ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

ブラックボックス 音声分析捜査

2022-01-29 13:00:02 | は行

四回転半くらいのひねりで良く出来ている。

 

「ブラックボックス 音声分析捜査」79点★★★★

 

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ヨーロピアン航空の最新型機が墜落する事故が発生。

乗客・乗務員316人全員の死亡が確認された。

 

航空事故調査局の音声分析官マチュー(ピエール・ニネ)は

ボイスレコーダー、通称「ブラックボックス」から

事故原因を探ることになる。

 

マチューは雑音だらけの音源から

「アラーは偉大なり!」という男の声を発見し

事故はテロである、と発表。

事件は解決したかに思えた。

 

が、事故の被害者の遺族から

ある留守電メッセージを聞かされたマチューは

あることに気づいてしまい――?!

 

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フランス発、久々にハラハラとのめり込んだ

サスペンスエンターテインメントです。

 

墜落の原因を探るミステリー、っていうのは

ありそうな話だけど

ここまでひねったものは初めて観ました。

 

墜落機の原因をブラックボックスから探る

耳の良すぎる音声分析捜査官マチュー(ピエール・ニネ)。

「イヴ・サンローラン」(14年)のイメージが強すぎて

最初はサンローランにしか見えないんですが、

この神経質そうな佇まいが、この映画の超キモになっていくんですね。

 

で、このマチューさん優秀で、

雑音だらけの録音から「アラーは偉大なり」を聞き起こし、テロと発表する。

 

その過程だけでもけっこう「へえ」「すげえ」なんですが

しかしその後、マチューはあるおかしな点に気づいてしまう。

 

しかも最初に担当していた上司は失踪(なんでや!)。

 

で、マチューはその後、音源から

航空機が故障したんじゃないか?と発見する。

 

このマチューさん、わずかな音から

エンジン音の変化に気づいたり、

客室乗務員のワゴンの音から、

人の動きを想像できたりする能力の持ち主なので

 

映像でも

「そのとき、飛行機内でなにが起こったのか?」が

音を頼りに再現されていって

すごくおもしろいんです。

 

でも、検証した結果、故障ではなかった。

 

さらに彼には不似合いなほどバリキャリで美人の妻も

なんか怪しい(笑)

 

で、マチューはさらに捜査にのめり込んでいくのですが

その様子がかなりヤバくて

「新事実を見つけた!」といっても

周囲に「・・・・・・お前、少し休めよ」って言われちゃうんですよね。

本人がどんどんおかしくなっていくので

観ている我々も「妄想では?」と思ってしまう。

 

しかーし、最後の最後にあるものを発見!

だがさらに!しかしこれまた!――と

 

こう書いていても、もう監督・脚本のヤン・ゴズラン氏が

「これでもか!」「これでもか!」と

ひねって盛っていった過程が手に取るようにわかり

これ、作るのおもしろかっただろなあと思います(笑)。

 

「ちょっとこれはあまりに映画でしょ!」って思うところと(だって映画だもん。笑)

「いや、現実にあるかも・・・」ってリアルが絶妙にカバーしあってる。

ドローンやカーナビ、ドライブレコーダーとか、

馴染みあるハイテク機器を取り入れているし。

 

耳には自信ないワシですが

まあ良すぎるのも問題だよなあと、思うのでした。

 

★1/21(金)から全国で公開中

「ブラックボックス 音声分析捜査」公式サイト

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クレッシェンド 音楽の架け橋

2022-01-29 12:14:45 | か行

難しい題材を奥深く、かつかなりエンタメにしててスゴイ。

 

「クレッシェンド 音楽の架け橋」80点★★★★

 

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ドイツ人の世界的指揮者のスポルク(ペーター・シモニシェック)は

紛争中のパレスチナとイスラエルの若者たちによる

和平のためのオーケストラを指揮してほしいと頼まれる。

 

双方から、オーディションを勝ち抜き、音楽家になるチャンスを掴もうと

約20人の若者たちが集まってきた。

 

が、互いを憎み合う両者は、別々のグループに分かれ

常にピリピリと一触即発。

演奏どころではなく、つかみ合いのケンカがはじまってしまう。

 

こんな状態で演奏などできるのだろうか――。

そこでスポルクがはじめた、ある試みとは?

 

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世界で一番、解決が難しいとされる

イスラエル・パレスチナ問題。

そんな敵対する若者たちが、混合オーケストラを組む?

果たして共存できるのか――?

 

という考えただけで難しいテーマに果敢に挑戦し、

かつラブストーリーやスリルまで盛り込み

しかし甘くない展開にヒリッとし

 

それでも最後の最後に何かの兆しを残してくれる。

めちゃくちゃ考え抜かれた映画です。拍手。

 

まず冒頭、

パレスチナ(アラブ人)とイスラエル(ユダヤ人)の

若い男女が手を取り合って逃げ出す――という

ロミオとジュリエットばりのシーンからはじまって

この和平オーケストラがどう編成されたのか、の経緯へと戻っていく。

 

このオーケストラは実在する

ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団がモデルで

話はあながちフィクションではないんです。

 

で、和平のためのオーケストラのはずなんだけど

集まってきた若者たちは

やっぱりアラブ人とユダヤ人に分かれて座り、

全然、仲良くしようとしない。

一緒に演奏しようとしても音はバラバラだし

取っ組み合いさえ始まってしまう。

 

そこで、指揮者のスポルクは

彼らにグループセラピーのワークショップをさせるんです。

やはり実際に敵対するグループ同士を仲介するために用いられる方法だそうですが

これが非常に興味深い。

 

ワークショップ中に、アラブ人の若者が語り出すんです。

「祖母からずっと聞かされてきた。70年前にユダヤ人がやってきたせいで、

住んでいた家を追い出され、難民となりいまも帰れないと」。

するとユダヤ人の若者も語り出す。

「祖父からずっと聞かされてきた。ユダヤ人がいかに迫害され、

ホローコストを生き延び、ようやくイスラエルにたどり着いたのに

いまアラブ人に攻撃されていると」。

 

これにはハッとさせられました。

例えば昨年公開されたドキュメンタリー「ユダヤ人の私」のように

歴史の悲劇を繰り返さないために

その証言を語り継ぐことの大切さを、いままでずっと考えてきたけれど

それが、相手への憎しみを受け継いでいくことにもなってしまっているのだ――と。

 

これこそが、紛争や対立、憎しみの「もと」なのか!と

気づかされたんですね。

 

加えて、指揮者スポルク自身が背負っているものも明らかになり

実に深い。

 

そんななかで、若者たちに変化が起こっていく。

だんだんと演奏もまとまっていくんだけど

しかし、そう甘くはない――という。

 

ラストも痺れます。

 

ちょっとドラマチックすぎる!くらいかもですが

「ブラックボックス 音声分析捜査」(21年)もだけど

いまワシ、盛り盛り盛りでも

映画の熱量を感じたい気分なんです(笑)

それにやっぱ、深いんだよなあ。

 

 

実際にこの楽団は存在するし、

実際にユダヤとアラブの人々が共生する村があったり、

若い世代の対話や交流の活動が、けっこうされていたり

映画でスポルクが発する

「子や孫の世代じゃない。いま、君たちが(和平のために)やるんだ」という

メッセージは決して絵空事でなく、希望としてあるんだと感じます。

 

おなじみ『AERA』でドロール・ザハヴィ監督に

インタビューさせていただいております。

1/31発売号に掲載されますので、ぜひ映画と併せてご一読いただければ!

 

★1/28(金)から新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国で公開。

「クレッシェンド 音楽の架け橋」公式サイト

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