ピンク色のねむの木の花が、散歩道に咲いています。
長い睫毛をかさねて、眠りについたような姿が、花の名前通りのふんわりした気持ちにしてくれます。
葉は水蒸気の蒸発を防ぐために夕方から次第に閉じ、その静かに葉を閉じる様子が「ねむの木」の名前の由来なのだそうです。
ところで、ねむの木を漢字で書くと「合歓木」となります。「合歓」を辞書で引くと「よろこびを共にすること、男女が共寝すること」などとあります。「ねむの木」の語感とはそぐわないようにも思いますが、これは中国語のもともとの薬草の名から派生したもののようです。
中国の薬草の本にねむの木を指す「合昏」の文字があって、これは「たそがれ時」のことを意味します。たそがれ時に眠りゆく木ということでしょうか。この語と似ている「音」をとって「合歓」とも表されるようになったというのです。中国では夫婦円満の象徴の木とされていたので、この表記が使われるようになったのでしょう。
そういう経緯もあって、ねむの木はわが国で次のような歌を生み出します。
昼は咲き夜は恋ひ寝(ぬ)る合歓(ねぶ)の花 君のみ見めや戯奴(わけ)さへに見よ
(紀郎女 『万葉集』)
天智天皇の曾孫安貴王の妻である作者が、戯れにねむの木を添えて大伴家持に寄せた歌です。合歓の花を私だけに見させないで、あなたもここに来て見なさいと詠います。「君」は三十代後半だった作者自身、「戯奴」というのは目下の人を呼びかける言葉で、二十代前半であった家持を指しています。
「合歓」は、あからさまに共寝を誘う言葉になっています。
この漢字表記があればこそ生まれた恋歌、と言えるのではないかと思うのですが、「ねむの木」の異界へと誘うような大らかさを、うまく表現しているようにも思います。