玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

ジェフリー・アングルス『わたしの日付変更線』(2)

2017年01月05日 | 玄文社

 ジェフリーさんの『わたしの日付変更線』は、言語論的なアポリアだけで成立していると私は書いた。そのことはジェフリーさんが故国を離れて、日本にいるときに強調されてくる。そのような位置をよく示しているのが「無縁という場」という1編である。

 生まれ育った国へ
 帰れなくなると
 どの国でもないここに
 わたしたちは 辿り着く
 家族のいないわたしたち
 愛されていないわたしたち
 闇の境目を彷徨うわたしたち
 狼に追いかけられたわたしたち

 ここでは日本という国が「どの国でもないここ」と表現され、自身の帰属の不可能性が語られていくのだが、では日本語を使って喋ったり、書いたりしたらどうなるのだろう。不思議なことに彼の不可能な帰属意識が変容を始めるのである。つまり……。

 その言葉を使い
 お互いの存在を初めて知る
 言葉の力で屋根の曲線のように
 空中に持ち上げられる
 その無国籍の言葉を聞き
 追いかけてきた孤独の狼は
 門外の闇に消えていく

『わたしの日付変更線』は「西へ」「東へ」「過去へ」「現在へ」「未来へ」の5つの章で構成されているが、「東へ」は日本での体験に基づいているだけに、最も言語論的である。タイトルからして「翻訳について」「文法のいない朝」「センテンスの前」などとあり、それらが言語論的体験を背景にしていることを明瞭に語っている。日本語体験は「センテンスの前」で次のように語られている。

 ここでは何が起こったのか
 有刺鉄線が地面に落ちている
 言葉と ランゲージを隔てていた
 国境は完全に崩れている

 日本語というものが本来の出自を失って、かつては漢字の体系を受け入れ、現在では英語をも自在に受け入れる「バベルの塔以前の楽園(エデン)」であるというのである。確かにバベルの塔の崩壊によって言語の混乱を混乱として認識するキリスト教世界の住人と、日本人との決定的な違いはそこにある。もっと意地の悪い見方をジェフリーさんは次のような詩句で示している。

 しかし アダムもエバもいない
 言葉(ランゲージ)は奔放に交じり合うだけ
 始まりも終わりもない乱交
 知恵の身は 試食されないまま
 木から重くぶら下がっている

 言語論を通した日本人論をここに読み取ることが出来るが、それでもジェフリーさんは日本人が、あるいは日本が好きでたまらないのだ。だから文法を乗り越えた場所、あるいは翻訳の可能性の達成の中に、彼は至福の時間を見出すだろう。
 ジェフリーさんは、二人の〝わたし〟が翻訳を通して同衾する可能性を、「翻訳について」という作品の中で夢想しているではないか。

 二人のわたしはため息を漏らし
 部屋は沈黙に戻ってしまう
 シーツの下でおどおどして
 お互いの手を取り
 そしてしばらく天井を仰ぐ
 やがて 抱きあい
 赤の他人のように愛撫しあう
 一個の完全な人格になれるように

 この同衾の夢を高橋睦郎のように〝エロティック〟と呼ぶことも出来るだろう。禁じられた不可能事を犯すことをエロティックと呼ぶことができるならば……。

初出一覧に「停電の前の感想」と「地震後の帰国」の2編が「現代詩手帖」とあるが、2011年6月の「北方文学」現代詩特集のはずなのだが……。

(この項おわり)

 


ジェフリー・アングルス『わたしの日付変更線』(1)

2017年01月04日 | 玄文社

「北方文学」74号の巻頭を飾る作品「あやふやな雲梯」を寄せてくださった、ジェフリー・アングルスさんがこのほど思潮社から詩集『わたしの日付変更線』を刊行されたので紹介したい。
 この詩集には「四十四歳で初めて会った母に」という献辞が添えられている。ジェフリーさんは両親が分からないまま養子として育てられたという経歴の持ち主であり、昨年の春にお会いしたときに「初めて母に会ったんです」と言っておられたことを思い出す。
 父も母もどこにいるか分からないというジェフリーさんの位置は、ある意味で存在論的な意味を持つ。「惑星X」という作品に次のような部分がある。

 何千年も 何万年も
 太陽系の外側の 孤独なコースを
 手探りで進んできた そうしながら
 自分の引力で 天空に声をかけ続けてきた
 遠い光の反対側の 見えない
 妹の惑星たちに

