浄心庵・長尾弘先生「垂訓」

恩師の歌集「愛」より

肉体の限度にいどみ人救う
愛の行い我が内の神

「御垂訓」

2018-10-07 17:02:10 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

恩師のご講演ラジオ放送より

心の扉―2

主題:調和の心を持って
       自然に生きれば
          光の世界が見えてくる


先の続き・・・

例えば、
人が道に倒れていたとしましょう。
親切な人は助け起こし、
家はどこですか。と、聞いて
連れていってあげます。

冷たい人は
倒れている人なんか見向きも
しないで行ってしまうでしょう。
あるいは、邪魔だとばかり、
蹴飛ばす人もあるかもしれません。

もっとひどくて、がめつい人は、
倒れている人のポケットに
そっと手を突っ込んでみて、
中の物を自分のポケットに
移し替えてしまうかもしれません。

そういう人が案外うまくいっている
場合がありますが、
それは何故でしょうか。
親切な人が不幸に生き、
がめつい人がうまくやっているのを見ると、

この世は神も仏もない、
こんなことになるのはその証拠ではないか。
と、思いがちです。
けれども、ちょっと待ってください。
実際には神も仏もちゃんとおられます。



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「御垂訓」

2018-10-07 01:14:36 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

      ~ 恩師の「心行の解説」上巻より ~


             講演 六

先の続き・・・

泥棒というのは、
人に迷惑をかけても我が良ければよいと言う
塊の姿ですね。
人が寝ている間にそっと忍び込んで、
そこの財産を持っていくのですから、
これはもう人間の持っている業が最も極端に
現れた世界です。
仕事もしないで、人が一生懸命働いたお金を、
しかも声もかけないで、
余所の家に入って貰っていくのですから、
人間の肉体についている原罪の最も
具体化したものが泥棒の姿です。

この大神殿は、すべてのものが犬は犬として、
猫は猫、草は草、木は木として修行して、
自分の使命を全うしているのですね。
地球という現れた世界には、
諸々の諸霊がみな集まっておられます。
いろいろな目に見えない光の霊も、闇の霊も、
大天使も、地獄の霊も、
みなこの地球という物質化した
現象界に集まっているのです。
光の霊は闇の霊を救おうとします。
闇の霊は光の霊を避けようとします。

私たちも、霊作用を受けたとか、
霊にとり憑かれたとかよく言いますが、
これは自分の心に応じた霊の
影響を受けているのです。
もしも自分の心が闇の霊に通じるような
生活をさせていただきますと、
たちまちにして光の天使が指導なさいます。
そんなことはないと思うかも知れませんが、
私たちはどちらかの作用を受けているのです。
別に怖いものではありません。
心を天のほうに向けたら天から入りますし、
心を闇のほうに向けたら闇から入ります。


          ~ 感謝・合掌 ~



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