十年ぶりに結婚式というものに出席した。葬式は重なるときは毎月のようにあるのに、どうして結婚式がこんなに少なくなってしまったのだろう。日本の人口減少と、少子化の現実を反映しているのだろうか。ただし、葬式に参列する人数の方が結婚式に出席する人数よりも圧倒的に多いのは事実だが。
結婚式は東京千代田区紀尾井町のホテルニューオータニで、午後六時から行われたので、泊まりがけで東京へ行ってきた。ニューオータニは結婚式の披露宴会場としては超一流だそうで、まずはその豪華絢爛な会場に圧倒されてしまった。こんなすごい会場の結婚式に出席するのは初めてだった。
しかも、知っているのは新婦さんと、そのご両親の三人のみ。控え室では全く知らない人ばかりだったので、どう振る舞っていいか分からず、時間までニューオータニ探検をしてみようかと、会場をうろうろしてみたが、あまりにも場違いな施設でおじけづいてしまった。
どうして、この結婚式に出席することになったのか説明しておかなければならない。新婦のお母さんと「中村彝アトリエ保存会」の関係で知り合ったのがきっかけだ。お嬢さんは昨年から柏崎の病院に研修医として勤務しておられる。昨年七月十六日のあの中越沖地震発生の翌日、お嬢さんは東京から長岡へ、長岡からはタクシーで、支援の食糧を持って駆けつけてくださった。
あの時、一番最初に我が家に届けられた支援物資だった。ガスも水道も止まっている状況で、どれほど助かったことか、忘れようもない。感謝の気持ちを込めて出席させてもらったのだった。やさしい新婦さん、本当におめでとうございました。
結婚式は東京千代田区紀尾井町のホテルニューオータニで、午後六時から行われたので、泊まりがけで東京へ行ってきた。ニューオータニは結婚式の披露宴会場としては超一流だそうで、まずはその豪華絢爛な会場に圧倒されてしまった。こんなすごい会場の結婚式に出席するのは初めてだった。
しかも、知っているのは新婦さんと、そのご両親の三人のみ。控え室では全く知らない人ばかりだったので、どう振る舞っていいか分からず、時間までニューオータニ探検をしてみようかと、会場をうろうろしてみたが、あまりにも場違いな施設でおじけづいてしまった。
どうして、この結婚式に出席することになったのか説明しておかなければならない。新婦のお母さんと「中村彝アトリエ保存会」の関係で知り合ったのがきっかけだ。お嬢さんは昨年から柏崎の病院に研修医として勤務しておられる。昨年七月十六日のあの中越沖地震発生の翌日、お嬢さんは東京から長岡へ、長岡からはタクシーで、支援の食糧を持って駆けつけてくださった。
あの時、一番最初に我が家に届けられた支援物資だった。ガスも水道も止まっている状況で、どれほど助かったことか、忘れようもない。感謝の気持ちを込めて出席させてもらったのだった。やさしい新婦さん、本当におめでとうございました。
(越後タイムス5月2日「週末点描」より)