相変わらず手書きで記事を書いている。日本でも珍しい記者だと思う。八年間手書きを続けてきたが、年をとるにしたがって、さらに文字がぞんざいになってきて、とても他人に見せられるような状態ではない。時々自分で自分の文字を見ていて、吐き気がしてくることがある。
ところが、そんな吐き気をもよおすような文字で、五月の連休の間に五通の長い手紙を書いた。しかも見ず知らずの相手に対してだった。さすがに、少しでも読みやすいように、丁寧にゆっくりと書いたが、それでもお世辞にもきれいな手紙とは言えない。
用件は、すでに亡くなった五人の画家の作品について、図版使用の許可をいただくためのもので、それぞれの画家の未亡人、あるいは兄弟などの著作権保持者に宛てての手紙だった。重要な用件なので、手書きにこだわる必要があった。
郵便事業株式会社では、インターネットによるメールの普及で、手紙や葉書が激減しているという。総体としての郵便物の数は、会社関係のDMの増加(障害者団体割引制度を悪用したものも含まれるのだろう)で、減少していないというが、先のことを考えた時には、手紙や葉書の数を維持しなければならないのだろう。
同社は、将来を担う子供達を対象に、手紙を書くことの楽しさを体験してもらおうと、いろんな試みを続けている。「青少年ペンフレンドクラブ」などという、ほとんど“死語”に近いような名前の団体があって、手書きの手紙や絵手紙の普及につとめているらしい。
ところで著作権保持者の方々のほとんどから、温かい文章で(もちろん手書きで)お許しの返事をいただくことができた。やはり、下手くそでも手書きの手紙を出した効果であったと思う。
事務的な用件はメールでもいいが、重要な用件の場合は、これからも手書きにこだわっていきたいと思う。記事の方に関しては、キーボードで入力した方が便利なことは分かっているが、文章が冗長になっていけない。しかも思考のスピードというものは、もともと手書きにちょうどいいようにできている。ひとの迷惑も考えず、これからも手書きを続けていきたい。
ところが、そんな吐き気をもよおすような文字で、五月の連休の間に五通の長い手紙を書いた。しかも見ず知らずの相手に対してだった。さすがに、少しでも読みやすいように、丁寧にゆっくりと書いたが、それでもお世辞にもきれいな手紙とは言えない。
用件は、すでに亡くなった五人の画家の作品について、図版使用の許可をいただくためのもので、それぞれの画家の未亡人、あるいは兄弟などの著作権保持者に宛てての手紙だった。重要な用件なので、手書きにこだわる必要があった。
郵便事業株式会社では、インターネットによるメールの普及で、手紙や葉書が激減しているという。総体としての郵便物の数は、会社関係のDMの増加(障害者団体割引制度を悪用したものも含まれるのだろう)で、減少していないというが、先のことを考えた時には、手紙や葉書の数を維持しなければならないのだろう。
同社は、将来を担う子供達を対象に、手紙を書くことの楽しさを体験してもらおうと、いろんな試みを続けている。「青少年ペンフレンドクラブ」などという、ほとんど“死語”に近いような名前の団体があって、手書きの手紙や絵手紙の普及につとめているらしい。
ところで著作権保持者の方々のほとんどから、温かい文章で(もちろん手書きで)お許しの返事をいただくことができた。やはり、下手くそでも手書きの手紙を出した効果であったと思う。
事務的な用件はメールでもいいが、重要な用件の場合は、これからも手書きにこだわっていきたいと思う。記事の方に関しては、キーボードで入力した方が便利なことは分かっているが、文章が冗長になっていけない。しかも思考のスピードというものは、もともと手書きにちょうどいいようにできている。ひとの迷惑も考えず、これからも手書きを続けていきたい。
(越後タイムス6月5日「週末点描」より)