もうすっかり建物は在りません。ポッカリ開いた空が虚しいです。
覗いてみます。大きな屋根も湯船も、あの猿が登っていた煙突も在りません。
半年間の解体工事です。地下室も在ったのですね。
裏に廻りました。ボイラーが在った場所です。
ここに猿が登っていた煙突が立っていました。
そんな事をしていると、小父さんがやって来て私と方を並べて見上げます。そのまま私が話します。「ここに猿が登った煙突が立っていましたね。そこがボイラー室で。『ぬ』板と『わ』板看板が有って、大きな銭湯だったのに残念ですね」
「地下室まで在った大きな銭湯でね。文化財が残ってたんだけど、足立区は寄付を断ったらしいね。足立区は冷たいよね」「でも足立区はイベントなんか積極的で、銭湯文化には理解があったように思いますよ」「先代が新潟から出てきてね」「ああ、やっぱそうですか、東京の銭湯は新潟出身者が多いらしいですね。でももう、銭湯を継ぐ若者はいないでしょう」「後継者は居るのか居ないのかわからないけど、これだけの更地ができたら不動産屋は取り合いになるね。後継者が居たらそうするよね」
「近所の人は困りますよね」「近くにあるけどなぁ、雨が降ったら億劫だよね」「そうですよねえ。近くの方ですか?」「ここだよ」指差した所は真後ろです。えっ?! いつも私が煙突を登る猿を見上げてた、路地裏のアパートでした。
こうして私的に見送りました。小父さんは変わったやつだなあ、と思ったでしょうね。