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25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

相撲と白菜

2016年11月21日 | 日記

  大相撲九州場所。タジマのママさんは洋装で髪型も変え、黒縁のメガネをかけていたのに驚き。洋服だと肌が透けるように白かった。へえ、と思いながら、取り組みが終わったあとバックに出てくるので、それも楽しみで、今日はどの席にいるのか、と探すのも楽しみのひとつである。

 どうも鶴竜の調子がよい。流れで取る横綱であるが、今場所は安定感がある。一方豪栄道は玉鷲に負けてから、相撲が優勝前のドタバタ大関のようになってしまった。

 十両がおもしろいので、相撲を見る時間が早くなった。小柳、宇良、大砂嵐の復活。逸ノ城も20キロ減量で体も動かしやすくなったようだ。照の富士は膝がまだ悪そうだが、我慢して、連勝を続けている。琴奨菊はそろそろ引退時期か。同期の豊ノ島は怪我で幕下まで下がり相撲をとっている。幕下になってまで取り続けるというのはどういうことだろう。すでに年寄り株をもてる条件は整っているはずである。こういう事情も知りたくなってくる。

 だんだんと、正代や遠藤、御嶽海などの若い日本人力士が台頭している。一方で、荒鷲や千代翔獎馬、貴ノ岩などのモンゴル勢も出てきている。石浦が勝ち越し、宇良や小柳が幕内に入ってきたときには新しい相撲の時代に入っているかもしれない。立ちはだかるのは三人の横綱であり、大きな存在は白鵬である。その白鵬を遠藤が速攻の相撲で倒した。白鵬はなにもできなかった。なにもできなかった白鵬を見るのは初めてである。

 五時くらいから熱燗をゆっくり飲み始める。この頃、白菜の漬物に京都の唐辛子を振って、食べる。これが美味しいので、えたれいわしがでてくる頃まで食べるのではないかと思う。大根の菜っ葉がでてきたら、白菜と交互になるかもしれない。えたれいわしの時期が終わると、カレイとなる。僕の酒の肴である。相撲を見ながらというのが自分にとってはおつなものなのだ。