コーチkazuの「夢が実現!」 http://www.katch.ne.jp/~k-kami/

コーチ日本1のkazuさんが満を持してブログに登場!教育コーチを日本に広めた第一人者として、東奔西走しています。

「慣れ」が「気づく力」を損なう

2013-08-14 08:57:40 | Weblog
私たちは何かの課題に直面したときに、
まず自分がこれまでに経験してきた方法に
手段をあてがって、
応用してみようとします。

うまくいけば申し分ないが、
それができないときは、
日頃さまざまな場面や状況を分析し、
分析して分かった要素の関係を考察します。

わかりやすく言いと、
「この場面でのポイントは何で、それをこうしたらどうなるか」
といった関係づけをします。

そのような過程を経て、
解決策を導き出そうとすしますが、
気づく力のない人はそうしたステップのどこかで引っかかってしまいます。

たとえば自分の過去の経験を利用してもうまくいかないのに、
いつまでもそれにこだわる人もいる。

そういう場合は、
やはり課題の本質が見えていないということです。

だからうまくいかないときには、
すぐに視点を切り替える思考の柔軟さが必要です。

特に若い人であれば、
他の人のやり方を学んだり、
応用すればいい。

初歩的なレベルならまず人に聞いてみるという姿勢が大切です。

まったくまっさらな状態から、
いろいろなことに気づけというほうが無理な話です。
全部が全部、自分で気づかなくてもいいのである。

「この方法でうまくいってきたんだから、次もまたこれでできる」
と思い込んでしまうと、
視点を切り替えることができなくなり、
もっといい解決策があることを見逃してしまいます。

だから慣れや習慣にばかり頼らず、
柔軟な思考を持ち、
いつも複数の視点で物事を
眺めなければいけないと思います。

視点を変えられる能力というのは、
気づく力に直結します。

イメージをつくること

2013-08-13 09:27:09 | Weblog
成功している人と、
そうでない人の違いはなんだと思いますか?

多くの人はこのことに触れていますが
共通していることなのです。

それは「成功のイメージ」が、
きちんと歩かないかです。

「能力」や「努力」も重要でが
イメージのできてからの話です。

しかし、
この「イメージ作り」をというのは
なかなかくせ者で、
意外と難しいのです。

まずは、自分の思うがままに
「目的」を考えてください。

とにかく書いてみるということを私はやっています。

そして
次にその「目的」にいたる「道筋」を考えてください。

最後に、
完成形である、「目的」を達成した自分を、
明確にイメージできれば、
成功は目の前だということです。

自分を信じる

2013-08-12 08:47:01 | Weblog
信念の力について話をします。
成功するためには、
自分を信じなければなりません。

それについては、
どの自己啓発書も同じことを言っています。
だから
自分を信じることの重要性について異議を唱える人はほとんどいません。

ところが、
多くの人はなかなか自分を信じることができず、
ネガティブな思考をする傾向があります。

しかし、
目標を達成して成功をおさめたいなら、
ネガティブな思考をやめてポジティブな思考をするように
心がけなければなりません。

自分のセルフイメージを
失敗者から成功者に変えれば、
成功の可能性を飛躍的に高めることができます。

なぜか?

いったんポジティブなセルフイメージが確立すれば、
自動的にそのイメージどおりに振る舞うからです。

それが信念の力です。

どんな信念を心の中で持とうと、
心はそれを実現することができるのです。


死ぬことだって「善」

2013-08-11 08:40:27 | Weblog
一週間の研修会旅行で
昨夜遅く帰ってきました。

今朝目が覚めた時に

タイトルのような思いで
目を覚めました。

この1週間
「リフレーミング」(言葉を肯定的に読み替える)
実習を何度かやったのですが
こんなことを思ったのです。

「私はいつか死ぬ」
これは避けられない事実です。
私が死ねばこの世はどうなるであろうか?

人類の中で一人分
食糧が助かる・・・・
私の脳は地球上ではすでに古い考えになっていると思うが
代わりにより進歩的な考えが伝わる・・・・

と考えると
生きることも当然善であるが
死ぬことだって善なのかもしれない

そうなってみないと分らないということです。

いいかえると
世の中の出来事は
考え方を変えると悪にも前にもなるということです。

今、猛暑が続いています。

ですが
猛暑だから喜ぶ人もいるはずですし
猛暑だからできるとも多いはずです。

猛暑を生かそう。

どんなことだって
プラスにおきかえることが
できるからだ。

「リーダーシップ」も人によって違う

2013-08-06 05:56:12 | Weblog
昨日、
人のやる気は、
個人によってとらえ方が違うことをお話ししました。

同様なものに、
「リーダーシップ」があります。

「リーダーシップを発揮して」とよく言われますが、
ある人は頻繁に会議を開いて、
部下を叱唯激励して業績を上げさせるのが
「リーダーシップ」だと思っています。

一方、
別の人は、
部下たちと毎週飲み会を催して気心を通わせるのが
「リーダーシップ」だと考えています。

「やる気」「リーダーシップ」などというよく使う言葉ほど、
どういう意味で使われているかと確認しなくても、
何となくわかったような気がするものです。

また典型的なのが「コミュニケーション」です。
誰でも知っているよく使う言葉ですが、
英語の「情報伝達」という意味以外に
多様な使われ方をしている千変万化します。

会社で
「もっと部内のコミュニケーションをとろう」
と朝礼で部長が言いました。
この場合、
朝礼に参加した部員それぞれが思い描くコミュニケーションは、
バラバラです。
どんなに「もっと部内のコミュニケーションを」といっても、
部長の発する「コミュニケーションをとろう」という言葉の意味を
具体的に示さなければ、
相手には伝わらないのです。

