歴史ドラマの時代考証はすごく難しそうです。江戸時代の茶店で、椅子に腰かけるような造りはなかったそうですし、かといって既婚女性を当時そのままに鉄漿(おはぐろ)をつけたりしたら現代人にはブキミでしょう。
言葉使いだけに限定しても専門的な知識がないとダメでしょうね。
たとえば1960年代以前のドラマに「しらける」という言葉が出てくると、私ヌルボをはじめ年配者は「ヘンだぞ」と思いますが、70年以降に生まれた人にはわからないのでは? 1930年頃の言葉となると、専門家以外の日本人は皆お手上げでしょう。
しかし、「英雄時代」の中で私ヌルボが「これは違うんじゃないの?」と思った箇所が第3~4話あたりで2つありました。
1つ目は、会話の中で<親日派>という言葉が現在と同じ意味、つまり支配国日本に協力した売国奴という意味で使われていたこと。
ウィキペディアの「親日派」の項目の説明によると、「外交史料館等の資料を検索する限り、朝鮮半島地域において明治後期から大正、昭和(終戦前)までは現在の親日派の意味での報告は無い」とあります。
つまり、この言葉が現在のような意味で使われるようになったのは戦後のことです。
2つ目は「愛国歌」のメロディーについて。
劇中で義烈団という抗日運動組織の闘士のソン・ドンミンという男が登場します。この組織は実在しますが、ソン・ドンミンは架空の人物です。
警察から指名手配されていたドンミンは結局みつかって撃たれてしまい、現在韓国の国歌になっている「愛国歌」を歌いつつ死んでゆきます。
ところが、「愛国歌」の歴史をさぐると、現在の愛国歌の歌詞は「1896年の独立門定礎式の際、白頭山を歌った愛国詩に「蛍の光」のメロディーをつけて歌ったもの」で、その後「1948年8月15日の大韓民国の独立記念式典で、安益泰が1935年に作曲したメロディーを同じ歌詞にのせた新「愛國歌」が歌われた」とのことです。
つまり、このドラマの時代では、まだ「蛍の光」のメロディーで歌われていた、ということになると思います。
上記2つの誤りは、やはり現代の韓国人の歴史に対する「こうあってほしい」という思い入れがモトになっているのではないでしょうかねー・・・。
なお、「君が代」の場合は1880年(明治13年)に今の曲がつけられたということなので、それ以前の時代設定のドラマで用いられたら間違いになります。
言葉使いだけに限定しても専門的な知識がないとダメでしょうね。
たとえば1960年代以前のドラマに「しらける」という言葉が出てくると、私ヌルボをはじめ年配者は「ヘンだぞ」と思いますが、70年以降に生まれた人にはわからないのでは? 1930年頃の言葉となると、専門家以外の日本人は皆お手上げでしょう。
しかし、「英雄時代」の中で私ヌルボが「これは違うんじゃないの?」と思った箇所が第3~4話あたりで2つありました。
1つ目は、会話の中で<親日派>という言葉が現在と同じ意味、つまり支配国日本に協力した売国奴という意味で使われていたこと。
ウィキペディアの「親日派」の項目の説明によると、「外交史料館等の資料を検索する限り、朝鮮半島地域において明治後期から大正、昭和(終戦前)までは現在の親日派の意味での報告は無い」とあります。
つまり、この言葉が現在のような意味で使われるようになったのは戦後のことです。
2つ目は「愛国歌」のメロディーについて。
劇中で義烈団という抗日運動組織の闘士のソン・ドンミンという男が登場します。この組織は実在しますが、ソン・ドンミンは架空の人物です。
警察から指名手配されていたドンミンは結局みつかって撃たれてしまい、現在韓国の国歌になっている「愛国歌」を歌いつつ死んでゆきます。
ところが、「愛国歌」の歴史をさぐると、現在の愛国歌の歌詞は「1896年の独立門定礎式の際、白頭山を歌った愛国詩に「蛍の光」のメロディーをつけて歌ったもの」で、その後「1948年8月15日の大韓民国の独立記念式典で、安益泰が1935年に作曲したメロディーを同じ歌詞にのせた新「愛國歌」が歌われた」とのことです。
つまり、このドラマの時代では、まだ「蛍の光」のメロディーで歌われていた、ということになると思います。
上記2つの誤りは、やはり現代の韓国人の歴史に対する「こうあってほしい」という思い入れがモトになっているのではないでしょうかねー・・・。
なお、「君が代」の場合は1880年(明治13年)に今の曲がつけられたということなので、それ以前の時代設定のドラマで用いられたら間違いになります。