〝惑星X〟というのは太陽系の一番外側に未発見の巨大な惑星があるはずだとされるもので、ジェフリーさんはこの孤独な惑星に自分自身のイメージを託しているわけである。〝妹の惑星〟というのは、母親との再会によって知るところとなった異父妹を指している。
 このような存在論的な自己の位置づけは、ジェフリーさんの多くの作品に影を落としていると言えるが、そこに止まっていたのでは私小説的な話題の周辺を巡るのみである。その背後には英語と日本語という二つの言語の間で、いつでも自分を位置づけていかなければならないジェフリーさんの言語論的なアポリアがある。
 あるいはむしろ、『わたしの日付変更線』はそれだけで成立していると言ってもよい。たとえば巻頭の「日付変更線」。日付変更線をまたいで存在する二つの自分。次のような詩句は、ジェフリーさんの存在の自由を語ると同時にその苦悩をも語っているのだ。

 飛行機が目的地に
 近づけば近づくほど
 きのうのわたしは
 漣(さざなみ)の下に沈んでいく
 というのも わたしは
 どこにも属していない
 過去にも 未来にも
 ひょっとしたら 現在にも

 このような〝どこにも属していない〟という自己意識は、文学を通して言語に近づく者の誰しもが強いられるものであるが、さらに二つの言語に対して文学を通して接近する者にとって、この〝帰属の不可能〟はより強固な強制を伴っている。
 いわゆる〝越境の文学〟という規定に、ジェフリーさんの文学的営為も含まれるのであるが、彼ほどに二つの言語に対して自覚的であり、そのことが彼の作品を読む者に対しても〝帰属の不可能性〟を強制していく存在はない。
 ジェフリーさんは越境者ではない我々日本人に対してすら〝越境者〟であることの幸福と不幸とを、二つながらに強制するのである。

ジェフリー・アングルス『わたしの日付変更線』(2016、思潮社)


「北方文学」74号発行

2016年12月30日 | 玄文社

 遅くなりましたが、「北方文学」74号が発行になりましたので、ご紹介したいと思います。12月10日に出来たのですが、13日に入院して27日に退院しましたので、それまで作業が出来ませんでした。お詫び申し上げます。
 今号は200頁強。いつもより薄いのですが、内容は充実していると思います。今号は小生も病気入院のためお休みですが、他にもお休みの人が多くてこういう結果になりました。
 巻頭を飾っているのはジェフリー・アングルスさんの「あやふやな雲梯」という詩作品です。カントの美学(もとはエドマンド・バークの美学)に触発されて書いたもので、核兵器をテーマとしています。平和主義的な観点からではなく、美学の観点から核兵器の崇高について思考をめぐらし、自らを「あやふやな雲梯」と呼んでいます。恐ろしい作品です。
 ジェフリーさんは65号の「現代詩特集」に登場願いましたが、これからもご寄稿下さると思います。ジェフリーさんについては以下のHPでお調べ下さい。
https://en.wikipedia.org/wiki/Jeffrey_Angles
 詩作品が続いて次は館路子の「洪水の記憶に、私はまたも」。このところ災害詩人と呼ばれて、天災をテーマに書き続けている館さんですが、この作品も台風による水害をテーマにしています。「またも」というのは、平成16年の三条市7・13水害をテーマに書いたことがあるからです。
 霜田文子さんは今年8月に訪れたスペインについて、ガウディを中心にまとめました。ガウディといえば、我々はサグラダ・ファミリア教会くらいしか知りませんが、他にもたくさんあって貴重な観光資源となっているらしい。サグラダ・ファミリアの良さはその未完の美学にこそあるというのですが……。
 北園克衛の戦中の作品について論じた、「「郷土詩」は北園克衛にとって何であったか」は、相模原市で詩誌「回游」を主宰する南川隆雄さんの寄稿です。詩人としての長い実績を積み重ねてきた南川さんは、戦後詩史の探求者でもあります。
 大井邦雄の「優秀な劇作家から偉大な劇作家へ(3)」は、ハーリー・グランヴィル=バーカーが1925年に英国学術院で行った講演「『ヘンリー五世』から『ハムレット』へ」のうち、四つの項目を取り上げ、膨大な注を施して訳述したものです。今号では初めて〝訳述〟という行為についての自注を付して、大井さんが何を追究しているのかが理解出来ます。
 小説2編。対照的な2編といえます。一方は熟練の境地を示し、もう一方は若々しい感性を伝えているからです。新村苑子さんの「蜜の味」は主人公キクエの夢を効果的に使って、読むものを唸らせます。小説のつくりのうまさをこのところ見せてきた新村さんですが、まだまだ引き出しがいっぱいあることを窺わせます。恐るべき80歳です。
 新しい同人となった魚家明子さんの「眠りの森の子供たち」は大長編で、4回の連載となる予定です。全体的にはファンタジーと言えるかも。幻想的な要素がたくさんありますが、すべては子供たちの心の内部に関わっています。

