前の記事で「ださいイギリスの男の子」などと、もしかしたら人種差別的でもあるかもしれないようなことを書いたけれど、それはむしろそういう誠実?さに対する羨望とやっぱりうさんくさいなあと言うのとないまぜになっているのかもしれない。
直接関係ないけれど、イギリスの上流階級はちょっとどもるという話をいろいろなところで読んだ。それがちょっと朴訥な誠実さを演出しているというのだ。谷川俊太郎は「上流階級の気取り」なんて書いている。同時にあまりに流ちょうにしゃべられることに不信感を感じる、というようにも書いていて、いやまったくそうだなあと思う。
書きながら、そういえば若いときのフランス・ブリュッヘンもぼやっとした大男だったなあと思い返している。
直接関係ないけれど、イギリスの上流階級はちょっとどもるという話をいろいろなところで読んだ。それがちょっと朴訥な誠実さを演出しているというのだ。谷川俊太郎は「上流階級の気取り」なんて書いている。同時にあまりに流ちょうにしゃべられることに不信感を感じる、というようにも書いていて、いやまったくそうだなあと思う。
