(原題:Brooklyn's Finest )骨太で見応えのあるポリス・ストーリーだ。警官を主人公にしているが、アクションや謎解きなどの趣向は皆無だ。かつてシドニー・ルメット監督が「セルピコ」や「プリンス・オブ・シティ」などで取り上げたような、警察内部の不正や警官自身の苦悩が綴られる。その意味では新味はないが、本作では主人公を3人にしてそれぞれのエピソードを平行して描いているため、テーマを重層的に捉えられるというアドバンテージがある。しかも、それぞれのキャラクターがよく練り上げられているので説得力がある。
舞台になっているのは、犯罪者の巣窟となっているブルックリンの低所得者向け団地を管轄に抱える警察署だ。ギャングから金を横取りして新居購入の資金にしようとしている貧乏警官、マフィアに潜入中の捜査官で組織のナンバーツーにまで上り詰めた刑事、無気力に定年の日を指折り数えて待つだけの平巡査、以上3人のたどる軌跡が文字通り“交錯”する。
もっとも、3つの人生がそれぞれリンクしていくことはない。同じ署で働いているとはいえ、セクションも勤務形態も違う。ただ各人が抱える屈託は警官という職業に共通する深刻なものばかりだ。
イーサン・ホーク扮する警官はシックハウスからの脱出を図って新しい家の頭金を作ろうとするが安月給ではどうにもならず、悪漢どものカネをくすねることしか考えなくなる。手付け金の振り込み期限が刻一刻と迫るが、なかなかカネにはありつけない。ついには焦燥感で無鉄砲な行動に出る。ホークの熱演は鬼気迫るものだ。
ドン・チードル演じる潜入捜査官は一味のボスのカリスマ的な魅力に心酔する。ボスに扮しているのがウェズリー・スナイプスなので、実に説得力がある。友情と職務との板挟みになり、ボスに敵対する勢力に一人で宣戦を布告してしまう。善人面のチードルが苦しそうな表情で復讐を決意するシーンは、見ていて身を切られるようだ。
しかし、最も印象的なのは無為に生きる初老の巡査だ。妻には先立たれたのか、あるいは出て行ったのか、子供もおらず一人で暮らしている。毎朝銃口をくわえて自殺の真似事をするほどに捨て鉢になっていて、世の中がイヤで仕方がない。唯一の慰めは時たま売春宿に通うこと。リチャード・ギアがここまで後ろ向きのキャラクターを演じるのは珍しいが、実にサマになっている。そんな彼が悪人相手に最初で最後の大立ち回りをやらかすまでのプロセスは、思わず引き込まれる。
アントワン・フークアの演出は強靱と言うしかなく、シークエンスの組み立てにスキがない。映像面でも魔界のようなブルックリンの公営住宅の描写など、見所が多い。主演の3人以外にも潜入捜査官の直属上司を演じたウィル・パットンの海千山千ぶりや、部下をあごでこき使う女性上司役のエレン・バーキンの不貞不貞しさ、可憐な黒人娼婦に扮したシャノン・ケインなど、良い面子が揃っている。活劇を求める観客には合わないが、超辛口の人間ドラマとしての存在感は大きい。観る価値は大いにある。