farm note 農便り

農業をしながら生活を楽しくをモットーに

Carl and Marieから久しぶり

2010-06-30 08:14:35 | Weblog
アメリカ滞在中、一年半何かとお世話になった方ににCarl and Marie.
毎年クリスマスカードを頂いていたのに、昨年は届かなかった。私がメールで送っていたかもしれない。返事が来ずどうされたのか気になっていた。二男もアメリカ旅行中もお世話になっていた。
1968年のカールたちは若い三人の息子さんのいいパパとママで、夕食は毎日彼ら一家と楽しみ、その頃私は皆で歌う楽しみを知った。ホームシックの私を綾部教授一家にと計画、二世のジーンさんとの交流などもしてくださった。暫く日本語で喋っていたので、帰宅しても私がカールたちに日本語で喋りだし、大笑いで、ホームシックは吹っ飛んだ思い出がある。また近くの林にドイツ人のバーバラと私を連れ出し、すないぷハントしようと、出かけた。ここ、ここと彼らが言うので、かき集めてきた物は枯葉で、鳥でなかったのでまた大笑いでこれがアメリカ生活にも慣れ始めた一歩だった。
その頃の思い出を書いたのが加藤登紀子さんの1968、私の1969物語。そのことをカールたちにメール。今始めてメールを受取りました。英語で読みたいとのこと。
英語で書いて送ろうと思っています。
また、また1968年にゆりもどされています。
もうマートはなくなった。
ドイツのバーバラはどうしているのか?
ルームメートのデビーはどうしているのか?
背の高い、アメリカンボーイ、アールは?
中西部からのフランクは?
二人の男の子はCOでした。良心的戦争拒否者でした。多くが徴兵でベトナムだったのに、その代わりのプログラム参加だったようです。
カリフォルニアのキットはどうしているのか?
懐かしいです。
もう一度皆に会いたい!

小学校教師のマートからはアメリカで俳句の本を頂き、ちょっと面白く思っていましたが、
大事なことを教えてくだったようです。マートのダンプリングスープやタンポポのサラダは新鮮な味で、忘れがたいアメリカのお皿です。
今も鮮やかに思い出されます。


加藤登紀子さんのお陰で、いい思い出を思い出す事が出来嬉しい。嬉しい。
皆に連絡を取りたいと思っています。
若かった私達、もう白髪、皺が多くなり始めました。でも心はあの頃のままです。
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野菜直売所の運営

2010-06-26 12:52:15 | Weblog
電話が飛び込み何かと思ったら、農協の直売所の運営委員になられた新しい方からの電話でした。彼女もユータン組で神戸から、私も京都からのユータンで、なんとなく田舎の人の考え方と異なり、大変な悲鳴のようでした。私も同様で、運営の仕方に異論を唱えてばかりいたようでした。今売り上げ高ばかりが求められ、もっと生産者側に沿ったものであって欲しいと意見をしていました。でも安くが求められ、皆もそれに甘んじ、売り上げ高をあげるのに、必死のようです。10円アップすればおのずと販売額に反映するのでと何度私は言ってきたでしょう。でも今なおよく考えて対策が練られていないようで、運営委員はイベントがあると刈り出され、大変というものです。私もやっておれないというのも本当で、勉強になるボランテアならさせてもらうが、疲れるような、疲労感だけが残るような役ではごめんなさい、私の出る場面でないと、一年で降りさせてもらいました。何か田舎特有の女性も男性もはっきりしないので、都会生活経験者は面食らいです。
これで地域農業が栄えるわけがないのです。零細、小農家が足を引っ張りあいをしている時でないのにと思っています。農業を取り巻く情勢は大変なのに、もっともっと意見を出し合って、いい方向に行くように、農協にも頑張って、リーダー的役割を願っているのですが、
無理のようです。

