GENKI
私は、格闘技なるものが、嫌いだ。
だから、K1とプロレスの違いが分からないし
ROCKYのコマーシャルでさえ、直視出来ず下を向いてしまう。
大学1年生の時、高校時代の先輩が
”頼むからボクシング部のマネージャーをやってくれ”
と執拗にせまられたが、
必死に、逃げた。
唯一、相撲マニアだった息子の影響で相撲は、観る。
隣で、詳しい解説付きで観るので
実は、普通の人より、詳しいかも、しれない。
・・・というより、私には勝負そのものよりも
土俵の向こうの審判席に
松が根親方が座っているかどうか、が、問題だ。
(*松が根親方=元若嶋津。・・・かっこいいのだ)
話を元に戻そう。
だから、格闘技の番組など見たこともない。
格闘家の名前も、顔も、全然知らない。
当然、”須藤元気”なる人物が
格闘家であったことなど、知る由もないのだ。
去年の秋だったか、
この花のブルーのように鮮やかな装丁の一冊の本が
目に飛び込んだ。
”風の谷のあの人と結婚する方法”。
なにやら、ファンシーでロマンティックな題名と
美しい装丁に魅かれ
読んでみた。
丁度、私がクリスタルに興味を持ち、
スピリチュアル系の本を本棚に入らないほど
読んでいた、頃だった。
すっきりとしていて、ユーモアあふれる、
それでいて、
かなり高度な”スピリチュアル”な理解を必要とする内容に
一気に本の中に吸い込まれた。
・・・と同時に、この本を書いた
”スドウゲンキ”さんってどんな人だろう・・と
作者紹介の最終ページを見てみると・・・
格闘家
しかも、私より10歳も若い。
こんな若い格闘家が、どうして、
こんなに静かに宇宙の法則を、
淡々と語れるのだろうか・・・。
元気さんの、イメージ
今回もまた、”須藤元気”を探していたわけではなく
目に飛び込んできた本があった。
”神はテーブルクロス” 白い美しい装丁だ。
作者は誰?
・・・”須藤元気”さんかあ
去年の秋の私と比べると、
色々な出会いや、オーラソーマとの出会いによって
私の中に揺るがない、まっすぐなものが
植え付き、育ち始めている。
久しぶりに、須藤元気さんの本を読む。
相変わらず、面白い。
だけど、すごくスピリチュアルの高度な理解をされている。
それを、
変哲の無い、日常で繰り返される場面でさらり、と
披露する。
きっと、格闘家なのだから”腕力”がおありになるだろうけれど
”言葉力”も”文章力”も ”人間力”も備わった人だ。
この泉の光を、ココロで感じてみよう
友人に、オーラソーマの話をした。
男性ということもあって、にわかに
”心理的”とか”本質”とか”潜在意識”などという言葉に
アレルギーがあるようで、
”宗教とかに、気をつけたほうが、いいぞ。”
と言われた。
私は、”宗教から、逆に遠くなる”と答えた。
そう、見つめるものは”神”ではなく、
”自分自身”だからだ。
そして、あがめるのではなく、
”ココロで感じる”ものだからだ。
頭の中で、須藤元気さんの、
”神はテーブルクロス”の一部が浮かぶ。
・・・人類が頭だけではなく
心で実感していけば、”神”という名を持ち出すまでもなく
世界は必ず良い方向へ向かうはずである。
・・・僕らが普段日常で使っている意識のエリアを
大きなテーブルの上にたとえるなら
内的対話を止めた変性意識状態の意識世界は
そのテーブル下に隠されたエリアであり、
いわゆるこの世界で言われている通念としての”神”の
考え方は、まさにそのテーブルを覆うテーブルクロスに
相当すると・・・。
・・・われわれは、テーブルクロスに
敬意を表しつつも、テーブル下の神秘に
関心を向けるべき時期に来ているような気がする。(*)
未だに、格闘家だった、須藤元気さんを
テレビなどの動いた映像で
お目にかかったことはないけれど、
名前のとおり、
”GENKI"になれる、
私にとって、素敵なメッセンジャーなので、ある。
(*)の部分
須藤元気 著作 <神はテーブルクロス>
の文章の一部を引用しました
