ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

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都市・建築史の観点からの斬新な叙述 「図説 ソウルの歴史」

2010-05-20 23:12:38 | 韓国・朝鮮に関係のある本
 「ドラマ「英雄時代」を読み解く」、「イザベラ・バード「朝鮮紀行」を読む」、「佐賀旅行記」等々、別に催促されているわけでもないですが、連載記事の重圧(?)から逃避するような気持ちで、なんとなくツンドクになっていた砂本文彦「図説 ソウルの歴史」(河出書房新社)を読み始めたらとてもおもしろく(←ボキャ貧の典型)、イッキ読みしてしまいました。

 著者は現在広島国際大学工学部准教授で、専攻は都市・建築史。つまりふつうの(?)歴史学の先生が書いた本じゃない、というのがこの本を特徴づけています。

     

 あとがきで砂本先生は次のように記しています。
 「ソウルというまちは本当に不思議なまちで、訪れるものを惹きつけるか、もうダメと思わせるかの二つに一つである。・・・・市場でのショッピング、韓国料理、雑踏、政治や歴史、そして韓国人(韓流スターも)。どれかにひっかかれば深みにはまるが、そうでないと拒絶反応を示してしまう。本書はこのうちソウルの都市や建築の歴史についてその見かたの幅とともに解説し、三つ目の反応が起こることをねがっている」。

 <三つ目の反応>、読んでみて、なるほどと思いました。
 とくに近現代の部分。

 私ヌルボの思うに、概して、日本の植民地時代を叙述した歴史書の多くは、<朝鮮総督府による苛酷な植民地統治>と、それに対する、三一独立運動をはじめとする<抵抗運動、民族文化を守る運動>を基軸にすえています。近年はそれに対し、植民地時代のインフラ整備等々、近代化によるプラス面を強調する本、さらには植民地支配自体を肯定的に評価する本もいろいろ刊行されています。

 歴史学者の先生方には、そうした自らの史観自体が歴史的な産物であることをもっときっちり自覚してほしいものだとヌルボは僭越ながら思うわけですが、その点砂本先生の叙述は、むしろ理科系の研究者ならではの先入観を排したアプローチで、共感を覚えました。

 たとえばヌルボも何かで読んだことのある、朝鮮総督府と京城府庁舎の形が「日」と「本」の字になっているという説について。これらは「日帝が朝鮮民族の精気を圧殺し、植民地統治永久化をはかったもの」といわれたりしています。いかにも俗説っぽい話ですが、砂本先生は「こうした言説が生まれた時代背景にこそ着目するべきである」と述べています。すなわち、その背景には1980年代に生まれはじめた<ポストモダン建築>があるとのことです。
 文字を建築デザインにまで取り込むようになっていたポストモダン建築の視点から、「日帝」に対する猜疑心を増幅させつつ見た結果、こうした読み違えの新解釈を生んだ、というわです。
 さらに砂田先生は「建築平面が文字をかたどったのだという言説が容易に受け入れられてきた社会の素地にも着目すべきだろう。歴史とは、「今」がつくりあげていくものなのだ」と結んでいます。
 上記の<俗説>に対し、声高に否定・非難するばかりの<嫌韓派>の皆さんには、ここらへん、じっくりと読んでほしいものです。

 <思い込み>先行の歴史解釈批判の例を本書からもうひとつ。京城の都市計画について。
 日本の統治下で進められた京城の都市計画は、「オスマンにより行われたパリの大改造がモデルだった」と孫禎睦「日本統治下朝鮮都市計画史研究」(柏書房)にあるとのことです。

 「パリ・コミューンの際、コミューン軍の人民が曲がりくねった路地にバリケードをつくり、政府軍の進撃が遮断されたことを教訓にして、オスマンは街路の拡張と直線化をはかった。
 朝鮮総督府も、独立運動を恐れて京城市区改正計画をたてた。」

 ・・・というのが孫禎睦氏の結論です。
 これに対し、砂本先生はいくつもの具体的史実をあげてその説を否定した上で次のように記しています。
 「これらのことを鑑みると、「独立運動が起こって「パリ・コミューン」時の前轍を踏むこと」は、事業施行中にはほとんど意識されなかったと考えられ、孫の推論は、朝鮮総督府ならばやったであろう圧政の典型を、あえて市区改正に見出だそうとした「過剰な期待」である。

 上記の他にも、これまでの朝鮮近代史の本には載っていなかったさまざまな事実が満載されていて、写真も19世紀の街のようすから、著者の専門の各種建築物等々、実に豊富。ホントに収穫の多い本でした。

※<民族資本による建築>の高麗大学校や中央高校(「冬ソナ」のロケ地として有名)をはじめ、学校だけでもたくさん写真が掲載されています。
コメント (1)
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