 以下に目次を掲げさせて頂きます。

あやふやな雲梯◆ジェフリー・アングルス
洪水の記憶に、私はまたも◆館 路子
未完の夢、あるいは欠損の美
――アントニ・ガウディに寄せて――◆霜田文子
「郷土詩」は北園克衛にとって何であったか◆南川隆雄
優秀な劇作家から偉大な劇作家へ(3)
――シェイクスピアの一大転換点のありかはどこか――
◆ハーリー・グランヴィル=バーカー、大井邦雄訳述
新潟県戦後50年詩史(8)
――隣人としての詩人たち――◆鈴木良一
蜜の味◆新村苑子
眠りの森の子供たち(1)◆魚家明子

一部送料込みで1,500円です。ご注文は玄文社までメールでお申し付けください。
genbun@tulip.ocn.ne.jp


「北方文学」73号刊行

2016年05月30日 | 玄文社

 

 遅くなりましたが、玄文社では4月30日、「北方文学」第73号を刊行しました。
 今号も264頁の大冊となりました。長編の研究、評論の連載が続いていますので、どうしてもページ数が多くなってしまいます。今号も評論中心の構成になっていますが、なんといっても新村苑子の小説「一夜」が光っていますので、無味乾燥を免れているかも。決して評論が無味乾燥というわけではありませんが……。
 巻頭は館路子の「朝に、夢を訪れるものは」です。朝に夢を訪れる非在のものたち、父母や見知らぬ人、亡くした猫などを詠った作品で、いつもの息の長い長詩になっています。それらの訪問は何なのか? それらは何を告げようとしているのか? そしてそれらはいつ消滅するのであろうか?
 大橋土百は詩と紀行文が交錯する「ディアスポラの子午線」でかつての「青の陶酔」の世界へと帰っていきます。2010年のシルクロードの旅、2012年のイランへの旅を回想しながら、民族流浪について思いを巡らせています。
 評論の最初は鎌田陵人の「三島由紀夫の二重性」。21世紀の世界的潮流としての「多文化主義」と「原理主義」との相剋について、三島の作品群を通して追究しています。
 私の「完全なる虚構性の追究」はチリの作家、ホセ・ドノソの長編『別荘』についての作品論です。2014年に初めて翻訳出版されたドノソのこの作品について、おそらく日本で初めて本格的に論じたものと思います。このとんでもない小説を紹介したいという一念から、少し長くなってしまい、反省しています。
 徳間佳信の「私説 中国新時期文学史(2)」は72号の続きです。(1)ではあまりにも政治的な中国現代文学について、読みたくもないのに無理して読んでいるという部分もありましたが、それも(2)につなげるための準備にすぎなかったという感じですね。日本ではまだ誰もやったことのないことに挑戦した成果は(2)で達成されています。莫言などおなじみの作家も出てきますし、韓少功という作家に対しては、かなりの思い入れが感じられます。この連載が続いてくれることを祈っています。
大井邦雄の「優秀な劇作家から偉大な劇作家へ(2)」も先号に続く連載となりました。ハーリー・グランヴィル=バーカーが1925年に英国学術院で行った講演「『ヘンリー五世』から『ハムレット』へ」のうち、四つの項目を取り上げ、膨大な注を施して訳述したものです。
 先号は評論ばかりでしたが、今号には新村苑子の「一夜」が掲載されました。小説のつくりといい、心理描写といい、完璧な作品で、賞を取ってもおかしくない作品です。この人79歳ですが、どんどん小説がうまくなっています。ずっと新潟水俣病についての連作を続けてきましたが、この作品は方言を使わない読みやすい作品です。
 なお表紙はいつものように佐藤伸夫さん。佐藤さんこのところ体調を崩しているので、カットは霜田文子が担当しています。

