ヴィトゲンシュタインが町の本屋でみつけ、戦地で読み耽った
ことで有名な、トルストイの「福音書要諦=邦題はトルストイの聖書」
を数日掛けて読み終わった。
これが何とも言えず江戸時代の十返舎一九の「弥次喜多道中記」
のような時代がかった口調で、翻訳が滑稽でさえある。
「皆の衆、お聞きなされ。わしの教えに生きる者は真生命を得るのじゃ。」
というような感じで、すっかり老境のご隠居ふうで、とても三十代
に思えない。昭和24年(1949年)刊行とのことだが、
訳者は存じ上げない原久一郎と言う人だが、当時相当の高齢に見える。
文体が、漱石よりもよほど古いのである。
言文一致体ではあるが、ほとんど弥次喜多道中記なのだ。
「のらくろ」よりもさらに古い口調。
だが、結構いいことが書いてある。
天の与えた霊は真生命であり、これと一致して生きなくてはいけない。
神の国はこの地上に厳に存する。内なる霊に従う者は、
生きながらそこへ入ることができると、ヨハネとイエスは言う。
神の国は人の内部に厳然としてある。神と言うのは宇宙の本源である。
神は生命の本源であり、人の霊性は真なる生命であり、時を越えて
永続するという説は道標となる。ヴィトゲンシュタインが本書を
鵜呑みにしたとは思えないが、「人の内面に永遠の霊性は宿る」との趣旨には
心打たれるものが確かに有ったのだろう。「霊性を活かし善く生きたい」
という願いを彼も抱いたに違いない。読みづらく高価な本だが、心に刺さる。
人間の内にも宿る霊性を守り育てて生きる切望
ことで有名な、トルストイの「福音書要諦=邦題はトルストイの聖書」
を数日掛けて読み終わった。
これが何とも言えず江戸時代の十返舎一九の「弥次喜多道中記」
のような時代がかった口調で、翻訳が滑稽でさえある。
「皆の衆、お聞きなされ。わしの教えに生きる者は真生命を得るのじゃ。」
というような感じで、すっかり老境のご隠居ふうで、とても三十代
に思えない。昭和24年(1949年)刊行とのことだが、
訳者は存じ上げない原久一郎と言う人だが、当時相当の高齢に見える。
文体が、漱石よりもよほど古いのである。
言文一致体ではあるが、ほとんど弥次喜多道中記なのだ。
「のらくろ」よりもさらに古い口調。
だが、結構いいことが書いてある。
天の与えた霊は真生命であり、これと一致して生きなくてはいけない。
神の国はこの地上に厳に存する。内なる霊に従う者は、
生きながらそこへ入ることができると、ヨハネとイエスは言う。
神の国は人の内部に厳然としてある。神と言うのは宇宙の本源である。
神は生命の本源であり、人の霊性は真なる生命であり、時を越えて
永続するという説は道標となる。ヴィトゲンシュタインが本書を
鵜呑みにしたとは思えないが、「人の内面に永遠の霊性は宿る」との趣旨には
心打たれるものが確かに有ったのだろう。「霊性を活かし善く生きたい」
という願いを彼も抱いたに違いない。読みづらく高価な本だが、心に刺さる。
人間の内にも宿る霊性を守り育てて生きる切望