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まっすぐなこころの王女様・・金子みすず

2008年03月15日 | 川柳
   以前、養老孟司先生の著書を続けて14冊読んだことがあります。

 その内容はよく覚えてはいませんが、「人間」を見る目が大きく変わったとはいえます。今までの「人間行動」という「意識化」が人それぞれにどこの引き出しから拾ってきたかという「根源」が「脳の遺伝子プログラム」に生まれたときからすでに、決まっているということが徹底して書かれてあります。
 判り易くいえば「タンポポの花にはタンポポが咲く」「バラの花にはバラが咲く」花の色を染色体で変化させても「タンポポはタンポポ」という「あたりまえじゃない!」ということが人間に当てはめてみると・・なかなかそういう風には断定しかねるのですが、「だってそうでしょう!あなたのお子さんはあなたの言うことを聞いてくれますか?本人の遺伝子プログラムは決まっているのですからそのプログラムのまま進んでいくのですよ!」の力説が随所に書かれた養老節にはキョトンとしてしまいますが・・とかくこの世はそういう思考の選択肢にすると「数段生きやすくもなります」。脳科学が脚光を浴びるのはそれだけ社会に受け入れられやすいような身体感覚の原点にやっとたどり着いた文明の人間科学の「原始」に踏み入った今日性でもあるのやも知れません。(脳にいちばん良い薬は、気のおける人たちと楽しい会話とおいしい食事のときに脳が一番活性化するといいます。難しい本を読み続けると一部の脳しか使っていないそうです・・危険でもあるのですね。全体思考にとってです。)

 今、金子みすずさんというすばらしい詩人から、学びたくてブログに記載させていただいておりますが、わたしはまだまだ、彼女のたましいに触れるところまでは分かってはいない。理解はしていないということだけには気づいているようです。(探究心の私のプログラムがそういうシステムになっているからですよ・・といえば・・そうなんですね。)
 心理学的にはどうかというと、ただの個人の主観でしかありませんが、みすずさんの生みの父親が3歳で亡くなっています。彼女の父を投影したのが「夫」であったならという仮想から考えると彼女にとっては、「死」に至る・不運な相手ということになります。
違う夫だったら「自殺」はしたのか?というと・・・延々と長い話になるでしょう。
ちょっとした心理学をかじっても問題はあーでもない・こーでもないになります。
「彼女自身の生い立ちの問題」に帰依して考える批評もあってもいいのではないかと思います。
大正ロマン・大正デモクラシーと言えども、女性にはまだまだ生きづらい時代背景ではあります。

 脳科学からのぞくと、きっと真相に近い彼女の人生の悲しいばかりの結末が、より鮮明になってくるのではないでしょうか・・。(なにかの引き金でおこる自殺のプログラムがすでに脳に始めからあったのではないか・・という仮想から想像を引き出して考えるからです。)
 ただし、自殺というのは単に生きているものの推測の域をでないことも確かではあります。

 金子みすずさんの詩をキーボードで打っていると、自分自身の魂のほうが自然に呼び起こされ心が透明になっていくのが感じられます。(きっと脳が良い作用を起こしている)
 このような詩人が日本に存在していたことすら、ついこの間まで知らなかったのですから私にとっては、特別に感慨深いものがあります。
 金子みすずさんの詩の着想、テーマ、ストーリー、比喩、暗喩、止語、どれをとっても信じがたい彼女の宇宙は彼女の実感に基づいて創られたものばかりだと感じています。
 だからこそ、私たちの感性に静かな波のような響きでこころの底から感動を誘ってくれるのでしょう。元来はとても気丈な女性なのだと勝手に思っています。
彼女のシュールさは、私たち人間に大きなメッセージをたくさん残されました。それは、
 もし、そこに小さな池があるとしたなら、そこに溜まっている水が泥水ならば「池の水」は何も見えません。「小さな池」が「透明の水」なら池のほとりから池の底までよく見えることでしょう・・・。それが、人間の「求心力」という心にたどり着くのではないでしょうか。それだから、時代を越えていつまでもみすずさんの「求心力」と詩の「遠心力」に魅かれるのではないでしょうか。

    以前、天台宗永平寺の高僧の方がおっしゃっていた言葉が浮かびます。
「物事はまっすぐに見なさい!まっすぐ見る心の力があればこそ、いろいろなものがはっきり見えるのですよ。」同じようなことを、各専門の金字塔に登りつめた方々も共通におっしゃっています。もちろん大人なら多面的に物事を見なければなりませんが、何より透徹した目が芯にあってのことです。(みすずさんはこの両方が天才的に優れていたから、これだけの表現力を持ち得たのだと思います。)

 まさしく、金子みすずさんはまっすぐな心の王女さまではないでしょうか・・。
まっすぐなこころが、月へ星へ花へ魚へそして、森羅万象のこころを代弁する語り部となられたのではないでしょうか。
それにしても、26歳でこの詩人の境地なのですから、私は今まで何をやってきたのでしょう・・と自問・自省してしまいます。
 今ごろ彼女が生きていたのなら、日本のこどもたちをを支える大きなこころの柱になっていたのかも知れません。

        このような、「壮大な美しき、いとおしいPOEM」
      いずれ、わたしの棺にもこの詩集を添えてもらいましょう。
 
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