Happy-sanになろう!

Happy-sanな日々をご紹介するブログ。旅のお話もいっぱい♪

GENKI

2007年05月28日 | スピリチュアル
GENKI




私は、格闘技なるものが、嫌いだ。

だから、K1とプロレスの違いが分からないし
ROCKYのコマーシャルでさえ、直視出来ず下を向いてしまう。

大学1年生の時、高校時代の先輩が
”頼むからボクシング部のマネージャーをやってくれ
と執拗にせまられたが、

必死に、逃げた。


唯一、相撲マニアだった息子の影響で相撲は、観る。
隣で、詳しい解説付きで観るので
実は、普通の人より、詳しいかも、しれない。

・・・というより、私には勝負そのものよりも
土俵の向こうの審判席に
松が根親方が座っているかどうか、が、問題だ。

(*松が根親方=元若嶋津。・・・かっこいいのだ



話を元に戻そう。


だから、格闘技の番組など見たこともない。
格闘家の名前も、顔も、全然知らない。

当然、”須藤元気”なる人物が
格闘家であったことなど、知る由もないのだ。







去年の秋だったか、

この花のブルーのように鮮やかな装丁の一冊の本が
目に飛び込んだ。

”風の谷のあの人と結婚する方法”。

なにやら、ファンシーでロマンティックな題名と
美しい装丁に魅かれ
読んでみた。


丁度、私がクリスタルに興味を持ち、
スピリチュアル系の本を本棚に入らないほど
読んでいた、頃だった。

すっきりとしていて、ユーモアあふれる、
それでいて、
かなり高度な”スピリチュアル”な理解を必要とする内容に
一気に本の中に吸い込まれた。

・・・と同時に、この本を書いた
”スドウゲンキ”さんってどんな人だろう・・と
作者紹介の最終ページを見てみると・・・


格闘家 


しかも、私より10歳も若い。
こんな若い格闘家が、どうして、
こんなに静かに宇宙の法則を、
淡々と語れるのだろうか・・・。





 元気さんの、イメージ





今回もまた、”須藤元気”を探していたわけではなく
目に飛び込んできた本があった。


”神はテーブルクロス” 白い美しい装丁だ。


作者は誰?


・・・”須藤元気”さんかあ



去年の秋の私と比べると、

色々な出会いや、オーラソーマとの出会いによって
私の中に揺るがない、まっすぐなものが
植え付き、育ち始めている。


久しぶりに、須藤元気さんの本を読む。

相変わらず、面白い。

だけど、すごくスピリチュアルの高度な理解をされている。

それを、

変哲の無い、日常で繰り返される場面でさらり、と
披露する。 

きっと、格闘家なのだから”腕力”がおありになるだろうけれど

”言葉力”も”文章力”も ”人間力”も備わった人だ。




 
この泉の光を、ココロで感じてみよう




友人に、オーラソーマの話をした。


男性ということもあって、にわかに
”心理的”とか”本質”とか”潜在意識”などという言葉に
アレルギーがあるようで、


”宗教とかに、気をつけたほうが、いいぞ。”

と言われた。


私は、”宗教から、逆に遠くなる”と答えた。


そう、見つめるものは”神”ではなく、
”自分自身”だからだ。
そして、あがめるのではなく、
”ココロで感じる”ものだからだ。



頭の中で、須藤元気さんの、
”神はテーブルクロス”の一部が浮かぶ。


・・・人類が頭だけではなく
心で実感していけば、”神”という名を持ち出すまでもなく
世界は必ず良い方向へ向かうはずである。


・・・僕らが普段日常で使っている意識のエリアを
大きなテーブルの上にたとえるなら
内的対話を止めた変性意識状態の意識世界は
そのテーブル下に隠されたエリアであり、
いわゆるこの世界で言われている通念としての”神”の
考え方は、まさにそのテーブルを覆うテーブルクロスに
相当すると・・・。


・・・われわれは、テーブルクロスに
敬意を表しつつも、テーブル下の神秘に
関心を向けるべき時期に来ているような気がする。(*)





