「日々街中遊歩」のタイトルどおり、久しぶりに出かけた青山あたりの散歩記を記そう。
24日お昼、小田急線経由地下鉄表参道駅からキラー通りのワタリウム美術館を目指す。地上に出ると小雨で、傘を忘れてしまったことに気づく。参道のケヤキ並木は色づくには少し早く、しっとりと緑色の葉を濡らせてひかっている。この通りの並木は、大正時代の明治神宮造成にあわせて植えられたのが始まりだそうだけど、これほど豊かな景観を作り出してくれるとは!緑陰の両側には、有名建築家によるブランド店舗が軒を連ねていて、この光景は「丸の内仲通」と並んで東京で最も美しい都会らしさが演出された空間だ。
そういえば、村上春樹の最新作「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」の後半、主人公がフィンランド行の前に、ここ青山で絵本などの買い物をした後、参道に面した喫茶店から偶然恋人の紗羅が中年の男性と手を繋いで歩いていく姿を見かけてショックを受けるシーンがあったっけ。このあたりの絵本屋となると「クレヨンハウス」がモデルと想像されるのだけれど、「表参道に面したカフェ」P239 とはいったいどこか?以前は近くにバームクーヘンで有名なユーハイム原宿店があって、神戸発祥のお菓子屋さんだけに村上春樹つながりと思われるのだが、いまはもうないはず。ほかのムラカミ好み店舗をあげるとしたら、中庭に西洋花ミズキが植えられていて、外壁に白と青のタイルが張られた瀟洒な建物のヨックモック本店が候補なのだけれど、こちらは南青山の所在であるから表参道沿いの条件に合わない。ならばもしかして、地元の老舗「オリーブ」だろうか?などと、小説のモチーフ探しを楽しんでみる。
小雨のなか、善光寺裏の通りを原宿方向に向かってすこし歩き、右手に入るとローソンの看板が目に入ったので、入り口近くに置かれた二種類のうち、880円の傘を選んで購入する。黒のナイロン製で持ち手は合成皮革、なかなかのコストパフォーマンスに満足して、昼食はすぐ近くの「仙波」で蕎麦とかき揚の定食900円也にする。ここは青山あたりでは安くて気軽なんで、その先のキラー通りにぶつかる通りの途中にあるとんかつ「まい泉」と並んで気に入ってるお店。「まい泉」は以前は「井泉」という屋号で営業していて、大学生のころ友人から教えてもらって以来のお店なんだ。本店はここ神宮前の住所なんだけれど、ちょっとユニークなのはなんと隣接した元銭湯場をリノベーションして店舗スペースとしていること。通りから注意してみるとビルの合間から堂々たる破風造りの大屋根が望まれる。一度その天井高のスペースで食べてみたいと思っているのだけれども、未だに果たせていない。こんどの家族ランチの機会にでもとっておこうか。
もともとは商店と住宅が混在していた「まい泉」の通りも随分と新しいお店が増えてきている。飲食のお店が多いかな、写真スタジオやブライダルサロンもある。時代の空気がここにも押し寄せているけれど246号線から一本裏に入った通りのせいか、まだ適度な移り変わりようであって、大きな資本の流入はないようだ。
ここをぬけて約300メートルくらいか、外苑通り通称キラー通りにぶつかるとワタリウム美術館はもうすぐ。スイスの建築家マリオ・ポッタの設計、1990年竣工、個人住宅を内包したギャラリー兼店舗。オーナーの名前を冠して「和多利主義」とはスゴイ。この日の目的は、ギャラリースペースでひらかれている『寺山修司_展「ノック」』を見ること。「ノック」とは寺山率いる前衛劇団「天井桟敷」が1975年4月に決行した阿佐ヶ谷地域を舞台にした“伝説”の野外移動劇のこと。当然のこと再演されることはないので、そこが伝説の舞台と言われてイメージだけが肥大していくゆえんだろう。わたしは幸運にも寺山かぶれの友人の影響で、かろうじて別の生舞台とすれ違っている。渋谷ジァンジァン「観客席」の舞台で、そのイメージはいまも強烈だ。寺山修司がなくなって30年になるなんて!