とりあえず新役員さんが気分よく役を全うできるように知り合いの副会長さんに助言しなくてはと思っています。
今年は役員数も倍になり、まとめていくのが大変。副会長さんは何時も軽トラに沢山の道具類を載せ、活躍されていましたが、農協はそんなことを役員,おとなしい女性にさせていいのと疑問に思っていました。便利屋さんにされたら困ります。農協の便利屋さんでいるのも地域ではいいのかしら?
私の時は女三人で魚釣りに行ったり、親睦を図っていたので、良かったのですが、たまに会っても、みな忙しいので、お話になりませんね。一人張り切り屋さんがいると、大変なことにもなります。難しいです。
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わが村の宝、公開中

2010-06-25 23:31:32 | Weblog
夜新聞を広げると、何か字が飛び込んでくる。毘沙門天立像を公開の記事。宮津市にある府丹後郷土資料館で特別公開。
子供の頃、毘沙門のお祭りに行ったことが何回ある。今は寂れて、何もなくさびしい限り。
お寺のお尚さんもなくなられてさっぱりでしたが、毘沙門堂が老朽化して宮津で預かってもらっているのを聞いていたが、公開されるとは思っていなかったので、いいにゅーすです。多分村の方は殆ど知っておられないのだと思う。私も今夜知った。
毘沙門さんは昔から有名で近在の村々からお参りがありにぎやかだったと母からよく聞いていました。
毘沙門天は多聞天といい、幸福や富をもたらす神として信仰されてきたそうです。平安時代後期の作品で秘仏として伝わったので、完全な状態で残っているそうです。勿論公開されている宮津まで出かけます。

今度の日曜日はお寺の弟さんで同級生が継がれる事になり、入山式が行われます。
その時、この毘沙門さんの話題を楽しみにしています。村の歴史のページを繰りますね。
同級生のむんちゃんもお坊さんになられます。
修業中は大変のようで、痛々しかったけれど、いいお坊さんになられること請け合いです。
隣村のお坊さんには、ちょっとと思ったけれど、これで安堵してお参りが出来ます。

毘沙門天は、
国の重要文化財だそうです。
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さあ草取りに行こう

2010-06-23 10:56:43 | Weblog
野菜の搬入を終え、コーヒータイムもおわったので 、これから田んぼの草取り。昨夕田んぼをよく観察すると草がしっかり生長。イネに負けない勢いです。あっちこっちと歩いている間に、主がいぬまに、草までもがのびのびして大きくなりました。
田んぼ用の長靴もよれよれになったので、チャイナ製はすぐ駄目になるので、今度は日本製。使い捨てでなく大事にはきたいです。
田んぼに水を張ったので、バケツを浮かべて草引きです。すこしずつすこしずつすれば何でも終りがあります。稲が喜ぶのがわかるようです。だからできる。
しとしとモンスーン特有のお天気の中で、かえるとお話してきます。
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敦賀へ研修バスツアー

2010-06-22 20:49:35 | Weblog
富山に行っていたので、今回の研修はやめようと思っていましたが、やはり詰め込んでもらってまた今度は福井県へ。
EM の学習会で、今回、二度の農園訪問でした。二度も話を聴くと納得。土作りの大切さ、より安全な野菜作りの大切さ。脳梗塞を克服されて有機自然農法栽培、安全な野菜を使ったランチ。15キロ1万円のお米の味をしっかり味わってきました。私のお米は15キロ6千円。
銀座で修業された息子さんの中華ランチでした。
メニューは
胡瓜の酢の物
抗生物質抜きの鳥のから揚げ
えびちり
豆腐の黒胡麻だれかけ
卵スープ
デザート
杏仁豆腐

講師は全国を回っておられる樋口正夫さんでした。
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加藤登紀子さんとその二

2010-06-22 20:35:02 | Weblog
打ち上げの会で、友達が誰も加藤登紀子さんと一緒の時間を過ごしたと言っても、証拠が無いと信じないわと言うので、私、登紀子さん証拠写真が無いと誰も信じないので写真を一緒にお願いできます?
登紀子さん、そうね。と言われて、多分ツイッターを書いておられたと思うのですが、中断してパチリと私達のあつかましい申し出に快く応じてくださりました。こんな登紀子さんって素敵ですね。多分お疲れだったでしょうに。

