金子みすず詩集(1903~30)
し あ わ せ
桃いろお衣(べべ)のしあわせが、
ひとりしくしく泣いていた。
夜更けて雨戸をたたいても、
誰も知らない、さびしさに、
のぞけば、暗い灯(ひ)のかげに、
やつれた母さん、病気の子。
かなしく次のかどに立ち、
またそのさきの戸をたたき、
町中まわってみたけれど、
誰もいれてはくれないと、
月の夜ふけの裏町で、
ひとりしくしく泣いていた。
深い味わいのある「詩」です。科学はいつも進歩はしているけれど、「人間そのもの」は、いつの時代も同心円をぐるぐる描きながら、かえって退化さえしている。
「しあわせ」という、「人間が対峙する、やっかいなテーマ」に挑んだ金子みすずさん。
26歳でこの世を去ったとしても、「精神年齢の高さはいかばかりか・・」と、思わずにはいられません。
「しあわせ」という「漠然としたテーゼ」を「桃色おべべ」に具象化させて・・・「しあわせ」なるがゆえに・・なかなか容易に「人間の生活、心の扉に受け入れてもらえない」「しあわせの嘆き」を「しくしく泣く桃色おべべ」と表現しています。「しあわせの象徴に人格を吹き込む・・創造主・・金子みすずさん。」信じられない比喩です。
個々人の、「鑑賞の感性度」を突きつけられた「詩」のような気がします。
人間の「魂」は、「脳の中の一千億の神経細胞の関係性から生じる」と脳科学者の「本」に書いてあったとしても、彼女の「神経細胞」が放つ言語空間には、「ただ、ただ畏れいります」。