わたしは将棋のことは全く分からないにもかかわらず、棋士の名言や逸話は大好きで、いつの頃からか、それらを収集するようにしています。最も印象に残っているものは、内藤國男のエッセイに紹介されている、大山康晴の次の言葉です。
「お金というものは女房と税務署に知れると、もうお金じゃないよね、内藤さん」
内藤は大山の偉大さを称えるエッセイのなかで、静の大山、動の升田の対局戦はまるで名優の舞台を見るように見事なもので、谷川、羽生などはまだまだ巨木になりうるかどうか、大山、升田の両巨頭の足元にも及ばないと力説しています。1993年の文章なので、こういう評価になるのでしょう。こうやって大山賛歌を延々と続けた最後に、先ほどの名言が紹介されています。
将棋の打ち上げの席に、部屋に早く入り過ぎて一人ぽつねんと座っている内藤に向かって、大山はおもむろに「お金というものは・・・」と述懐したのだそうです。詳細は不明ですが、よほどつらいことがあったのでしょう。
内藤は次のようにエッセイを結んでいます。
「そのとき私は突然思いもかけない妙手を放たれた感じでとっさに応手が分からず、目をぱちくりするばかりであった」(『将棋世界』1993年8月号)
それから、いまではすっかりタレントになった加藤一二三の言葉も含蓄があります。その発言がほとんど名言と言ってもよいのかもしれませんが、わたしにとっての名言は、加藤が無敵を誇っていたころのものです。
彼は対局時に締めるネクタイが異常に長いことで知られていました。記者からネクタイの長さについて質問された加藤はこう答えたそうです。
「人から見て長く見えるのはわかっています。でも自分ではまだ短いように思うんです」
ネクタイというものは、他人からどう見られるかが重要なポイントであるはずなのですが、この名言からは常人には思いも及ばぬ価値基準に生きる天才の生きざまが、集約されているように思います。
不世出の天才と認められながら、名人位を手にすることなく29歳で病のために亡くなった村山聖の生涯は『聖の青春』として出版され、映画化もされました。そこで描かれる、ネフローゼを患いながら寿命を削るように将棋を指し、仲間たちと痛飲する姿は、輝かしくも痛々しいものです。
村山は「将棋は神の世界だ」と言っていますが、その神とは全てを見通し調和を保つような存在ではなく、白か黒か、生きるか死ぬかの判定を下す、ひたすら厳しい存在です。難病の子たちを集めた寄宿舎で暮らし、日常的に死に直面していた村山にとって、絶対的な存在とはこのようなものだったのでしょう。A級に昇格した直後の「棋士年鑑」のなかで「神様が一つだけ願いをかなえてくれるとしたら何を望みますか」というインタビューに対し、村山は、たった一言「神様除去」と答えています。
藤井聡太が、先年同じ質問に対して、「せっかく神様がいるのなら一局、お手合わせをお願いしたい」と答えて、周囲をアッと言わせましたが、わたしには村山聖の名言が、数手先を行っているように思えます。