2月22日(金)
「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚(あまあし)が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓(ふもと)から私を追って来た。
私は二十歳、高等学校の制帽をかぶり、紺飛白(こんがすり)の着物に袴(はかま)をはき、学生カバンを肩にかけていた。」
「伊豆の踊子」のこの書き出しに引かれて、とうとう今日は、天城峠まで来てしまった(笑)。
私はSora。ここは、旅の踊子たちと私が、湯ヶ島から南伊豆へ下る前に通り抜けた、
旧天城トンネルだ。
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「伊豆の踊子」は、先の「雪国」とともに川端文学の双璧を成す作品。
そのあらすじは、新潮文庫のカバー書きによると;
二十歳の旧制高校生である主人公が孤独に悩み、伊豆へのひとり旅に出かけるが、途中旅芸人の一団と出会い、一行中の踊子に心を惹かれてゆく。人生の汚濁から逃れようとする青春の潔癖な感傷は、清純無垢な踊子への想いをつのらせ、孤児根性で歪んだ主人公の心をあたたかくほぐしてゆく。雪溶けのような清冽な抒情が漂う美しい青春の譜である。
孤独に悩み、ひとり旅にでかけるか・・、私みたいじゃないか(笑)。
今週末は、伊豆地方もずっと晴れ。じゃあ、踊子の歩みめぐりと、南伊豆の河津桜の二つを観てこようと今日の朝、8時半に出立。
同行者は、当ブログ専属モデルのdecoさん(笑)。
小田原厚木道路、箱根新道を乗り継いで、中伊豆の修禅寺温泉、湯ヶ島のいわば踊子街道を経て、道の駅「天城越え」に着いたのが、午後3時を過ぎていた。小田原厚木道路での事故渋滞で大幅に遅れてしまった。
道の駅天城越え
▲ 天城湯ヶ島のあたりは、清い水を活かしてのワサビ栽培が盛ん。
道の駅の特産物も、ワサビ関連が多かった。
▲ この寒いのに、ワサビソフトを買う。生ワサビをバニラソフトに乗せただけのもの。
いつもは、ソフトが垂れてくるのですぐペロペロやるのだが、いつまでたっても溶けず、形がくずれない。
(ここの店は「オリジナルわさびソフト」。後でわかったが、隣の店は「元祖わさびソフト」。後者はソフトにワサビを溶かし込んであり、緑色のソフトになっている。後者の方がワサビソフトにふさわしい。)
踊子たちと主人公「私」が天城越えをしたトンネルは、この道の駅から近い。下田街道(天城街道)414号を、左脇にそれる細い林道を上っていく。(見落としやすい)
▲ 旧天城トンネルへ至る林道は舗装されていない。対向車が来たら、キャンピングカーではアウト。すれ違いも、バックも難しいだろう。
今日は季節はずれで平日だから、走り上がっただけ。夏のシーズンは絶対止めた方がよい。
▲ ということで、ブログトップの旧天城トンネル北口へ来たわけだ。
田方郡天城湯ヶ島町と賀茂郡河津町をつなぐこのトンネル(正式名・天城山随道)は、明治38(1905)年に完成。これで北伊豆と南伊豆の距離は一挙に短縮し、難所の天城越えは解消したとのこと。
長さ446m、高さ横幅ともに、3.5m。
高さ3.5m? おっ、Harmonyの車高は3.3mだから、通れるじゃあないか!
もっと、よく見てみよう。
「暗いトンネルに入ると、冷たい雫(しずく)がぽたぽた落ちていた。南伊豆への出口が前方に小さく明るんでいた。」
小説どおりだね。トンネルの向こう側に出口が小さく見える。
▲ 中に入る。電燈がぽつぽつと大きな間隔で、点いてはいるが。 ほぼ真っ暗だ。
いったん、入り口に戻ろう。
戻るや、私はHarmonyをトンネルの中へ、突入させていた(笑)。
Harmonyの車幅は2m弱だから、対向車が来たら絶対すれ違いはできない。
ビームを点けて、向こうの出口へ私の進入を知らせながら進行した。「来るなよっ。絶対!」
▲ やった、抜けられた!! 良かった!
