駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

トランプは番狂わせではなかった?

2018年11月27日 | 政治経済

          

 

 今朝はさほど寒くなかった。毎朝すれ違っていた四人連れの散歩の婆さん達も十五年の内に一人減り二人減りで遂に一人になり、最後の婆さんも数週間前から見かけなくなった。代わりという訳ではないだろうが半年ほど前から走る爺さん婆さんとすれ違うようになった。爺さんは八十過ぎに見える。歩く私よりほんの少し速いスピードなのだが、君原みたいに首を振り振り苦しそうに走ってゆく。婆さんは七十代半ばか、前傾姿勢で爺さんの倍近いスピードで肩を怒らせて走ってくる。若い時は女子格闘技でもしていたのだろうか。1メートルばかり道を譲ってすれ違う。

 自分勝手で大嘘つきとなれば普通は課長にもなれないと思うが、大統領や首相にはなれるらしい。トランプが大統領になれると予想した人は少数で、えっという番狂わせの気がしたのだが、どうもトランプは時代の先駆けだったような気がしてきた。POST TRUTHそしてFAKE NEWS, 都合の悪い質問にはまともに答えず口先の言葉で誤魔化し、逆に相手を攻撃して焦点をずらしてしまう。最後には権力で気に入らない人達を締め出す。民主主義からほど遠い手法だ。なんとなく今までの常識では、間違っているのはトランプのような気がするが、実はトランプは先駆けでこれからは我利最優先の力任せのディールの時代が来るのかもしれない。

 まさかトランプが民主主義の終わりの始まりだとは思わなかったが、例外番狂わせではなく自由平等博愛なんてシャラクサイという我利優先内向きの時代の先駆け、悪魔?の使いだったのかもしれない。

コメント
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