聖書の言葉 : イエスが見る εἶδεν 不思議酒と薬には、飲まれてはなりません 人を大事にすることで学ぶべきものはない、との誤解 人を大事にする時でさえ、交換して得することしか考......
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今宵は,Toys and Reasons 『おもちゃ と 賢慮』 p.79の,9行目途中から。
私どもは,「礼拝」と呼べる,人間の暮らしの中にある,同じような事実について,考えてみてと言われたら,私がまずしなくてはならないのは,大仰な儀式や定期的に開催される(訳注:日曜礼拝のような)行事は,些細なパターンである,毎日のやり取り全体が1つのパターンになったものとは(訳注:全く)違う,ということです。この後者の意味で,礼拝は,パターンがあるのに,見通しとは違うこともあり,リズムがピッタリと合っています。この礼拝は,定期的な(訳注:日曜礼拝のような)行事ではなくて,日々の人生の習慣として,ラテン語のリタス ritus 日々の礼拝,に近いものです。…しかし,礼拝を示す様々な言葉が,語源と語源の用法に共通するものがあり,その語源と語源の用法が共通して示すものは,結局,「賢慮と自由に満ちた時空」=「神様がまします時空」と表現するのが一番適切です。そして,「賢慮と自由に満ちた時空」とは,行くときには,嘆き悲しみに打ちひしがれていても,戻ってくるときには,本気で取り組んだおかげで,癒され不動にされる,日々の人生の習慣を,呼ぶ時に用いる言葉です。この「賢慮と自由に満ちた時空」は,1人の新しい人であるキリスト,1人の赤ちゃんを,心から歓んで迎え入れたところから,始まっています。
エリクソンの,5,000以上の時間と洋の東西の文化を凝縮した表現が,ここにあります。
この「賢慮と自由に満ちた時空」は,ドラ・カルフの「自由にして同時に守られた空間」よりも,この時空の性格を的確に表現しています。
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