どこに つねに歓び深く水流されているどんな園々で、
どんな樹々に、どんな優しく花びらの散り落ちた蕚から
実るのだろうか 慰めの見なれぬ形の果実らは?これらの珍らかな果実の
そのひとつを 時としておまえの貧しさの
踏みにじられた草地に見いだすだろう。そのたびに
おまえは感嘆する、その果実の大きさ、
その無傷なありさま、その果皮の柔らかさに、
そして鳥の粗忽も 這い虫の妬みもおまえに先んじてそれに
触れていることに。しかしいったい存在するのだろうか、飛びかう天使らに囲まれ、
隠れた緩慢な庭師らによっていかにも不思議にはぐくまれ、
私たちのものになることなく 私たちのために実を結ぶ樹々は?
私たちはついぞできなかったのだろうか、影であり翳りである私たちには、
私たちの性急に熟しそしてまた萎える振舞いによって
あの悠揚な夏々の平静を乱したりすることは?
(田口義弘訳)
どこに 常住幸福の水の流れるどの園に、どの
樹々に、やさしく花びらを落としたどんな蕚に、
なぐさめの、異形の果物はみのるのだろう?この
うましい実の一つを、君の貧困の踏みにじられた草地に、
君もたぶんは拾うだろう。みつけるたびに
君はこの実の大きさや、無傷のさまや、
果皮の柔らかさに感嘆し、
鳥の気まぐれも、根を匍(は)う虫のねたみも、
君に先んじてこの実を痛めなかったことにおどろく。飛天使たちにとりかこまれ、
姿をみせぬ、悠々たる庭師らに、こうも珍かに育てられ、
わたしたちのものではないのに、わたしたちを担いうる樹が、ほんとうに在るものなのか?
影めいた、雛形めいたわたしたちは、ときならず早熟し、
また萎えはてる挙措によって、
あの沈着な夏々の平静を、阻害することはなかっただろうか?
(生野幸吉訳)
「どこに」「どんな園々で」「どんな樹々に」「実るのだろうか」という問いかけではじまるが、リルケは答えを出してはいない。むしろ、その問いかけのなかで、「無傷な果実」の在り処がおのずからあらわれる、という構造になっているのではないか?これはあきらかに「詩」の成しうる仕事ではないか?
このソネットの背景は「なぐさめ」ではないだろうか?その「なぐさめ」は夢想される果樹園ではなく、踏みにじられた草地に見いだすのであろうか?
その果樹園において、鳥や虫そして人間の触れることのできないところ、飛び交う天使に囲まれ、不思議な庭師(おそらく神であろう。)によって育まれて、実を結ぶその樹々を、見出すことはできないだろう。
夏の平静のなかにいてすら、人間は早急に熟し、萎える存在であり、影を持つ存在であるかぎり、その果樹園に辿りつくことはできない。このソネットは、ソネット集中で最も長いセンテンスとなっています。
どんな樹々に、どんな優しく花びらの散り落ちた蕚から
実るのだろうか 慰めの見なれぬ形の果実らは?これらの珍らかな果実の
そのひとつを 時としておまえの貧しさの
踏みにじられた草地に見いだすだろう。そのたびに
おまえは感嘆する、その果実の大きさ、
その無傷なありさま、その果皮の柔らかさに、
そして鳥の粗忽も 這い虫の妬みもおまえに先んじてそれに
触れていることに。しかしいったい存在するのだろうか、飛びかう天使らに囲まれ、
隠れた緩慢な庭師らによっていかにも不思議にはぐくまれ、
私たちのものになることなく 私たちのために実を結ぶ樹々は?
私たちはついぞできなかったのだろうか、影であり翳りである私たちには、
私たちの性急に熟しそしてまた萎える振舞いによって
あの悠揚な夏々の平静を乱したりすることは?
(田口義弘訳)
どこに 常住幸福の水の流れるどの園に、どの
樹々に、やさしく花びらを落としたどんな蕚に、
なぐさめの、異形の果物はみのるのだろう?この
うましい実の一つを、君の貧困の踏みにじられた草地に、
君もたぶんは拾うだろう。みつけるたびに
君はこの実の大きさや、無傷のさまや、
果皮の柔らかさに感嘆し、
鳥の気まぐれも、根を匍(は)う虫のねたみも、
君に先んじてこの実を痛めなかったことにおどろく。飛天使たちにとりかこまれ、
姿をみせぬ、悠々たる庭師らに、こうも珍かに育てられ、
わたしたちのものではないのに、わたしたちを担いうる樹が、ほんとうに在るものなのか?
影めいた、雛形めいたわたしたちは、ときならず早熟し、
また萎えはてる挙措によって、
あの沈着な夏々の平静を、阻害することはなかっただろうか?
(生野幸吉訳)
「どこに」「どんな園々で」「どんな樹々に」「実るのだろうか」という問いかけではじまるが、リルケは答えを出してはいない。むしろ、その問いかけのなかで、「無傷な果実」の在り処がおのずからあらわれる、という構造になっているのではないか?これはあきらかに「詩」の成しうる仕事ではないか?
このソネットの背景は「なぐさめ」ではないだろうか?その「なぐさめ」は夢想される果樹園ではなく、踏みにじられた草地に見いだすのであろうか?
その果樹園において、鳥や虫そして人間の触れることのできないところ、飛び交う天使に囲まれ、不思議な庭師(おそらく神であろう。)によって育まれて、実を結ぶその樹々を、見出すことはできないだろう。
夏の平静のなかにいてすら、人間は早急に熟し、萎える存在であり、影を持つ存在であるかぎり、その果樹園に辿りつくことはできない。このソネットは、ソネット集中で最も長いセンテンスとなっています。