元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「陸(おか)に上った軍艦」

2007-09-25 06:51:14 | 映画の感想(あ行)

 アジアフォーカス福岡国際映画祭2007出品作品。邦画界が誇る超ベテラン映画監督・新藤兼人の軍隊経験を、新藤組の助監督である山本保博が映画化したもの。新藤兼人は昭和19年に32歳で海軍に招集されている。戦況が逼迫してきて若者だけでは兵員が足りず、30歳以上の社会人の男性までが兵役に付くことになったのだ。

 彼が配属されたのは、兵庫県宝塚市にあった海軍航空隊。宝塚は海に面してはいないが、海軍は宝塚歌劇団の施設を接収しており、そこでは海上と同様の訓練がおこなわれていた。まさに「陸に上った軍艦」である。映画は新藤監督に対するインタビューと、それを元にしたドラマが平行して展開する。

 脚本としての「陸に上った軍艦」はもともと新藤が自分の体験をもとにした劇映画用として書き上げたものであり、ドキュメンタリー映画としてのシナリオではない。だが彼の作風を考えると、それをそのまま劇映画として製作したところで、大して面白い映画になるとは考えにくい。たぶんマジメだけど重苦しい、観る者を選ぶような教条的な作品になることは想像に難くない。それをインタビューと劇映画との“二本立て”にしたことで、一本調子になることを巧みに回避すると共に、それぞれの相乗効果により主題を浮き彫りにすることに成功している。これはアイデア賞ものと言えるだろう。

 この作品を観ると、旧日本陸軍に比べて海外事情に明るく垢抜けていたと言われる海軍も、しょせんは愚かな軍人の集まりであったことがよく分かる。海のない内陸部でのナンセンスな“海上訓練”をはじめ、理不尽なイジメやシゴキは日常茶飯事。さらには本土決戦を前にした愚劣極まりない“特殊鍛錬”など、こういうことをマジでやっているようじゃ勝てる戦争も負けるよなァ・・・・と思ったが、逆に言えばこういう事態は“貧すれば窮す”の典型ではなかったか。最初から負けるような戦争に引きずり込まれたこと自体がおかしいのだ。勝つ見込みと余裕があったのなら、もっと合理的な(訓練を含めた)戦略を立てていたはずだ。

 新藤と同期だった100人の兵のうち、生き残ったのは彼を含めて6人だけ。あとは死亡、しかもそれは“戦死”ですらないのだ。戦地に着く前に敵潜水艦の攻撃により海の藻屑と消え、あるいは敵機が飛び交う中に移動を敢行し、無駄に命を落としていったのである。国のために敵軍に一矢たりとも報いることが出来ずに死んでいった彼らのことを思うと、胸が張り裂けそうである。

 話は少し脱線するが、私は“戦争は絶対悪だから徹頭徹尾否定すべし。戦争のことを考えるのも厳禁”といった左派の言い分も“あの戦争にはアジア解放を名目とした大義があった。肯定すべき戦争だった”という右派の物言いも、両方100%信用しない。戦争が外交の最終的手段であるならば、大事なのはイデオロギーや感情論ではなく“勝ち負け”である。センチメンタリズムに浸るヒマがあったら、どうして日本は負けたのかを徹底的に理詰めで検証することだ。そして誤解を恐れずに言えば、次はどうやったら勝てるかを考えるべきだ。

 話を元に戻す。若い頃の新藤を演じる蟹江一平をはじめ、ドラマ部分のキャストは好調。特にあらぬ疑いを掛けられて神経に変調を来す若い一等兵役に扮する大地泰仁の演技は要注目だ。大竹しのぶのナレーションも悪くない。山本保博の演出はインタビュー部分は手堅く、ドラマの方はメリハリをつける等、助監督としてのキャリアを感じさせるソツのない仕事ぶり。後方の一兵卒の目から捉えた戦争の真実をヴィヴィッドに描出させた秀作であると思う。
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