プラチナ世代のマラソン旅行

時悠人chosan流処世術

★ポルトガルの魅力

2010-02-28 10:17:54 | 旅行記

 ポルトガルは、歴史的に日本と古い結びつきがあるのに観光的には何故か人気薄だ。その原因の一つに、日本からの直行便がないアクセスの不便さがあげられる。

 また、海外旅行の魅力をグルメとショッピングに求めるなら、この国は率直に言って不向きだ。イタリアやフランスのような高級ブランド品は無いし、洗練された料理も期待出来ない。町の景観も同様で、アパートの窓には洗濯物が無造作に乾してある。20102_020

 しかし、魚介類や肉を使った煮込み料理やイワシの塩焼きは、素朴で美味しい。いわば、家庭料理をそのままレストランで味わうと思えばよい。オリーブを多用し、塩味が強いのが難点だが、米を多く使う点でも日本人の口に良く合う。

 スィーツは、日本でもおなじみのエッグタルト(パスティス・デ・ナタ)やプリン(プディン・フラン)の他、種類の多さに驚くが、いずれも甘みが強いので食べ過ぎに要注意だ。2010_030

 真面目で慎み深く、シャイと評されるポルトガル人気質は、かつて、日本人の代名詞だった。彼らは、我々が豊かさの陰に置き去った大切なものを、今なお、しっかりと身につけていると感じた。それが私にはポルトガルの最大の魅力に思える。明日以降、長さん流の見方で紹介したい。


★時差ぼけ?

2010-02-27 10:54:42 | 日記・エッセイ・コラム

 2月17日午後、成田を発ち、アムステルダム経由でポルトガルに入り、リスボン・ポルト・シントラ等を巡り、24日に帰国した。出発前にくらべて暖かいのに救われているが、いまだに時差ぼけで頭の回転が緩慢な状態(もともと?)、、、だ。2010_149

 今年のヨーロッパは、寒波が襲来しているとのことだったが、ポルトガルは、海流の影響でもともと温暖な国(写真はユーラシア最西端のロカ岬)。「寒くても金沢よりは暖かい」とタカをくくって出掛けたが、予想よりは寒く感じた。

20102_044  さて、15世紀の大航海時代の雄だったポルトガルは、日本の4分の1の国土しかなく、人口1,000万人の小国だ。訪れる先々で、日本との古い結びつきを知らされ、今更ながら己の不勉強を恥じる毎日だった。

 夢見心地も束の間で、帰国してみると、相も変わらぬ空転国会と五輪狂想曲でうんざり。世界を視野に入れた国家戦略を作れない政治家には、この小国の大局観を見習ってほしいものだ。


★小休止

2010-02-15 10:09:57 | 日記・エッセイ・コラム

 大乗寺では毎年14日に涅槃会にちなんで「涅槃団子」配りが行われる。去年のランニング日誌には、ジョギングの途中、その準備作業を見たとあったが、今年は境内にまだ残雪がある。

 「今年は暖冬」との長期予報だったが、それ程暖かく感じられない。確かに、気温的には平年並みで、積雪量も少ないようだが、日別の気温の落差が大きいので、適応能力が衰えた老体には厳しい。

 積雪量も同じで、積もった雪が消えたら、また降るといった具合で、連日、雪景色を見ている錯覚に襲われる。データと感じ方の違いといえばそれまでだが、生身の体には、データ以上にフィーリングの方がインパクトが強い。

 この寒さから逃げ出すように、明日から27日まで小ブログを休止したい。体調を整え、外で運動出来る日の到来を心待ちにしている。


★整体術初体験

2010-02-11 10:30:32 | 日記・エッセイ・コラム

 左腰に鈍痛を感じ始めたのは、昨年暮れ。ランニング中に転倒した打撲とマラソンの筋肉疲労が蓄積したもので、時間が経てば治ると思っていた。

 今年になっても一向に症状が改善せず、起床時に左腰に痛みが走ったが、活動し出すと痛みが消え、不都合がなかった。ところが、2月に入ると、寝返りを打つたびに激痛が走り、夜中に目が覚めた。それでも、昼間は相変わらず痛まなかった。

 そんな折、近くに開業した整体院の投込みチラシが目についた。若い頃、下手なハリ治療で苦い経験をしたことがトラウマとなっていたが、「バランス活性療法」と「無痛整体」の説明文に説得力があった。藁にもすがる思いで、昨日、生まれて初めて整体院を訪ねた。

 触診で、左腰から肩甲骨にかけて、固いコリで痛点まで指が食い込まない程だった。施術方法は、体をゆすったり、気を流すなどあっけない程簡単な1時間だったが、体が幾分軽くなった気がした。一週間後に再診予定だが、今朝、起きる時に痛みが無かったのに驚いている。


★フィーリング

2010-02-10 09:59:13 | 日記・エッセイ・コラム

 「フィーリング」とは、曖昧で都合のよい言葉だが、使用する場面によっては極めて危険な概念だ。

 プリウスのリコール問題は、当初、ブレーキの効き具合を「品質に問題はなく、フィーリング」の次元で処理しようとしたことが、大事に発展した。走る凶器とも評される車の生命線を主観的な問題で済ませる神経は、巨大企業の慢心にも思える。

 レンタカーやタクシーからエンブレムが消えた現象を風評被害で済ませる訳にはいかない。私の愛車は該当しないが、利用者の不安を一刻も解消して貰いたい。

 「安心と安全は自らの手で」とは、自戒の念を指すものであって、サプライヤーが口にするものではない。