にぎやかな中で、中村哲さんの話を熱心にされていたのが印象的でした。
よく聞き取れなかったのがとても残念です。
しっかり応答できないのですからね。
広範な社会的関心をお持ちなので、それも大きな魅力だと思います。ミユジッシャンとしても、
一人の人間としてしっかり問題意識を持って対しておられるのも、大好きな理由です。
これからも関心を持って見守っていきたい、加藤登紀子さんです。


もし、興味がある方は、登紀子さんの公式ページTOKIKO WORLDの中村哲さんにこころから拍手のところをクリックすると、下に私達三人と登紀子さんが載っています。
私バチックのスーツを着ています。嘘じゃない証拠写真?
打ち上げの時の写真はまだ手にありません。どんな写真でしょうか?
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さくらんぼの季節

2010-06-21 12:23:05 | Weblog
妹から、さくらんぼ届いた?との電話。玄関の上がり縁を見ると。さくらんぼの箱。山形の初取りのさくらんぼと妹。早速あけて、味見。なるほど佐藤錦の味です。やっぱり黄色と赤のさくらんぼがすきです。味は今年は遅く出来たので、甘みがまだとか、暫く置くとおいしいと妹。大切な果物、すぐ赤く変化するでしょう。
アメリカンチェッリーのどす黒さに比べたら、本当に山形のさくらんぼは宝石です。
加藤登紀子さんのさくらんぼの実る頃の歌を聴いたところでしたので、味わってその季節を楽しんでいます。
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加藤登紀子さんと共に

2010-06-20 22:54:58 | Weblog
あっという間に富山旅行は終わりました。楽しみにしていた富山でのコンサートは最高でした。
テレビや新聞などでよく知っている加藤登紀子さんに直接会えるなんてこの間まで思いつきませんでしたが、それが実現しました。
まだその感動に浸かっています。
ステージの登紀子さんは声量たっぷりに歌われました。聞き覚えのある歌なのですが、熱烈フアンでなかった私はもぐもぐと歌っていました。東大出の歌手、加藤登紀子さんには、何故か学歴コンプレクスのある私は遠くから眺めている感じでした。でも今は違います。
フアンになりそうです。
私の1968物語を選んでくださった登紀子さん、ステージに招かれて、頂く自筆の書、それから、コンサート後、食事にお誘いくださり、私は既に早めの食事をしていたので、コーヒでもと、富山の海産物が一杯盛られた酒席にも他の受賞者と共にお招きに甘んじてきました。行き慣れていない居酒屋さんでの会でトキコプラニングのスタッフの方も一緒で初めて皆さんとお会いするのにわいわいがやがやと10時半頃まで、登紀子さんたちとお話会でした。まじかに見る加藤登紀子さんはステージのゴージャスさと異なり、素朴でお酒を楽しまれ、皆に気配りをされて話をされて、違った魅力です。お店が繁盛していて、にぎやかで耳の遠い私には聴き取りにくく、それが残念でしたが、初めてとは思えない楽しい集いでした。帰り送ってくださって、握手でなく、ハグされ、嬉しい限りです。昔アメリカの空港で友達が別れのはぐをしていて、私の番はどうしようとどぎまぎしたものですが、60歳過ぎると、平気で私も登紀子さんにハグしてきました。これは思いがけない別れ方、こんな素敵な送り方をされる登紀子さんです。農業の事をちらっと話されたのですが、これはあまり話す時間がなく、今後の楽しみです。もちろん会場で藤本さんの農業論の本を買ってきました。帰りの汽車のなかで、読み始め、大変興味ある内容です。またCD,1968を息子に夫々、私、友達にと5枚も手にいれ、汽車で読むジャケットにはコルトレーンのジャズ。。。
私もよく下宿で何故かよく聞いていた名前が出てきて、親しみが一層増しました、やはり1968の時代を生きた私達には共通なのですね。書かれている文言全てが共通に感じられて懐かしくさえ思われます。同じ東京の空で生きていたからかもしれません。
この日記に書ききれないこと一杯の6月18日でした。
夢のような日で、

