吾木香(われもこう)すすきかるかや秋くさのさびしききはみ君におくらむ
(若山牧水『別離』)
秋草の名を並べて上句とし、下句で「君」に語りかける歌の調べは、前回の馬場あき子の歌と同じです。
豊かな実を実らせることなく、やがて枯れてゆく秋草は、こうやってその名を連ねて詠むことによって、秋の寂寥感を目の当たりにさせます。下句で、馬場あき子の歌が早逝した母への思いを詠うのに対し、牧水は人妻、園田小枝子への切ない想いを詠んでいます。『別離』は、小枝子との恋を詠んだ歌集です。
牧水と出会った頃の小枝子は肺結核のため療養しており、そのはかない印象が「さびしききわみ」ワレモコウの暗紅色と重なります。牧水は相当の期間、彼女が人妻であることを知らず、秘密を打ち明けられない小枝子の表情の翳りに、いっそう不思議な魅力を感じたのでしょう。(なお、小枝子との恋については『牧水の恋』俵万智著 文春文庫に詳しい)
ワレモコウは吾木香、吾亦紅、我吾紅などと色々に表記されます。「吾木香」の表記は外来種の木香という薬草がアザミのような花をつけ、これに似ていたことに由来するのだそうです。牧水は密かに香る花と「我も恋う」の甘いイメージを歌に寄せたのだと思います。
しかし、ワレモコウには「吾亦紅」の表記が定着していて、小枝子の目からみれば、むしろこちらの方がしっくりくるようにも思います。
吾も亦(また)紅なりとひそやかに(高浜虚子)
この句のように、振り向いてもらいたい秘めた想い、ひそやかな自負が、吾亦紅の名に込められています。神様が赤い花を呼び集めた折、この花を加えるのを忘れたので「吾もまた紅なり」と吾亦紅がささやいたのが、この表記の由来だと、物語めいて語られることもあります。
牧水の名声を高めた『別離』出版ののち、小枝子の妊娠とその女児を里子に出すという試練が待ち受けています。これが、牧水をアルコール依存症へと追い込み、若くして肝硬変で命を落とす原因ともなります。
冒頭の歌は、恋心を詠んだものでありながら、やがて枯れてゆくだけの寂しい秋草に、自分たちの関係を重ね合わせたもののように響きます。
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