。
早朝(午前五時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。
朝食(午前八時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。
昼食(午後一時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。
夕食(午後六時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。
パソコンの裏側で見つけたんだけど、これさ、この前に飼い主が言ってた腕時計なんじゃない?
ん、そんなところにあった。よく見つけてくれたね。
でも飼い主が前に言ってたのと違うような。シチズンじゃないよ。
どれどれ、ああこれね、セイコーだ。間違ってた。長方形のレディースでブラウンの皮ベルトタイプ。AVENUEって印字の下になんかアルファベットの筆記体で書いてあって今で言うNANOユニバースと同形のものだね。一九九〇年代に買ったのさ。何度か電池交換しただけで随分長生きしたなあ。二〇二二年のリハビリで毎朝日の出の写真を撮りに行ってたんだけどその時もこの時計で時間計ってた。
初代タマさんが生きてた頃だね。
そうだなあ、買ったのはさらにその前かな。滋賀県に引っ越してくる以前、長岡京市ってところから京都市内の病院へ通ってた頃かもっと前。入院中のお昼休みに近くの時計店で電池交換してもらった覚えがある。そう言や亡くなったお婆さん知ってるだろう。癌治療の付き添いの時もこの時計見てた。
長い付き合いなんだね。
そうだね今おもうと。ちなみに身の周りの品々で長く付き合ってきた日用品にも一種の伝説がまとわりつくことがある。
人間って伝説好きだね。でもなんで日用品なの?
百鬼夜行絵巻ってのがある。
はあ?
中世の産物なんだけど当時の庶民生活に欠かせない杓文字とかが妖怪のひとつとして描かれてる。
また杓文字なの?
後世の説明としては道徳的な後付けがあまりに多くて信用できないんだけど身の周りの品々ってことでは奈良時代とか平安時代までさかのぼることができる。前に教えてやったろう、柳田國男が言ってる杓文字伝説の由来。
覚えてるよ、招き猫の出現より遥かに古いって話でしょ。
この箇所だね。
「杓子には、その表向きの商法とはまったく関係のない『招く』と言うことが、常に大なる働きをしている。待人を呼ぶにも三度招き、または四方に向って客を招く。かと思うとこの物で招かれると三年の内に死ぬと言う話もある(俚言集覧)。いずれも自分が前に掲げたところの仮定、すなわち杓子に人の魂を摂取する力があると考えられたものとみることによって、始めて説明が可能である」(柳田國男「史料としての伝説・おたま杓子」『柳田国男全集4・P.345』ちくま文庫 一九八九年)
そうそう、「おたま」って言われてはっとしたんだ。
日用品といっても「杓子/杓文字」だけが他の品々と違ってちょっと特別なのはなぜかってことになると今なお決定的な説明も研究も出てないけどね。
人間ってすぐ怨霊とか幽霊とか言いたがるようだけど幽霊とはまた違うの?
違う。日用品じゃないけど化けて出る「幽霊」ってことで言えば「日本霊異記」の下巻の第二十七のタイトルに「髑髏の目の穴の笋を揭き脱ちて以て祈ひて霊しき表を示しし縁」とある。話の前半ではドクロで出てきてドクロが語る。後半ではドクロの正体は自分だって言って人間の姿で出てくる。その四百年くらい後なんだけど「宇治拾遺物語」の巻第十二の十五のタイトルはまんま「河原院融公霊住事」。源融の幽霊が出てくる。日本で実在した人物の幽霊の実質デビューってところかな。
黒猫繋がりの楽曲はノン・ジャンルな世界へ。タシ・ワダ。裂け目ひとつない世界なんてないと常々わかっていても、ではそれを知った時にどんなふうにわかったとわかるのか。不安定性や不確実性という言葉を様々に翻訳してみても語り尽くせない音と詩を聴きに行こう。