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伊坂幸太郎「アイネクライネナハトムジーク」幻冬舎文庫
2014年刊
題名はモーツアルトの作品であるが、それはさして重要な意味を持たない。日常のさざなみのような小さな気持ちの揺れを捉え、何気なくやり取りや駆け引きをしてゆく人の気持ちの動きを描く、この作家は小説家が天職と思える。
6篇の短編が連作のように微妙に繋がっている小品集であるが、それぞれがあんまり深くなく、それでいて雑でなく、ほどがよい。妻に突然出ていかれたサラリーマン、電話でしか話したことのない相手と恋をする美容師、元いじめっ子の女ボスと再会してしまったOL、5年に一度免許証更新のときに顔を合わせる男女、など颯爽としたヒーローとは無縁の登場人物が様々な関わりを見せる。
小さな波の中でヤキモキしたり安堵したり、(最後の作品は妙に臨場感があるが)とにかく良いようにもて遊ばれる事がわかっていても、なにか気持ちが良い。練達の師の手の中で遊ぶ剣道の稽古みたいな感がするが、それだけ作者の懐が深くなってきたということだろうか。