 以下に目次を掲げさせて頂きます。


朝に、夢を訪れるものは◆館 路子
ディアスポラの子午線◆大橋土百
三島由紀夫の二重性◆鎌田陵人
完全なる虚構性の追究について――ホセ・ドノソ『別荘』を読む――◆柴野毅実
私説 中国新時期文学史(二)◆徳間佳信
優秀な劇作家から偉大な劇作家へ(二)――シェイクスピアの一大転換点のありかはどこか――◆ハーリー・グランヴィル=バーカー 大木邦雄訳述
語り得なかった魂の声を聴く――新村苑子『葦辺の母子』新潟水俣病第二短編集――◆霜田文子
文平、隠居(上)◆福原国郎
高村光太郎・智恵子への旅(10)――智恵子の実像を求めて――◆松井郁子
新潟県戦後五十年詩史 隣人としての詩人たち-〈7〉◆鈴木良一
一夜◆新村苑子

一部送料込みで1,500円です。ご注文は玄文社までメールでお申し付けください。
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しばらくお休み

2016年01月24日 | 玄文社

「ゴシック論」と「ラテン・アメリカ文学」併せて、連載も1年近くになりましたが、しばらくお休みさせていただきます。3月3日までに「北方文学」73号用の原稿を仕上げなければなりません。熱心に読んでいただいている読者もいらっしゃるのに申し訳ありません。なんとか2月中に原稿を仕上げて、再開したいと思っています。それまでしばらくお待ちください。お願い申し上げます。なお、それまでの間時々書くことはあるかも知れません。よろしくお願いします。

玄文社主人


「北方文学」第72号刊行

2015年10月10日 | 玄文社

 

 玄文社では10日、「北方文学」第72号を刊行しました。
 今号も268頁の大冊となりました。全国の同人誌がその高齢化と同人減少に悩んでいる中、誠に希有な現象と言うことが出来るでしょう。ただし、今号には小説がありません。評論を中心とした構成はこのところ一段と強まっていて、それは「北方文学」を永続させている要因であると同時に、「北方文学」の欠陥でもあると認識はしています。何とかしなければいけませんが、むずかしい課題です。
 巻頭は大橋土百の「鬼胡桃」です。彼が東日本大震災以降続けてきた日々の思索を俳句の形にまとめたものですが、俳句という形式におさまりきらないのは、その思索が一定の形式を拒絶するからなのでしょう。ある意味で俳句と現代詩との親和性の高さを証明しているとも言えます。
 館路子は「今、夕景に入ってゆく」をいつものような長詩にまとめています。今回の作品では夕景に舞う蝙蝠を、読点や四分休止符に見立てるという離れ業を演じています。それだけでも凄い。
 評論の最初は昨年度の日本翻訳特別賞を受賞した、大井邦雄の「優秀な劇作家から偉大な劇作家へ」です。ハーリー・グランヴィル=バーカーが1925年に英国学術院で行った講演の一部、「これぞこの人という輝きの瞬間はどのように現われ出るか」と「『ハムレットの方へ』」「『オセロー』の方へ」を、膨大な注をつけて訳述したものです。
 徳間佳信の「私説 中国新時期文学史(1)」は昨年まで「越後タイムス」に連載していたもので、日本で初めて書かれる中国現代文学の通史と言ってよいかと思います。政治状況との関連の中で読み解かれていく、中国現代作家の作品への分析はスリリングで、刺激的です。
 板坂剛はこのところ三島由紀夫の作品を通して天皇制への批判を行うといった、アンビヴァレンツな仕事に精力を傾けています。今回の「三島由紀夫は、何故昭和天皇を殺さなかったのか?」もその一環です。その背景には板坂の現在の政治状況に対する根本的な呪詛があるようです。
 鎌田陵人の「沈黙のK」は夏目漱石の『こころ』を、ジャック・デリダとキルケゴールを援用して論じたものです。
 霜田文子の「立原道造の"内在化された「廃墟」"をめぐって(1)」は、日本で初めて"廃墟"について論じた、立原道造の卒業論文をめぐっての論考です。立原の理論と日本浪曼派との関係に迫る意図で書き始められました。
 私の「エドマンド・バークの美学とゴシック小説」は、このブログに連載した「エドマンド・バーク『崇高と美の観念の起原』」に手を入れたものです。バークの美学の先鋭的な部分とその限界について論じています。
  なお表紙・カットはいつものように佐藤伸夫さん。佐藤さんは今年の柏崎市美術展覧会で、洋画部門の市展賞に輝きました。

