ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

戦火のランナー

2021-06-06 02:34:34 | さ行

決して五輪賞賛映画ではないよ。

 

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「戦火のランナー」71点★★★★

 

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南スーダンの難民として生まれながら

その才能を開花させ、2012年ロンドン五輪でマラソン選手になった

実在ランナーのドキュメンタリーです。

 

1984年、内戦の続くスーダンで生まれた

グオル・マリアル。

自分の村が襲われ、家は燃やされ、

人々が皆殺しにされるような状況のなかで

両親は、8歳の彼を村から逃がした。

 

一時は敵の武装勢力に捕まった彼だけれど

しかしそこから走って逃げ出し、16歳で幸運にもアメリカに渡ることになる。

 

そして異国の地で高校に入学した彼は、

そこで「走る」才能を見出されていき――?という話。

 

本人の出自の壮絶さについては

もちろん言及されるのですが

思ったより、そこはサラッとしてるんです。

(それでも、彼の苦労は十二分に伝わるけどね)

 

アメリカにたどり着くまでの数年の経過が

バッサリ飛んでるあたりに

むしろ、語り尽くせない、つらさをおもんばかってしまった。

 

さらに映画は

その後、異国の地でオリンピック選手へと成長していく彼の

不屈の精神や努力の素晴らしさ――だけでなく

 

 

南スーダンという国の現状

――内戦の末に独立をし、つかの間の平和を得たものの、また内戦が起き、

いまなお混乱が続く――

世界に知らせる、という意図を強く感じる構成で

そこがいいんですね。

 

いま、この状況で「オリンピック」を語ることの

難しさは重々承知の助。

(もちろん、ワシ個人は招致当時から一度も賛成してないし!!

 

さらに、この状況でも来日せなあかん選手たちの

複雑な心中は、察してはいたつもりだったんですが

 

本作を観て改めて

「みんな、それぞれに、想像もできないほど

さまざまな背景を(しかも、ごっつ重く)背負っているのだ――」と

考えさせられました。

 

 

そして映画からはグオル氏の不屈のモチベーションが

間違っても名声などにあるのではなく、

「自分の成功が、祖国の次の世代の道しるべに、希望になれば」

にあることが、よく理解できる。

てか、

その目標にこれほど実感がこもる例を見たことがない。

 

そう、これは、決してオリンピック賞賛映画ではないのです。

 

かえって、こんな思いをしている選手たちを

IOCはどう考えてるのか?!と

怒りも沸いてくる。

 

オリンピックという祭りの意義をも

考えさせられる映画なのでした。

 

★6/5(土)からシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。

「戦火のランナー」公式サイト

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猿楽町で会いましょう

2021-06-04 23:59:25 | さ行

また、新たな才能に出会えて

嬉しいです。

 

「猿楽町で会いましょう」76点★★★★

 

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小山田(金子大地)は駆け出しのカメラマン。

雑誌編集部に売り込みに行くも

編集者の嵩村(前野健太)に

「で、君は何が撮りたいの?」と

ななめ~な感じの視線にさらされ、辛い日々。

 

だが、そんな小山田に嵩村は

撮影を希望しているという、ある読者モデルを紹介する。

 

渋谷で待ち合わせた小山田の前に現れたのは

ユカ(石川瑠華)だった。

一目見たときからユカに「ハッ」とした小山田は

自然な彼女の表情を引き出し、いい写真を撮る。

 

そしてユカに彼氏がいないと聞き出した小山田は

写真チェックを口実に、猿楽町のアパートに彼女を誘うのだが――?!

 

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1979年生まれ、あの林海象監督に師事したという(マジ?いいなあ!w)

児山隆監督の長編デビュー作。

 

東京・渋谷の街で

何者かになりたいと願う

あらゆる若者たちが100億回繰り返してきたであろう、物語。

なのに抗いがたい魅力があるんですよね。

 

チャプター1、2、3で語られる少しトリッキーな構成。

過度にエキセントリックだったりせず、

ごく普通に傷つきやすく、流されやすい

自然な登場人物たちの造形。

 

そして、役者たちが実際に

そのどこかを、自分の経験に重ねているようなたしかな存在感。

 

すべてが結実し

透明にして立体感のある、いい映画でした。

 

カメラマン志望の主人公・金子大地氏もよかったけれど

ベビーフェイスで華奢で、フツーそうな女の子なのに

セクシャルにもなんともいえない魅力を放つ

石川瑠華がとても良い!

 

渋谷区アドレス、猿楽町の小さなアパートからスタートし

カメラマンとして立身出世を夢見る主人公。

地方から上京し、女優を目指すヒロイン。

 

誰もが経験するであろう

「何者かになりたい」情熱と、もがきは

あたかも

遠い昔の自分の青い野望をなぞるようで

(いや、まだ野望あんねんけど?!笑

でも、これは観ながら

痛みよりも、愛おしさが先に立つ。

 

そこが、うまいなあと思いました。

 

同時に思ったのが

若者が、未来を夢見て手がかりにしようとするその手段が

 

「読モ」とか、雑誌のカメラマンとかである時代は

もうすぐ、なくなるかもしれないなあということ。

 

なんだか、(いつも以上に)細~い目で

遠くを見てしまうのでありました。

 

 

★6/4(金)から渋谷シネクイント、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開。

「猿楽町で会いましょう」公式サイト

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