スクレの風景
昼食後、市内観光へと繰り出した。
スクレはヨーロッパ風のきれいな街である。サンタクルスよりこざっぱりとし、街中もゴミが少ない。ここは今も憲法上の首都だが、ラパスに事実上の首都機能が移った今も最高裁判所は此処に置かれている。ボリバルというアルゼンチン人が1826年に建国してまだ190年ほどの若い国である。
町はオレンジの屋根と白い壁が重なるコロニアル様式のスペイン、イタリア風の建物が丘の緩斜面に埋まり、視野いっぱいに広がる。さすが世界遺産に認定された街で「白い街」とも呼ばれる。人口は28万。パリに対するあこがれがあるらしく、最高裁判所の付近の公園には凱旋門、噴水、エッフェル塔などのミニュチュアがある。このエッフェル塔は傑作で子供のジャングルジムになっているが、外観はパリのものと少し違うが本物のエッフェルが設計したものだという。
最高裁判所
凱旋門
エッフェル塔
太鼓の音が聞こえるので、7・19日広場に向かうと、子供チームを中心に笛、太鼓、ラッパなどの楽団、ダンス隊、がマリア像を掲げて行進している。宗教的なこどもの日なのだそうだ。楽しむことにかけてはラテンの人たちは天下一品である。
「こどもの日」パレード
旧大統領官邸
大聖堂を望む
大聖堂入り口
大聖堂鐘楼
彫刻に飾られた大聖堂の鐘楼、首都時代の大統領官邸(今はクスコ市役所)の前を通り、自由の館=独立記念館へ。まだ190年しか経っていないのにこの国はラプラタ・チャルカス・チュキサカ・スクレ・ボリヴァルの国・ボリビアと名前を変えている。建国功労者ボリヴァルとクスコはいずれもアルゼンチン人である。独立戦争時にはジャンヌ・ダルクのような女性の英雄も現れ、原住民とともに戦った。
自由の館は独立宣言をした場所であり、宣言書のレプリカが歴代大統領肖像とともに飾ってある。独立については著名弁護士、軍人などの助言があり、「ボリヴァルの国」を「ボリビア」としたらしい。またよく戦争をする国で歴代大統領のうち半数以上が軍出身者で、ブラジル、アルゼンチン、チリなどと戦い、その都度負けている。
ボリビア国旗に描かれる星の数は10個の州を表すが、ブラジルに取られた10番目の州を忘れないためだという。国旗は独立時に流された血の赤、文化を表す黄色、アマゾン地帯の緑の3色からなり、中央にコンドル、スクレ銀山、リャマ、小麦、構成する州を10個で表す。日本に比べればなんとも欲張った旗だが若い国の意気込みは伝わってくる。この旗も既に2回変わってきた。
自由の館中庭
自由の館 大ホール(議会)
建国功労者の肖像
独立宣言書
偉人使用の置き時計
自由の館入り口
市内観光を終わってホテルへ。ここもスペインの金持ちの館を改築したらしく、部屋は3階で中庭があり、迷路のような階段を登った先であった。広々とした部屋だが、隣の家の雑音が少しうるさかった。
夕食は、竜馬君が昨夜の挽回をしようと町で探してきたレストラン。雰囲気が落ち着いていて、料理も美味しく、何よりも野菜がバッフェになっていて、生野菜食べ放題が良い。ここでも高山病を警戒してワインはセーブした。
ホテル・デ・ス・メルセド入口
ホテルロビー
ホテル内部 部屋と展望
ガイドのフレディ 丁寧な説明だった
夕食のメニュー
帰りはとっぷりと日が暮れていた