伝えたい相手が多ければ多いほど、
より具体性が必要になります。

そうでなければ、
何度朝礼で繰り返しても相手には伝わりません。
つまり、
大事なのは量ではなく、
質だということです。
「コミュニケーション」という内容を
例えば
「あいさつを体を止めて30度のお辞儀をしよう」とか
「毎日、部署の全員とお互いを高める話をしよう」など
具体的な場面を話すことです。


「やる気」を出しても、伝わらない

2013-08-05 06:50:48 | Weblog
会社で上司から
「もうちょっとやる気を出してくれよ」と言われたとします。

この場合の「やる気」という言葉は、
上司の過去の価値観と体験に裏打ちされています。

つまり、
この上司は、
何をもって「やる気」というのか、
どんな行動をもって「やる気」があると考え、
どういう時にはないというのか、
こういったものすべてが自分の体験から導き出されているのです。
その過去の自分の体験から導き出されている「やる気」を
出してくれといっているわけです。

たとえば、
この上司のいう「やる気」というのは、
「おはようございます」「よろしくお願いします」
などを大きな声で挨拶する、
いつも明るくてきぱきしている、
など、態度のことを指しているとします。

一方、
部下のほうはどうかというと、
やはり自分の過去の体験から判断することになります

部下のとらえる「やる気」はというと、
業績を上げて、
とにかく目標達成度を120%にすることだと考えているとします。

だから「やる気を出せ」といわれたら、
上司に認めてもらえるよう数字を出すことに励みます。
それで数字を残しました。
120%です。
でも、
挨拶はしない、
声は小さい。
それでも部下は明らかに「やる気」を出したのです。

しかし、上司から見ると、
やはり「やる気がない」と評価されてしまいます。

つまり上司と部下では、
それぞれに「やる気」という言葉から導き出されるものが違うために、
思いのすれ違いが起こってしまうのです。


「拒絶」の正体

2013-08-02 07:36:59 | Weblog
デールカーネギーは
人の持つ欲求には「承認欲」が最も大きいと言っています。

言い換えると
人は拒絶されることを最も恐れています。

そこで、
拒絶に対する恐的はどこから来るのでしょうか?

拒絶に対する恐怖とは、
私たちが生まれたときに無条件の愛情を受け、
それが私たちの成長に欠かせないものだというところから来ています。

実際、
私たちは地球上で唯一、
生きていくために愛情を必要とする種なのです。

私たちは、食物や水を必要とする以上に、実は愛情を必要とします。

そして赤ちゃんのときには、
この無条件のあふれる愛情を両親から与えられていたのです。

でもある日、
私たちが成長すると、
両親は子どもに対して多くを望むようになります。
そして行動を変えさせるため、
両親は私たちにしつけをし、
そのしつけの方法によっては愛情を奪ってしまうのです。

両親は、
「そんなことをしてはダメ!」
と言いますが、
1歳から6歳の間に両親からそのようなことを言われると、
子どもの中には小さなトラウマが生じるのです。
そうしたトラウマの中で、
子どもは『ノー』という言葉へ恐れを感じ、
拒絶に対して苦痛を関連づけるようになるのです。

愛情を取り戻すため、
子どもはなんとしてもその行動を修正します。
子どもが変わると、
それにともなって、
両親も子どもに対して再び愛情を与えるようになり、
子どもは幸せを感じます。

ですが再び、
子どもが何か他に両親が気に入らないことをすると、
両親は愛情を与えることをやめてしまいます。

そうすると、
また必死になって子どもは行動を変えます。

このようなことを繰り返すことで、
子どもはしだいに、
『ノー』という言葉を恐れるようになるのです。

ある日突然○○は起こらない

2013-08-01 05:47:08 | Weblog
スポーツが大嫌いな人が
突然プロ野球からスカウトがあることはありません。

カラオケでいつも音程の外れる人が、
アイドル歌手のように歌がうまくなることはありません。

いつもその日暮しの生活をしている人が
ある日突然、アラブの王様のような生活になることはありません。


この世のほとんどの人は、
なにもしないで放って置くと、
成果を発揮することはありません。

人間にはそれぞれの才能がありますが
それは放っておいて伸びないのです。

もっとも才能を伸ばすためには
優秀な師匠つくことが有効なようです。

その道の先駆者に教えを頂けば
自分で試行錯誤するよりもはるかに
早いスピードで才能を伸ばすことができますね。

自分にある才能を最大限に伸ばすためにも
自分にマッチする
師匠を見つけたいものですね。

これをモデリングと言います。