私は、格闘技なるものが、嫌いだ。
だから、K1とプロレスの違いが分からないし
ROCKYのコマーシャルでさえ、直視出来ず下を向いてしまう。
大学1年生の時、高校時代の先輩が
”頼むからボクシング部のマネージャーをやってくれ”
と執拗にせまられたが、
必死に、逃げた。
唯一、相撲マニアだった息子の影響で相撲は、観る。
隣で、詳しい解説付きで観るので
実は、普通の人より、詳しいかも、しれない。
・・・というより、私には勝負そのものよりも
土俵の向こうの審判席に
松が根親方が座っているかどうか、が、問題だ。
(*松が根親方=元若嶋津。・・・かっこいいのだ)
話を元に戻そう。
だから、格闘技の番組など見たこともない。
格闘家の名前も、顔も、全然知らない。
当然、”須藤元気”なる人物が
格闘家であったことなど、知る由もないのだ。
去年の秋だったか、
この花のブルーのように鮮やかな装丁の一冊の本が
目に飛び込んだ。
”風の谷のあの人と結婚する方法”。
なにやら、ファンシーでロマンティックな題名と
美しい装丁に魅かれ
読んでみた。
丁度、私がクリスタルに興味を持ち、
スピリチュアル系の本を本棚に入らないほど
読んでいた、頃だった。
すっきりとしていて、ユーモアあふれる、
それでいて、
かなり高度な”スピリチュアル”な理解を必要とする内容に
一気に本の中に吸い込まれた。
・・・と同時に、この本を書いた
”スドウゲンキ”さんってどんな人だろう・・と
作者紹介の最終ページを見てみると・・・
格闘家
しかも、私より10歳も若い。
こんな若い格闘家が、どうして、
こんなに静かに宇宙の法則を、
淡々と語れるのだろうか・・・。
元気さんの、イメージ
今回もまた、”須藤元気”を探していたわけではなく
目に飛び込んできた本があった。
”神はテーブルクロス” 白い美しい装丁だ。
作者は誰?
・・・”須藤元気”さんかあ
去年の秋の私と比べると、
色々な出会いや、オーラソーマとの出会いによって
私の中に揺るがない、まっすぐなものが
植え付き、育ち始めている。
久しぶりに、須藤元気さんの本を読む。
相変わらず、面白い。
だけど、すごくスピリチュアルの高度な理解をされている。
それを、
変哲の無い、日常で繰り返される場面でさらり、と
披露する。
きっと、格闘家なのだから”腕力”がおありになるだろうけれど
”言葉力”も”文章力”も ”人間力”も備わった人だ。
この泉の光を、ココロで感じてみよう
友人に、オーラソーマの話をした。
男性ということもあって、にわかに
”心理的”とか”本質”とか”潜在意識”などという言葉に
アレルギーがあるようで、
”宗教とかに、気をつけたほうが、いいぞ。”
と言われた。
私は、”宗教から、逆に遠くなる”と答えた。
そう、見つめるものは”神”ではなく、
”自分自身”だからだ。
そして、あがめるのではなく、
”ココロで感じる”ものだからだ。
頭の中で、須藤元気さんの、
”神はテーブルクロス”の一部が浮かぶ。
・・・人類が頭だけではなく
心で実感していけば、”神”という名を持ち出すまでもなく
世界は必ず良い方向へ向かうはずである。
・・・僕らが普段日常で使っている意識のエリアを
大きなテーブルの上にたとえるなら
内的対話を止めた変性意識状態の意識世界は
そのテーブル下に隠されたエリアであり、
いわゆるこの世界で言われている通念としての”神”の
考え方は、まさにそのテーブルを覆うテーブルクロスに
相当すると・・・。
・・・われわれは、テーブルクロスに
敬意を表しつつも、テーブル下の神秘に
関心を向けるべき時期に来ているような気がする。(*)
未だに、格闘家だった、須藤元気さんを
テレビなどの動いた映像で
お目にかかったことはないけれど、
名前のとおり、
”GENKI"になれる、
私にとって、素敵なメッセンジャーなので、ある。
(*)の部分
須藤元気 著作 <神はテーブルクロス>
の文章の一部を引用しました