今回の展示の内容と感想は別に機会に譲るとして、街中遊歩の次はその向いにある極小住宅のはしり「塔の家」。東孝光設計で1966年竣工だから東京オリンピックのニ年後で大きく都心の風景が変わったころだ。できた当時はおそらくまだ二階建てが並び、さぞかし目立ったにちがいない。47年がたって、ビルの合間にうもれても変わらぬ強烈な個性を放っており、よく手入れされたやや粗めのコンクリート打ち放し壁面にも歴史がにじんでいる。街路樹の緑が塔の2、3、4階の窓から望める位置にあり、さながら四季の移り変わりを感じさせて貴重な目の保養となっていることだろう。敷地面積はわずか20平方メートルというから、まさに都市の只中に暮らす意志を体現した住宅の金字塔と言われるのもうなずけるなあ。内部空間は、吹き抜けをうまく利用して、家族が暮らす生活空間を作り出してきているという。この搭体に対峙しているだけで自然と想像力が巡りだすのは対照的な造形だが、町田市大蔵町にある「トラス・ウオール・ハウス」(1993年)のかたつむりのような流体的造形と双璧だと思う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/a1/8fbc4a97b324a1f41ef66648bc112d21.jpg)
「トラス・ウオール・ハウス」(キャサリン・フィンドレイ+牛田英作、1993年)※外壁のツタは残念ながらいまはない。
さて、散歩の締めくくりは、表参道のケヤキ並木を原宿駅方面に歩いてのドトールコーヒー原宿店。何の変哲もない独立した2階建て店舗だが、ここは数あるドトール店舗のなかでも特別なオリジン的存在、つまり第1号店の遺伝子を継ぐ店舗なんだ。わたしは建て替え前の店舗で飲食した体験があり、コーヒー150円の安さとジャーマンドッグのうまさにうなった覚えがある。そのうちにみるみる成長を遂げて、コーヒーショップ最大チェーンとなったのも当然かと感じた。最も驚かされたのが、銀座四丁目の和光本館と並ぶランドマークであるあの円筒形カラス張り「三愛ドリームセンタービル」(日建設計)が、ドトールショップに変わってしまったときで、これはまさしくコーヒーショップの金字塔だと恐れ入ったのだった。
そんなことを思い出しながら、原宿の雑踏を抜けて夕暮れまでしばしの珈琲タイムが流れる。読みふけったのは、「建築家と小説家 近代文学の住まい」(若山繁/彰国社)、明治・大正から昭和までの建築史を文学作品に重ねて読み解いた異色の本だ。
24日お昼、小田急線経由地下鉄表参道駅からキラー通りのワタリウム美術館を目指す。地上に出ると小雨で、傘を忘れてしまったことに気づく。参道のケヤキ並木は色づくには少し早く、しっとりと緑色の葉を濡らせてひかっている。この通りの並木は、大正時代の明治神宮造成にあわせて植えられたのが始まりだそうだけど、これほど豊かな景観を作り出してくれるとは!緑陰の両側には、有名建築家によるブランド店舗が軒を連ねていて、この光景は「丸の内仲通」と並んで東京で最も美しい都会らしさが演出された空間だ。
そういえば、村上春樹の最新作「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」の後半、主人公がフィンランド行の前に、ここ青山で絵本などの買い物をした後、参道に面した喫茶店から偶然恋人の紗羅が中年の男性と手を繋いで歩いていく姿を見かけてショックを受けるシーンがあったっけ。このあたりの絵本屋となると「クレヨンハウス」がモデルと想像されるのだけれど、「表参道に面したカフェ」P239 とはいったいどこか?以前は近くにバームクーヘンで有名なユーハイム原宿店があって、神戸発祥のお菓子屋さんだけに村上春樹つながりと思われるのだが、いまはもうないはず。ほかのムラカミ好み店舗をあげるとしたら、中庭に西洋花ミズキが植えられていて、外壁に白と青のタイルが張られた瀟洒な建物のヨックモック本店が候補なのだけれど、こちらは南青山の所在であるから表参道沿いの条件に合わない。ならばもしかして、地元の老舗「オリーブ」だろうか?などと、小説のモチーフ探しを楽しんでみる。