 以下に目次を掲げさせて頂きます。

鬼胡桃◆大橋土百
今、夕景に入ってゆく◆館 路子
日々の装い◆鈴木良一
優秀な劇作家から偉大な劇作家へ――シェイクスピアの一大転換点のありかはどこか――◆ハーリー・グランヴィル=バーカー 大井邦雄訳述
三島由紀夫は、何故昭和天皇を殺さなかったのか?◆板坂 剛
沈黙のK◆鎌田陵人
立原道造の内在化された「廃墟」をめぐって(1)◆霜田文子
エドマンド・バークの美学とゴシック小説◆柴野毅実
『ハムレット』舞台の彼方と幕の向こう側〈2〉――シンメトリー構成からTo be, or not to be, that is the question.を解く◆五十川峰夫
旧満州中国東北部の旅◆高橋 実
私説 中国新時期文学史〈1〉◆徳間佳信
高村光太郎・智恵子への旅〈9〉――智恵子の実像を求めて――◆松井郁子
新潟県戦後50年詩史〈6〉――隣人としての詩人たち――◆鈴木良一

一部送料込みで1,500円です。ご注文は玄文社までメールでお申し付けください。
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新村苑子『葦辺の母子』刊行

2015年10月07日 | 玄文社

 

 玄文社では4日、新潟市在住の新村苑子さんの小説集『葦辺の母子』を刊行しました。四六判272頁、定価1,600円(税込)。
 新村さんは1998年から東京の同人誌「文芸驢馬」に参加して、小説を発表し続けてきたベテランで、2010年からは玄文社発行の同人誌「北方文学」同人としても活動を続けてきました。このところ新潟水俣病をテーマにした作品を書き続けて注目されています。
 2012年には玄文社から『律子の舟』を刊行。「新潟水俣病短編小説集Ⅰ」のサブタイトルを持つこの本は、昨年度の第17回日本自費出版文化賞で小説部門の部門賞に輝き、同じく昨年度の第7回新潟出版文化賞では選考委員特別賞(新井満賞)を受賞しました。
 今度の『葦辺の母子』も「新潟水俣病短編小説集Ⅱ」のサブタイトルを持つ作品集で、『律子の舟』の続編であります。『律子の舟』は新潟水俣病について新潟弁で書かれた最初の小説集で、いわば「新潟弁で書かれた『苦海浄土』」として位置づけられますが、『葦辺の母子』はその第二弾ということになります。
 表題作「葦辺の母子」は胎児性水俣病の子を持ち、自らも水俣病に苦しむ母子の、周囲からの偏見と差別に苦しむ姿を描いた作品で、いきなり母子の入水の場面を描いて心を打ちます。帯につかった「川の記憶」に登場する、のぶえ婆さんの「いつになったら、こんげなこどが終わりになっかんだやら。川が濁って魚が腹出しながら、沢山(こったま)流れてきた時の騒ぎが嘘みてに、今はそんげなこどはねがったみてに、川の水は青々と澄んで流れてるがな。娑婆も川みてにならんかのう」とう言葉が感動的です。
 『律子の舟』と同様に、新潟水俣病に関わる無理解な差別と偏見に苦しむ患者達を描いた作品も多くありますが、一歩進んでそうしたものを乗り越え、昭和電工と国に対して立ち上がる人々の姿も描いて、新しい境地を感じさせます。小説としての完成度も格段に上がっていると思います。


巻口弘『満州柏崎村の記憶』

2015年09月10日 | 玄文社

 

 旧満州柏崎村開拓団慰霊式典実行委員会は8月29日の慰霊式典に併せて、巻口弘著『満州柏崎村の記憶――巻口弘の体験と子ども達の手紙』を刊行しました。玄文社が編集・制作を担当しました。四六判134頁。
 満州柏崎村開拓団は当時の国策に従って、1942年に柏崎市と柏崎商工会議所が中心となって送り出したもので、柏崎から200人以上の転業者とその家族が旧満州に渡り、122人が極寒の地で命を落としています。巻口弘さんはその一人で、8歳で家族とともに満州に渡り、終戦時のソ連の侵攻で悲惨な逃避行を強いられ、10年間中国残留の体験をされた方です。現在では唯一人の生き証人と言ってもよいでしょう。
 本書は巻口さんが柏崎市のコミュニティ放送「FMピッカラ」に出演して語った体験談と、市内の小中学校での講演後、児童生徒からもらった手紙とそれに対する巻口さんの返事、旧満州関係の年表を含む資料の三部構成になっています。巻口さんの履歴と満州柏崎村の年表は本書で初めてまとめられたもので、貴重な資料となっていると思います。
 非売品ですが、ご希望の方は巻口さんにお問い合わせ下さい。
〒945-1102 新潟県柏崎市向陽町3345-21 電話0257-23-1616