未だに、格闘家だった、須藤元気さんを
テレビなどの動いた映像で
お目にかかったことはないけれど、



名前のとおり、

”GENKI"になれる、
私にとって、素敵なメッセンジャーなので、ある。











(*)の部分
須藤元気 著作 <神はテーブルクロス>
の文章の一部を引用しました












ブログランキング・にほんブログ村へ

天使を、描いてもらう

2007年04月15日 | スピリチュアル
天使を描いてもらう



龍(Dragon)に出会って以来、
自由が丘という街は私にとって
特別な場所になりつつある。

何か、素敵なコトが発見できたり
ココロが洗われるコトがおきるから。


昨日も息子が自由が丘にある理科実験教室で
月1回の実習をやっている間、
・・・特別な時間が、待っていた。


NYスタイルのベーグル屋さんで
いちご練乳ベーグル&クリームチーズで
軽いランチを済ませた後
オーラソーマのレッスンを受けたIRISへ。


IRISの中の空気はなぜか透き通っていて
ココロが洗われるスペース。
多分、エンジェル達もここにはいて
翼を休ませているかも、しれない。

オーラソーマのレベル1が終わって2週間になるが
その空気感に誘われて、立ち寄ってみる。



そこで、たまたま・・・
素敵なことに出くわした。


春爛漫、のWeekend



天使アーティスト&デザイナーの
小原ミチルさんの個展が開かれていたのだ。

あまりに可愛い粘土の天使のお人形がいっぱい並んでいて
しかも、それが
私の姪っ子にそっくりで、
大興奮 


可愛いでしょ
(C)Copyright Michilu Kohara.2007


なんと、その日にはそのお人形を作成している
小原ミチルさんがお店で
”あなたの天使を描きます”イベントをやっていたのだ


ラッキーなことに、午後の時間に
予約がとれ、
何だかとってもhappyになる。

どんな、天使、描いてくださるのだろう・・・


小原さんは暫く目を閉じて
私の天使とコンタクトする。

私もセラフローズオーラエンジェルリンクを
うけているので、

その時間、私も目を閉じて
私のエンジェルさんを呼んでみる。


・・・小原さんは、きれいな色の
色鉛筆をいっぱい取り出して、さささっと描き出す。




私の中のエンジェルはこんな感じ・・。
(C)Copyright Michilu Kohara.2007



とっても、小さい子みたいに無邪気で

お花や植物と関連しているようです・・・。

過去を振り返り、やっと一山超えた、という感じを持っています。

着ている洋服も植物のイメージで、

・・・ちょっとハワイアンみたいな感じですね。



ふむふむふむ・・・。



”小さい子”というのは以外!

だってどちらかというと小さい頃から
どっしりと落ち着いている、と言われていたし。

でも案外それは勝手に刷り込まれたフィルターであって
私の中には
そういう無邪気な子供みたいなところが、
あるのかもしれない。


”お花に関連するお仕事してませんか?”


・・・・ ぴたり。あたってます。・・・

”副業ですが、お花教えてます。”


”やっぱり。 いっぱいお花や緑に囲まれていますよ。”


・・・・ そういえば、職場が緑に囲まれています・・・


・・・そして、一山超えた・・というのも、そのとおりです・・・


ブログ”全ての存在に平和を”でも書いたように
今、私の家は花がいっぱいだ。

最近は、家の中の観葉植物から
話しかけられる声が聞こえるようになり、

水がほしいんだ、とか
場所を変えてほしい、とか

結構色々言ってくる。

それが聞き取れるようになったのは
この天使のおかげかも、しれない。

2週間後に、この絵をもとに
私のエンジェルお人形を作成して送ってくださるのだという。



My Angelのお人形、楽しみ
(C)Copyright Michilu Kohara.2007



自分のカラダの状態が今、どうなっているのか

それは、人間ドックであったり、
最近の色々な数値が出てくる体重計なんかでわかる。


自分のココロの状態は、どんな感じなのか?