小雨のなか、善光寺裏の通りを原宿方向に向かってすこし歩き、右手に入るとローソンの看板が目に入ったので、入り口近くに置かれた二種類のうち、880円の傘を選んで購入する。黒のナイロン製で持ち手は合成皮革、なかなかのコストパフォーマンスに満足して、昼食はすぐ近くの「仙波」で蕎麦とかき揚の定食900円也にする。ここは青山あたりでは安くて気軽なんで、その先のキラー通りにぶつかる通りの途中にあるとんかつ「まい泉」と並んで気に入ってるお店。「まい泉」は以前は「井泉」という屋号で営業していて、大学生のころ友人から教えてもらって以来のお店なんだ。本店はここ神宮前の住所なんだけれど、ちょっとユニークなのはなんと隣接した元銭湯場をリノベーションして店舗スペースとしていること。通りから注意してみるとビルの合間から堂々たる破風造りの大屋根が望まれる。一度その天井高のスペースで食べてみたいと思っているのだけれども、未だに果たせていない。こんどの家族ランチの機会にでもとっておこうか。
もともとは商店と住宅が混在していた「まい泉」の通りも随分と新しいお店が増えてきている。飲食のお店が多いかな、写真スタジオやブライダルサロンもある。時代の空気がここにも押し寄せているけれど246号線から一本裏に入った通りのせいか、まだ適度な移り変わりようであって、大きな資本の流入はないようだ。
ここをぬけて約300メートルくらいか、外苑通り通称キラー通りにぶつかるとワタリウム美術館はもうすぐ。スイスの建築家マリオ・ポッタの設計、1990年竣工、個人住宅を内包したギャラリー兼店舗。オーナーの名前を冠して「和多利主義」とはスゴイ。この日の目的は、ギャラリースペースでひらかれている『寺山修司_展「ノック」』を見ること。「ノック」とは寺山率いる前衛劇団「天井桟敷」が1975年4月に決行した阿佐ヶ谷地域を舞台にした“伝説”の野外移動劇のこと。当然のこと再演されることはないので、そこが伝説の舞台と言われてイメージだけが肥大していくゆえんだろう。わたしは幸運にも寺山かぶれの友人の影響で、かろうじて別の生舞台とすれ違っている。渋谷ジァンジァン「観客席」の舞台で、そのイメージはいまも強烈だ。寺山修司がなくなって30年になるなんて!
今回の展示の内容と感想は別に機会に譲るとして、街中遊歩の次はその向いにある極小住宅のはしり「塔の家」。東孝光設計で1966年竣工だから東京オリンピックのニ年後で大きく都心の風景が変わったころだ。できた当時はおそらくまだ二階建てが並び、さぞかし目立ったにちがいない。47年がたって、ビルの合間にうもれても変わらぬ強烈な個性を放っており、よく手入れされたやや粗めのコンクリート打ち放し壁面にも歴史がにじんでいる。街路樹の緑が塔の2、3、4階の窓から望める位置にあり、さながら四季の移り変わりを感じさせて貴重な目の保養となっていることだろう。敷地面積はわずか20平方メートルというから、まさに都市の只中に暮らす意志を体現した住宅の金字塔と言われるのもうなずけるなあ。内部空間は、吹き抜けをうまく利用して、家族が暮らす生活空間を作り出してきているという。この搭体に対峙しているだけで自然と想像力が巡りだすのは対照的な造形だが、町田市大蔵町にある「トラス・ウオール・ハウス」(1993年)のかたつむりのような流体的造形と双璧だと思う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/a1/8fbc4a97b324a1f41ef66648bc112d21.jpg)
「トラス・ウオール・ハウス」(キャサリン・フィンドレイ+牛田英作、1993年)※外壁のツタは残念ながらいまはない。
さて、散歩の締めくくりは、表参道のケヤキ並木を原宿駅方面に歩いてのドトールコーヒー原宿店。何の変哲もない独立した2階建て店舗だが、ここは数あるドトール店舗のなかでも特別なオリジン的存在、つまり第1号店の遺伝子を継ぐ店舗なんだ。わたしは建て替え前の店舗で飲食した体験があり、コーヒー150円の安さとジャーマンドッグのうまさにうなった覚えがある。そのうちにみるみる成長を遂げて、コーヒーショップ最大チェーンとなったのも当然かと感じた。最も驚かされたのが、銀座四丁目の和光本館と並ぶランドマークであるあの円筒形カラス張り「三愛ドリームセンタービル」(日建設計)が、ドトールショップに変わってしまったときで、これはまさしくコーヒーショップの金字塔だと恐れ入ったのだった。
そんなことを思い出しながら、原宿の雑踏を抜けて夕暮れまでしばしの珈琲タイムが流れる。読みふけったのは、「建築家と小説家 近代文学の住まい」(若山繁/彰国社)、明治・大正から昭和までの建築史を文学作品に重ねて読み解いた異色の本だ。