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東信濃の旅 ⑥ 最終回 小諸城址 懐古園、父の日

2015-06-24 05:56:56 | 日記

安楽寺八角三重塔を見学してから、いよいよ、最後の見学地、小諸城址 懐古園へ向かいます。

 

小諸なる  古城のほとり

雲白く  遊子かなしむ

 

島崎藤村の詩、千曲川旅情の歌で有名なところです。

 

 

石垣に登ると、下に、千曲川が流れていました。

 

 

 

 

 

小諸城の大手門は、しなの鉄道の線路の向こうにありました。

今は、この三の門が、懐古園の入り口になっています。

 

 

 

 

 

小諸城址「懐古園」

「懐古園」は、小諸城址に残る「三の門」や苔むした野面石積の石垣、樹齢500年といわれるケヤキの大樹の中、四季折々の風情が楽しめる公園です。

 小諸城は、武田信玄のころ山本勘助らにより現在の縄張りとし、豊臣秀吉天下統一のとき小諸城主となった仙石秀久により完成された城です。城下町より低い位置に城を築いた「穴城」は全国でも珍しい城で「日本百名城」でもあります。仙石秀久が築いた「大手門」や野面石積みの石垣は400年前のまま当時の姿で残されています。
 また、明治の廃藩置県により役割を終えた小諸城は、本丸跡に「懐古神社」を祀り「懐古園」と名付けられました。現在の「三の門」に掲げられた扁額は徳川宗家16代当主・徳川家達の筆によるものです。
 明治の文豪・島崎藤村をはじめ、若山牧水、高濱虚子、臼田亜浪のゆかりの地であり、多くの歌碑を見ることができます。先の大戦では小林亜星、永六輔が小諸に疎開していましたが、このご縁で「小諸 わが想い出」をお二人に作詞作曲いただきました。また「上を向いて歩こう」は永六輔氏が戦時中の小諸時代、この懐古園での悲しい思い出から作詞されたということです。

 

 

本丸跡には、小諸神社が建てられていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅葉谷と紅葉丘、秋には、紅葉が美しいところです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小諸から、千曲川を渡って、中山道望月宿、芦田宿、長久保宿、和田宿を経て、新和田トンネルから、岡谷ICに出て、中央自動車道で名古屋まで帰りました。

夕方7時前で、まだ明るかったです。

もう、1週間もすれば、夏至でした。

 

 

先日の父の日のプレゼントです。

何がいいと言われて、好物がいいと堪えたら、察してくれました。

 

 

 

 

 

娘二人から3本、一番安いのと、金一封が家内でした。

飲み終わったら、自分で買えと言うことでしょう。