~ 恩師の「心行の解説」より ~
先の続き・・・
こういう私たちの日々の喜びが、先祖供養につながるのです。
ご先祖様への供養とは、喜んでいただくことです。
ご先祖様にできなかった善き行為を、子孫の私たちが行うことによって、
「ああすばらしい子孫を与えていただいて、私ができなかったことをしてくれる。
なんと有難いなあ」とご先祖様に喜んでいただくことができます。
先祖供養で間違ってならないことは、巷の宗教で言うように、
何代前の何兵衛さんが出てきたとか、その人の供養が済んだら、
そのもう一つ前の代の熊やんが出てきたとかいうので、
熊やんの供養を一生懸命したけれども良くならない、
それでその前の八兵衛さんが出てきたと、
次から次に言って眠っている先祖様を起こすことです。
これでは死ぬまでやっても、終わる事はありません。
私たちのご先祖様の数は、わずか三十代遡りましただけで、
何十億という膨大な数になるのです。
もう無限に多いのですから、そのお一人お一人を掘り起こしていたら
私たちが生きている間に終わることはありません。
有難いことは、まず私たちが救われることです。
私という存在は、何十億というご先祖様の癖、欠点、業を背負っており、
それらが集まったのが自分の姿ですから、たくさんの悪い癖、欠点を持っているはずです。
無限のご先祖様の寄り集まった魂が自分であるならば、
自分自身が救われ、成仏した時に、無限のご先祖様の業(カルマ)が解けるのです。
成仏は、生きながらにできます。
成仏は死んでするものとは違います。
自分という存在が、ご先祖様の無限のもろもろの業の集まりであるならば、
その集まったものが解ければ、ご先祖様が救われるわけですから、
私たちは自分が救われることがいかに大事であるかを知らねばなりません。
救われるということは、苦しみがないということです。
自分の心の苦しみとは、何回も言いますように、怒り、謗り、愚痴、貪欲、取越苦労
これらが苦しみの材料です。
そして、悟りといえば大変難しいようですが、
お釈迦様は「人の心から、怒り、愚痴、貪欲が壊滅した時、
その心の状態をニルバーナーという」と言われました。
ニルバーナーとは、中国に伝わって「涅槃」と訳されましたが、
その涅槃が悟りの心境です。
~ 感謝・合掌 ~