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時悠人chosan流処世術

★終活と厄介な存在

2015-08-23 09:47:24 | 日記・エッセイ・コラム
 「就活」ならぬ「終活」にいそしむ年代に突入すると、一番厄介なのが、物の処分。

 さいわい、夫婦とも、物欲希薄なので、記念の品数は少ない方だが、それでも、捨てようとすると、作業がはかどらない。

 一方、思い出は、なかなか消せない。訪ねた土地がさま変わりした光景を見ると、無意味と承知しつつ、過去の映像と重なってしまう。

 世の万物が、一瞬たりとも留まることがない道理を理解していても、思い出が頭をもたげる。

 昨年、年賀状を交わす義理ある人達に、「過ぎし日の 記憶にすがり老いるなら まだ見ぬ夢を追いて 走らん」と書き送り、決別した。

 しかし、かさばらない「思い出」を消す必要もない。これが人間の煩悩と心得、好きな「方状記」を復誦し、「終活」に励むしかなさそうだ。


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