「あなた、いつもこんなことばかりしてるの?!」
旧天城トンネルの反対側、南口の方は比較的広かった。414号へ戻る林道も舗装されており、ところどころにすれ違いエリアがとってあった。したがって、トンネルをクルマで見にくるのなら、南口の方が安全だ。
414号をしばらく下っていくと、
七滝ループに来る。
▲ 2層になっているループをクルクル降りてくるのは、ちょっとスリルあるよ。
降り切ってから、少し戻る形で登ると、河津七滝の観光名所へ来る。
河津七滝(ななだる)は、大滝(おおだる)をはじめ七つの滝(たる)が、川津川渓流沿いに点々と在るところ。
▲ 川に沿って遊歩道が整備されており、町営無料駐車場にクルマをおいたあと、川沿いを上っていく。
夏なんかは、気持ちいいだろうね。
▲ 七滝の真ん中ほどにある、
初景滝(しょけいだる)には、太鼓を下げた踊子と「私」の記念像があった。
小説では、七滝を二人が見たという記述はどこにもないが、当時の天城越えを想像するには、まあいいか。
▲ 初景滝を前に、decoとPoron。これも小説とまったく関係ないが。
七滝を後にして、次にクルマを停めたのは、同じ414号下田街道沿いの湯ケ野温泉だ。
小説の「私」は、修善寺温泉1泊 ⇒ 湯ヶ島温泉2泊 ⇒
湯ケ野温泉3泊 ⇒ 下田1泊した後、大島へ向かう踊子たちと分かれる。
湯ケ野での宿泊は一番長く、かつ「私」の踊子へ寄せる気持ちが決定的になる所であり、小説の場面としては重要な場所なのだ。
湯ヶ野は、今も旅館が7軒ほどしかない河津川沿いの小さな温泉場。「私」は川向こうの宿屋に泊まる。
「私達は街道から石ころ路(みち)や石段を一町ばかり下りて、小川のほとりにある共同湯の横の橋を渡った。橋の向こうは温泉宿の庭だった。」
実際、この石の坂道↓を下って行く。
▲ おじいさんが、頭に手ぬぐいを載せて登って来た。下の共同湯からの帰りであろうか。
▲ 確かに、川には木の橋が架かっていて、向こう側には今も宿屋がある。現在の福田屋。
ここに、「私」は泊まった。
一方、踊子たち旅芸人5人は別の「畳や襖(ふすま)も古びて汚なかった」木賃宿へ泊まる。
ここで、小説で最も印象的な場面の一つが展開される。それは、踊子へのやるせない思いでろくに眠れなかった「私」が、翌朝9時過ぎに部屋から、川向うの共同湯に踊子の姿を見た時のシーンだ。
「『向こうのお湯にあいつらが来ています。ほれ、こちらを見つけたと見えて笑っていやがる。』
彼に指ざされて、私は川向こうの共同湯の方を見た。湯気の中に七八人の裸体がぼんやり浮んでいた。
仄暗(ほのぐら)い湯殿の奥から、突然裸の女が走り出して来たかと思うと、脱衣場の突鼻(とっぱな)に川岸へ飛び降りそうな恰好(かっこう)で立ち、両手を一ぱいに伸ばして何か叫んでいる。手拭もない真裸だ。それが踊子だった。若桐のように足のよく伸びた白い裸身を眺めて、私は心に清水を感じ、ほうっと深い息を吐いてから、ことこと笑った。子供なんだ。私達を見つけた喜びで真裸のまま日の光の中に飛び出し、爪先きで背一ぱいに伸び上る程に子供なんだ。私は朗らかな喜びでことこと笑い続けた。頭が拭われたように澄んで来た。微笑がいつまでもとまらなかった。」
屈折した「私」の自我が、天真爛漫、無垢な踊り子によって、溶かされていくのだ。
川端文学では、人生の徒労感・虚無感から抜け出す手立てとして、女性の一途な美しさ、清純さに精神の救いを求めていくのが共通している。その救いを感じられなくなった時、自ら生を絶たざるを得なかった。
川向こうの共同湯とは、ここ↓。
▲ 丸印のところだ。今も共同湯だが、当時は建物の中ではなく、露天風呂みたくなっていたのであろう。
一応、共同湯の建物の前に行ってみる。
▲ 女湯と男湯。外来者はお断りの表示が。地元の人だけの共同湯として今も存続している。
さあ、坂道を上って、クルマを停めた駐車場に戻る。
湯ヶ野温泉入り口
▲ 414号沿い、右側にJA河津がある。ここの駐車場を使わせてもらった。福田屋、共同湯へは歩いていくしかない。
湯ヶ野を出発。
「湯ヶ野を出外れると、また山にはいった。海の上の朝日が山の腹を温めていた。私達は朝日の方を眺めた。河津川の行手に河津の浜が明るく開けていた。」
小説では、河津へ出るのではなくて山間の414号を越えて直接に下田へ向かう。私は、「楽な本街道」で河津へ向かう。下田は、また来ることもあろう。今回は河津桜を見るという、もう一つの目的がある。
河津の町へ入った。河津町では、早咲きで有名な
「河津桜まつり」を2月5日から3月10日まで行う。
河津川に隣接して、浜にも一番近い臨時駐車場12番(500円)へ入る。午後6時過ぎだった。
係員さんに誘導されるが、私のクルマのみだ。
夜桜ライトアップは午後7時からだというので、まず夕食に行こう。
私は、せっかく海辺に来ているので海鮮モノを食べたかったが、decoさまは暖かいうどんがいいという。
歩いていた女子高生に尋ねると、河津駅前にあります、と愛想よく答えてくれた。ありがとう、君は河津を愛してるね。
小さい町だから、すぐわかった。
そば屋
先ず、板付きかまぼこにワサビを添えた「いたわさ」をいただく。
いたわさ
▲ かまぼこの他に、わさび漬けと菜の花の煮たものが付いていた。
かまぼこに、わさびを乗せて食べる。おうっ、うまっ。でも鼻につーん。涙が出た。
▲ 私は、あなご南天そば↑を。 decoは、鍋焼きうどんを食べて満足。
駐車場に戻って、土手沿いの夜桜を楽しみに行こう。
▲ 歩いている人は、ほとんどいない(笑)。 これは、やはり2,3分咲だな。
ライトも、今一つ明るくないからか、桜自体がまだ寂しい咲き方なのか、パッとしないねー。
となると、
▲ 花より団子(笑)。
人が少ないので、店じまいをしかけていた団子屋さんで、花だんごと草餅だんごを買った。
おにいさんが、ていねいに焼き上げてくれて、ホットで美味しかった。
ブログも巻頭の写真だけアップして、今日はもう寝よう。
明日の、陽の下での花見に期待だ。
関連日記 :
雪国めぐり3 「雪国」を歩く