翌日は池田満寿夫の作品やピカソなどの絵を鑑賞。富山近代美術館はモダンですっきり、ゆっくりしてきました。
もうマス寿司やテレビでみた塩ベーコンなど頭にはありませんでした。

登紀子さんの歌世界、たのしい食事会、自然の姿を見せてくださった登紀子さん。
全て感激でした。このような感激は田畑に向かう私の元気の源になります。

これからゆっくりお二人の農業論を楽しみたいと思っていますし、歌は真剣に覚え、歌いたい思っています、やはりバラの愛の歌。
登紀子さんの歌がとても身近になりましたよ。
特に好きな歌手がいない私でしたが、登紀子さんは身近になりました。縁って不思議です。
キーワードは1968。

自分らしく生きていればいいこと一杯ありそうです。
他の受賞者お二人もまるでクラスメートのように感じられています。
不思議!

頂いた書は父のお陰で冒険など可能になったので、仏壇にいる父に見せています。生きていればもっと喜んでくれただろうに。歌も好き、映画にも連れ出して、映画好きの素地を作ってくれた父、真面目な父、親不孝娘が今頃何を言っているかと笑うだろう父。私の中に父も生きているようです。戦争の非情さを映画で伝えた父。映画、人間の条件を小学生で見せられていました。亡くなるまじか、髪をひげをマユをそったら嬉しそうだった父、言葉が出なくなっても大きく口をあけて笑って気持ちを表現した父。
色んな父との思い出が何故か鮮やかに蘇ってきます。
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甘唐

2010-06-17 00:17:08 | Weblog
久留米エンドウの季節もおわりました。ヒスイ色のうつくしい色のマメご飯も来年までさようならです。
エンドウのあとかたずけをしました。お陰で甘唐子に日が当たるようになりすくすく成長するはずです。
夏野菜もいい感じで成長し、今度は四葉胡瓜が早く支柱を立ててほしそうです。しっかりした実がなっています。
母はまめまめしく、うりのしんとめ、くさひきなど休む間もなくしています。私はピッコロ人参の間引き、落花生の植え付け、花の定植などをしました。ポワロの苗もおおきくなったので、定植。落花生やポワロは初めて作る野菜です。ズッキニーも出来始めています。
程度の水とお天気で野菜も草も元気。畑に行けば、元気がもらえます。母が元気なのも、そのお陰です。
今夜は野菜の調整お休みでゆっくり。毎日だと本当に疲れます。
暫く勝手に休みです。富山から帰ったら、またまた沢山でうんざりするかもしれません。
野菜は待ってくれない。でも夜涼しいので野菜も休み気味のようで、助かります。
明日は33度になるらしく、体が冷えたり、暑くなったりで、疲れが一層増します。

お隣の藪から破竹が侵入して竹の子きりなど、色んな仕事があります。

田は今安定期。ほっとしています。
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少しの雨で

2010-06-15 22:14:09 | Weblog
午前中はあぜ道相談、午後から切符買い。
市内はそれほどの雨でなく、帰宅してみると、水路がゴーゴー音がし、すごい水量です。刈られた草が流され、水をせき止め、また我が家の蔵に流入しそうな気配。草を除去し、今度は田んぼ。これまた草が流され、水路からあふれる水流。ちょっとした雨でこんな具合で台風や大雨が思いやられます。
夕方には雨もあがり、嘘のような静けさ。ほんの暫く買い物に出かけてる間の大雨。
自然って恐いですね。
田の苗もだいぶ成長して安定期、そろそろ中干しする時期らしいですが、ゆっくり様子を見ながらします。
草取りをしたモチ苗も元気そうでやれやれ。
出穂するまでに、穂肥を施したり、草刈りと共に忙しくなりますので、ちょっと休んで一服です。こころは立山へ。

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