旧:鳳凰堂のランダムウォーカー <伏見の光>

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で書いています。 

「重症児の授業づくり」9

2011-11-12 07:55:40 | その他
 64ページに時間割が載っています。

 ここでは2校時に帯状に「うんどう」の時間が設定され、3校時は曜日によって「からだ」「しぜん」「みる・きく・はなす」「ふれる・えがく・つくる」「学部音楽」とそれぞれ異なった授業が入る形になっています。

 2校時の「うんどう」は、いわゆる自立活動(運動機能)を中心とした内容でしょう。

 現任校、前任校との比較で大きく異なるのは、3校時の曜日によって異なる授業のところです。
 ここは、現任校であれば「テーマ学習」という名称で、同じ内容の授業を一ヶ月から一ヶ月半など、一定期間集中して継続的に取り組む形をとっています。

 この部分について著者は「毎日いろんな活動をすることによって生活に彩りを持たせたい」としつつ「同一課題継続作戦には価値がないとは思っていません」とも書いています。

 多分、この曜日によって異なる授業も、毎週異なった内容を設定するのではなく、一定期間は同じ授業内容を継続する形をとっているのではないかと思われます。

 ここのところは、よく議論になるところではあるのですが、どちらの形が適当であるか断言することは難しい、言い換えれば、どちらの形もありうると思っています。

 ただ、いわゆる「乳児期前半」あるいは「乳児期前半~後半」といった認識面での発達段階にある子どもあたの場合は、「同一課題継続」の形の方が子どもたちにとってはわかりやすく、はっきりした「乳児期後半」の力、あるいは「一歳半に向かう」ような力の獲得がある子どもたちの場合は、一定期間継続して授業が取り組まれるという前提であれば、曜日によって異なる学習内容を設定する形をとってもよいと考えています。

 なので、「縦に帯」、一定期間継続して同じ学習内容に取り組む、という形がまず基本で、同じ週の中で何度も同一課題継続的に取り組む「横に帯」の形を取るかどうかは、その集団の子どもたちの実態によって検討するというのがよいのではないかと思います。

 ただ、その前提として、子どもたちの基礎的な集団は、生活年齢にも配慮をしつつ、複数学年にまたがった発達・障害別の似通った学習課題、授業内容を設定しやすい形にするのが適当でしょう。

 いわゆる「学年制」を基本にして異なる障害や発達段階の子どもたちが同じクラスにおり、それが学校における基本の集団となるような形は、実際にそれでは授業の設定がしにくい、あるいはできないので、授業によって学習集団を組み替えるような煩雑な時間割となることがあるので、それは基本的には適切ではない場合が多いと思われます。
 
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さや侍

2011-11-12 07:55:40 | 映画テレビメディア
さや侍 [DVD]
クリエーター情報なし
よしもとアール・アンド・シー


主演は演技未経験の一般人の野見隆明。
ただ、それ以外の配役は定番的。

松本ティストは嫌いではないです。
板尾さんと柄本さんの、番人役など、なかなかよいですし。

ただ、このラストはどうなのと・・・。
私は反対のラストの方がよかったなぁ・・・。

このラストだと、結局、この「30日の業」というのはさや侍
にとってなんだったのということにならないか。
だって、それ以前の、もともとの価値観にそっての行動なのだ
から、ラストにすることは。

あの場面で逡巡するのはいいです。
そのあとで「ぷー、おなら出ました」でもなんでも、辞世の句で
も、なんかベタなことでいいからして、それでドッカーンとうける、
それでいいのではないかなぁ・・・。

そこで複雑な顔をしつつも、明日につながるような顔をしてほしい
ところです。
そのことで「旧来の価値観から脱した新しい自分」を示して欲しい。

あと、野見さん、瞬間瞬間の存在感は面白いのだけど、よくも悪くも
芝居にはなってないので、途中、経過の中でも気持ちの動きとか揺れ
みたいなのがさっぱり伝わってきません。
ここらは演出でもっとカバーしてほしかったように思います。
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