頭の中は魑魅魍魎

いつの間にやらブックレビューばかり

静かな物語『ロゴスの市』乙川優三郎

2016-04-03 | books
弘之は大学時代に戒能悠子(かいのゆうこ)と出会った。美人だが個性的な女性。彼女の紹介で翻訳を始めることにした。悩みもがき苦しむ翻訳の世界。ほんの少し訳すだけでも時間がかかる。でも充実している。悠子は通訳になった。とても忙しくしている。翻訳と通訳の仕事。そして微妙にすれ違う二人の関係…

ううむ。何という柔らかな物語なのだろう。文体や言葉の使い方は堅めなのに、読み終わった後、何とも柔らかい気分になる。

翻訳家としての弘之の苦労に読み応えを感じるのだけれど、一番は何といっても悠子という女性。複雑な(本当に複雑)家庭環境、裕福とは言えない金銭面、そして何としてもアメリカに勉強に行きたいという欲望。一見ぶっきらぼうな彼女をとても底の深い女性にしている。

さらに二人の関係。お互いに好意ぐらいは持っているのだろう。弘之は明らかに持っている。しかし悠子の気持ちが分からない。しかしラストで分かる彼女の気持ち。そして彼女の過去。そして衝撃的なラスト。

何というか、自分だけの好物を見つけような気分になり、うれしくなった。

作中で、ジュンパ・ラヒリ「停電の夜に」を自分で訳したかったというエピソードと、美しい日本語の例として芝木好子の「隅田川暮色」が紹介されていた。この両方をぜひ読んでみたいと思った。

ロゴスの市 (文芸書)

今日の一曲

本とは無関係に。ちょっといい感じのカントリー。Tim McGrawで"Humble And Kind"



では、また。
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超弩級警察小説『孤狼の血』柚月裕子

2016-04-01 | books
昭和63年、広島県呉原市での暴力団抗争事件がしょっちゅうある街へ、赴任した新人刑事日岡。直属の上司が強烈なキャラクターだった。やくざにしか見えない大上。あちこちの暴力団に情報源を持つ。有能だが暴力団と癒着しているとの批判もある。ある暴力団の配下にある金融会社の経理担当者が行方不明になった。金を使い込んで拉致されたのだろうか。この事件の捜査から、様々な事件が勃発していく。呉原は戦争寸前に…

これはいい。すごくいい。

日岡が、最初は怖いと思っていた大上が実は人情派であることを知る。そしてやくざたちからどうやって情報を得ているかを目の前で学んでいく。本当にこういう刑事がいるのか分からないけれど、妙なリアリティがある。

どことどの組が抗争関係にあるとか、同盟関係にあるか、その辺がかなりややこしいのだけれど、このややこしいのもまたいい。丁度いいくらいややこしい。

ストーリー展開もすばらしい。「やくざもの」小説ってあまり興味がないのよねと敬遠しそうな人でも、意外なストーリーに驚きたい人ならばきっと楽しめると思う。

各章の冒頭に日岡の日誌があるのだけれど、その一部が常に削除されている。これがなぜなのかラストで分かる。いや、ラストの後にさらにラストがあった。この辺りの構造もまたステキだ。

孤狼の血

今日の一曲

狼。Duran Duranで"Hungry Like The Wolf"



では、また。
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