障害者雇用促進法の改正で職場はどうなる
なぜ人は働くのだろうか。理由はいくつもある。「収入のため」「自己実現のため」、そして「社会に役立つため」などさまざまだ。それは、障害のある人もない人も変わらない。
障害者雇用促進法が改正され、4月から法定雇用率が2.2%に上がった。また、これまで法定雇用率の算定基礎に入っていなかった「精神障害者」が新たに加えられた。
精神障害者の雇用を進めなければならないが…
昨今よく話題になり、身近になってきた発達障害は、多くの場合「精神障害者保健福祉手帳」を取得しているため「精神障害」に含まれる。勤労可能な状況にある知的障害者で企業などに雇用されている人も少なくなく、法定雇用率を達成するには、精神障害者の採用を増やす必要があるというが、雇用主側としては雇用経験が乏しいため、対応に追われているのが実情だ。
障害者の就労は、近年急速に増えている。2016年度にハローワークに新規で求職の申し込みをした障害者の数は19万1853件、ハローワークを通じた障害者の就職件数は9万3229件に上り、過去最高だ。また、就職率(就職件数/新規求職申込件数)も48.6%と8年連続で上昇している。
民間企業に雇用されている障害者の数は2016年時点で約47万人。13年連続で伸びているが、実雇用率は1.92%。法定雇用率2%(今年3月まで)を達成している企業の割合は半数にも及んでいないという。
「精神障害の人は就労し始めは調子が良い人が多いです。中でも発達障害の方はもともと得意不得意がありますが、頭が良い人も多いですから。けれど自分の殻に入ってしまいがち。あと自信過剰の方が多い。『自分はできるんだ』って思っている人も多いのです。
確かにできる人もいるのですが、そうした障害の特性がネックになっていて力がつかないこともありますし、意欲が続かないと力が十分には発揮できません。
また、そうなったとき、会社のせいにしてしまうことがあります。自分は間違っていないが、職場関係が悪いとなったりするのです。それを理由にして『もういやだ、辞める』と簡単に辞めてしまうこともあります。そのため、精神障害者の平均勤続年数は4年3カ月と、身体障害者や知的障害者に比べて勤続年数が短いのです」
そう話すのは、一般社団法人「障害者雇用企業支援協会」(SACEC)の専務理事の障害者雇用アドバイザー、畠山千蔭氏だ。
「SACEC」は2010年12月に設立。主な事業内容は、企業に対する障害者雇用の相談(無料)、「特例子会社」の設立支援、障害者雇用相談企業のための関係機関への紹介、取り次ぎなどだ。
雇用側と就労側、両者に必要な心構え
「これまで10~15年ほど、障害者雇用については法定雇用率が0.2%ずつ上がる間に、企業が着々と努力してきた時代がありました。職域の開拓とか、特例子会社を作るかどうかなど、企業側は受け皿作りを一生懸命やってきました。
ところがここにきて急速に発達障害を含む精神障害者の雇用を進めなければならなくなったのですが、受け入れる下地がまだ十分にできていないのが現状です」(畠山氏)
今年からの雇用義務化によって、精神障害者に傾斜して採用する企業なども多くなってきているが、懸念材料も見え隠れしている。精神障害に対する理解は、ほかの障害に比べて進んでいないとされ、職場定着率も低い。では雇用側と就労側、両者にはどのような心構えが必要なのか。
厚生労働省が公表している「平成29年障害者雇用状況の集計結果」では、民間企業における雇用状況で、精神障害者は5万47.5人と、前年比べて19.1%増となっており、かなり伸びている。
※「精神障害者である短時間労働者の雇用人数算定方法の変更」で4月から精神障害者である短時間労働者(週20~30時間の勤務)で、所定の条件を満たす労働者については、これまで「0.5人」として計算されていたところ、「1人」として計算することができる。
「障害者の保護者やご本人を対象に、いつもお話ししていることがあります。今年から精神障害者の雇用が義務化になりましたが、『精神障害の人はすぐに辞めてしまう人も多いから』ということで受け入れ側の企業は不安なのです。それで、企業側も採用に苦労しているのです。精神障害者の皆さんにまず心掛けてほしいことは、『自分の障害を認めて受け入れてください』ということなのです」
やはり、雇用側としては、長く働いてほしいため、支援もするし、指導を行う。しかし、何かしんどくなると、その障害を理由に逃げてしまうという人が多いと畠山氏は指摘する。「障害があるから」など、精神障害を理由にやる気がなくなったといって、辞めてしまう人もいるという。
そのため、畠山氏は、就労したいという精神障害者の方や、その保護者へのアドバイスは欠かせないという。
「そもそも親が働きに行け、というのではなくて、本当に働きたいと思っていないと継続は難しいですね。軽い気持ちでは、会社は務まらないのです。ご本人には『毎日通勤するんですよ』とか、『今までみたいに嫌なときは家に閉じこもっているなんていうわけにはいかないんですよ』と伝えています。何より基礎的な体力が必要ということも伝えます」(畠山氏)
精神障害者を持つ親としては、職場でのさまざまな不安や心配事があるため、どうしても甘くなってしまうところもあるが、就労するうえでの基本的な心構えはやはり大事だと強調する。
「1人で仕事をするわけではないので、職場には仲間や先輩がいます。そうすると最低限のコミュニケーションが必要です。1人で黙っていては何もできません。
もう1つ、親御さんに対してですが、自分の子どもが働いているというだけで安心していてはダメなのです。自分の子どもが働くことをきちんと理解してサポートしていますか、と。ただ家から送り出すだけではなく、そういった親子関係を日頃から身に付けてほしいのです。それがあれば、子どもに働きがいが出てくるのです。
また、精神障害の人は薬の服用があるので、きちんと決められた時間に飲まなければなりません。そういったことも含めて、しっかりした就労の心構えをきちんと守れば、働く意識も持続するようになるのです」(畠山氏)
精神障害者本人や親は、雇用面接の際に「スキルは何が必要でしょうか。パソコンができなければだめでしょうか」と実務について訊いてくるケースが多い。
「もちろん、できればいいですが、パソコンができないからといって、雇用しないということはありません。それよりも本人や親に対して、環境や就労に対する心構えを説明し、それを理解できるかどうかが大事なのです」
そうすると親も「これからそういう認識で子どもを見ていきます」と納得するとのことだ。
精神障害者の仕事を限定的に見る必要はない
「精神障害の方の仕事もいろいろです。事務系の仕事や作業系の仕事などの清掃もやっていますし、パソコンを使ったさまざまな仕事とか、ホームページを作成したりしています。もちろん、管理者がいます。きちんとした製品になっていなければ納品はできませんから」(畠山氏)
精神障害者雇用を産業別に見ると、製造業が21.2 %と最も多く雇用している。次いで、卸売業、小売業が20.5 %となっている(「平成25年度障害者雇用実態調査結果」による)。
「変わったところでは、農業もあります。むしろ体を動かすほうが癒やしになるという人もいて、そのような方を雇用している会社もあります。ですから、発達障害者を含め精神障害者の仕事を限定的に見る必要はないのです」(畠山氏)
発達障害の就労は、一人ひとりの特性・適性が異なるだけに本人次第という点も大きい。もちろん、気分がすぐれない日や、コミュニケーションがきつく感じるときは仕方ないだろう。雇用側はきちんと仕事ができるように支援し、就労側は、長く働いてほしいと思われていることを理解して、仕事に臨んでいくことが大事だ。