 

 8月29日の慰霊式典は、1988年に柏崎市赤坂山の市立博物館脇に建立された「満洲柏崎村の塔」の前で挙行されました。建立から毎年碑前祭が行われてきたのですが、10年前に休止となり、今年は戦後70年の節目ということで、柏崎市が実行委員会を組織して行われたものです。実行委員長は西川勉さん、巻口さんは副実行委員長を務めました。関係者や一般の方を含め約80人が参列して、犠牲者の霊を弔い、平和への誓いを新たにしました。


阿部松夫編著『ただたのみます、いくさあらすな』発刊

2015年07月25日 | 玄文社

 本書で取り上げられている深田信四郎は明治42年柏崎生まれ、教師の道に進む。昭和16年在満教材部に出向し、通化省柳河在満国民学校訓導に、翌年北安省二龍山在満国民学校校長となり、新潟県から渡った二龍山開拓団の子供達に皇国教育を行った。しかし敗戦時のソ連軍満州侵攻により、悲惨な逃避行を強いられる。開拓団員達が身を寄せた長春南溟寮の寮長として避難民を指導し、彼らの精神的支えとなる。過酷な環境下で次々と命を失っていく団員達の悲惨な生活を目の当たりにして、疑いもなく軍部に従ってきた自分を反省し、戦争の悲惨を身をもって知る。
 帰国後は教師としての仕事を続けながら、「レポート・アルロンシャン」を昭和23年から平成10年(最後は「いくさ、あらすな」と改題)まで、通算256号を発行する。「レポート・アルロンシャン」は全国にいる満州開拓団からの帰還者達の原稿を載せ、「いくさあらすな」を合い言葉に、彼らの戦後の困難な生活を支えるバックボーンとなった。深田は妻信との共著『二龍山』(アルロンシャン)と柏崎開拓団の辿った経緯を記録した『幻の満洲柏崎村』などの著書を残した。
 昭和13年旧西山町生まれの阿部松夫は、深田信四郎の部下として働いたことがあり、深田の考えに深く共鳴し、深田の「いくさあらすな」の思いを改めて世に問うために本書『ただたのみます、いくさあらすな』を発行した。タイトルは深田が最後に発行した「いくさ、あらすな」に掲載された歌「書く力、語る力も失せ果てぬ ただたのみます いくさあらすな」から採った。
 本書は満州開拓団避難民達のあまりにも悲惨な逃避行をありのままに記録した『二龍山』と「レポート・アルロンシャン」「いくさ、あらすな」からの抜粋を中心として編集されている。また阿部の深田に対する敬愛の念をもって綴られた思い出の記は、在りし日の深田の大きく暖かな人間的魅力を余すところなく伝えている。
 阿部はまた今日このような本を世に問うことの意義を、次のような時代状況に見ている。「あとがき」から紹介する。

「今国会では、集団的自衛権の行使容認の是非を問う安全保障関連法案の審議が行われております。国民の多くが不安を感じ、ほとんどの憲法学者が法案の違憲性を指摘するにもかかわらず、政府はわが国周辺の安全保障環境の変化を理由に、法案の正当性を主張しています。そして、こうした政府の数を頼んだ強硬姿勢に便乗するかのように、マスコミや出版ジャーナリズムを通して、自制心に富む言葉を拒否するかのような、歴史的事実や社会的背景を無視した反知性主義的な論調が目立つようになってきました。これはまさしく戦前の社会風潮への回帰にも似た、憂うべき現象であります」

A5判222頁、定価1,200円(税込み)
玄文社でも注文を受け付けます。
メールgenbun@tulip.ocn.ne.jp


近刊案内

2015年07月17日 | 玄文社

 玄文社では今月24日に、阿部松夫編著『ただたのみます いくさあらすな』の刊行を予定しています。以下に近刊案内のチラシを掲載しますので、ご覧いただきたくお願い申し上げます。

 

詳しい内容については後日お伝えします。

メールでのご注文も承ります。

genbun@tulip.ocn.ne.jp