トラウマになる出来事が生じるのは、社会の構造的な問題から。
学校でイジメガ絶えないのも、学校に構造的な問題があるから。
ブルース・ペリー教授の手厳しいご指摘です。
ブルース・ペリー教授の The boy who was raised as a dog の第11章、「癒しのやり取り」のp.242の第3パラグラフの8行目途中から。
このような状況では、どん底にいる者には、紛れもない惨めな状態の原因となる、厳格に上下が決まった人間関係を作り、強化してるのは、10代の子ども達だけじゃなくて、教員達も、親達も、校長たちまでも、同様です。もちろん、人間はいつでも、上下関係を作る人種ですし、それは、人間の生態のもう1つの側面ですが、他のすべてを犠牲にしてでも、容赦ない競争を強調するとき、暴力をよしとする文化では、仲間はずれにされた者達が時々起こす暴力沙汰は、驚くほどの事ではありませんね。このような事件は、すべての生徒さんたちが学校に居場所があると感じることが出来るように、私どもが努力しない限り、失くすことはできない、と私は信じています。
クリアーですね。
学校でイジメがなくならないのは、教員も、親も、校長(教育委員会)も、イジメ集団だからです。
私は快哉を叫びたい気持ちですね。全くの同感だからです。
大川小学校の教育委員会、広島の府中の教育委員会だけが、どうしようもない組織じゃぁないことが、日本の大きな危機の1つです。学校が、子どもの人権と福祉を守る場ではなくて、東電や三菱自工なみに、子どもや親を騙しても、上司におもね、上司のご機嫌取りをする組織に堕落している場合が非常に多いからですね。私自身多くの学校、多くの教育委員会に関わってきましたが、腐った組織の学校(教育委員会)方が、真面な組織のままでいる学校(教育委員会)よりも絶対多数です。
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