荒川三歩

東京下町を自転車で散策しています。

二所ノ関部屋を探しに行く

2015年03月12日 | 散文
春場所の最中である。
白鵬が取材陣に背を向けており(それでも圧倒的に強いけど)、鶴竜が休場しているし、日馬富士が早くも負けてしまった。
横綱陣がギクシャクしてチャンスの筈の稀勢の里も初日から連敗して自らギクシャクしている。
彼は、チャンスとなると硬くなってしまうようだ・・・。
今日は大関がみんな負けたし・・・。

元大関大受の朝日山部屋が廃業したと聞いた。
弟子達は日馬富士の居る伊勢ケ濱部屋に転籍するらしい。

この部屋は、以前は江戸川区にあって、親方の廃業・交代でここ江東区大島に移転していた。

・・・分かっていても、確認しに行く。

やっぱり看板が無い。

そういえば、2年くらい前に間垣部屋が廃業して、弟子たちが同じく伊勢ケ濱部屋に転籍している。

今や伊勢ケ濱部屋は大所帯である。
将来楽しみな関取も多い。
「富士」の四股名を持った力士が多い。

思い起こせば、大麻疑惑の発端となったこの部屋を探しに行った事がきっかけとなって、相撲部屋探しが始まったのであった。
玄関脇のこの写真が強く印象に残っている。
二代目若乃花が親方だった。

相撲部屋はよく移転する。
親方の廃業による場合が多い。

現在の間垣部屋跡は、周辺一帯の土地を統合して、立派なマンションになっている。



だったら、名門二所ノ関部屋の跡はどうなっているのだろう、と気になった。
部屋前に建てられていた案内板である。

廃業した後案内板はもう無いだろう、ビルはどうだろうと思いながら訪ねてみた。

ママチャリを引っ張り出して、墨田区緑へ出かける。
この辺りは土地が低いんだと改めて認識しながら。



コンビニで飲み物を買った。
店先に「鬼平」旧邸跡を伝える案内板があった。

歴史地区でもある。

多分この辺りだろうと、古い記憶を頼りに行ってみた。
相撲部屋だったビルが無い。
自分の記憶力と方向感覚に自信が無いので何度も何度も行ったり来たりした。
結局、二所ノ関部屋ビルは見つからず、おそらくここであろうと思う工事現場に行き着いた。
右端の茶色のビルとの位置関係からそう思う。

マンション建設の真最中である。
廃業した間垣部屋、花籠部屋もマンションに立て替わった。
両国界隈にある相撲部屋は立地条件が良いので、そういった需要があるだろう。

栄枯盛衰は勝負事の常である。

同じ緑地区の宮城野部屋は、小さな所帯から大横綱白鵬を擁する、大出世部屋となった。

在りし日の「名門二所ノ関部屋」を偲んで・・・。







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