ウヤウヤと靄がかかっていたり
なんとなく気がはれなかったり
もっと奥深いところに何かが眠っていたり・・・

それを引き出して、言葉にしたり
気づかせてくれるのが、

こういったセラピー。


とっても可愛いい天使が自分のどこかにいる、なんて
それだけでも
happyになれますよね。


やっぱり、私にとって素敵な何かがおこる、
自由が丘で

またひとつ、自分をみつけた。


小原ミチルさんに、感謝










にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ


ありえる、話

2007年04月14日 | スピリチュアル
ありえる、話



ここのところ、不思議だなぁ・・と思うことがあっても

暫くすると、
・・・こういうことなんだな。・・・と
何となく理解できることが多い。

今週起ったありえる、話を二つ。




春色の、スカビオサ





1つ目は”のりうつった”話。

去年の12月に
私達の業界で偉大な業績を残した方の一周忌があった。

とにかくお世話好きな方で
多くの人がどれだけその方にお世話になったか
計り知れないほど。

東京都の名誉都民となった方でもある。

その方が若かりし時、
縁談をとりもってお仲人をしたのが、
私の祖父であることから、

本当に頭が下がるほど誠実なお心で
私達家族に接して下さった方だった。

その方の一周忌の席で
私は、あるおじ様となぜか、ずっと話をしていた。

某企業の社長様で、
すらっと背が高く、お若いときはさぞ
もてたであろう、スマートでイケメンのおじ様だ。

10年以上も知り合いでいながら、
毎回パーティーで顔を合わせても
ご挨拶をする程度だった。

ところが、
最近、何くれとなく、私の面倒をみてくださるように
なったのだ。

パーティーでお会いすれば
私に関係ありそうな方をご紹介してくださるし、

自分の知り合いを紹介するから
出ていらっしゃい、とか

なんとも、不思議で仕方なかった。

似たような仕事であるので、
私の面倒をみたところで、
ビジネスとして、何か得るところがあるというわけではないし。


・・・そうか・・・



あの、一周忌のパーティーで
世話好きのあのお方の魂のかけらが、

このおじ様にのりうつったんだ・・・

それで、納得。


”いつも自分が何か他人のお役に立てれば・・・”

その方の心は、生きていて

・・・すっと、

誰かや、何かを通して私に届けられる。


そのお世話好きな魂に、感謝



聖イグナチオ教会


母は、亡くなる10日ほど前に
母校である四谷雙葉学園の
カトリック修道会 幼きイエス会のシスターと
聖イグナチオ教会の神父様から
洗礼をうけ、”マリア”となった。

母の命日に、聖イグナチオ教会と
修道会 幼きイエス会にお祈りとご挨拶に行った時。


シスターの一人に、東欧出身の
可愛らしい外人の方がいらっしゃる。

私は何か見えたりする人間ではないけれど

確かにこのシスターと私の母の持っている波動は
とても似ていて
その純粋すぎるほどのきれいな心は
互いを映す鏡のようだ、と感じていた。

そのシスターが、私が修道会に伺うと
嬉しそうに部屋に入ってこられて、こうおっしゃった。

”なんて、不思議なこと

実は3日くらい前に、朝のお祈りの時間に
貴方のお母様が出てこられて一緒に
暫く、お話をしていました。

貴方のお母様は、もうすぐ
娘がそちらへ伺うから、とおっしゃっておられました。

そうしたら、今日、
貴方がこうしてここに来たではありませんか!

これは、小さなキセキです

そう思いませんか?”


いささか、興奮気味でおっしゃる。

他のシスターは静かに微笑んでいらっしゃったが、

私は目を丸くして、息をきらしながら
キセキを喜ぶシスターの話に

ありえる、話・・・、と思った。

このシスターのところには
母は現れるだろうなあ。

そして、同じような純粋な心を通わせて
安心して色々なことをわかちあえるだろうな、と。



教会の庭のマリア 



肉体は滅んでも、魂は

光や、音や、夢の中や、誰かのココロをとおして

メッセージをおくってくれる。


そんなことを感じられるようになると

色々な不思議なことが

ありえる、話・・・と思えるようになる。










にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ



引き寄せるということ

2007年03月30日 | スピリチュアル
引き寄せるということ



雨は、"恵みの雨”だけれど

今朝の雨は、嫌われ者だったかもしれない。

せっかく満開になった桜を
たたきつけるように打つ雨で

きっとみんな、自分が濡れることよりも
桜が散ってしまうことを心配していたのではないだろうか。





雨に濡れた桜



桜は、華やかでいて、はかない花。

まるで、母自身が桜のような人であったように、

丁度一年前、桜が散っていくのとともに、
母はあの世へ旅立った。

これから一生、私にとっての"花見”は
母への追悼の"花見”となる。





愛らしい花びらの形をした、紅枝垂桜




目の前に現れることは
自分が引き寄せているのだ、

という。


自分は見たくないけれども
それが自分にとって必要だと
魂が指示していたなら、
そういうものも、現れる。


そんなことが理解出来るようになると、

なるほど、これは、こういうことのために
起こったことなのだ、と自分自身の中で
納得が出来るし、
”偶然が必然である”という、

言葉では簡単に言えるけれど
まさしくそのことが”現象”として現れることに

恐ろしささえ、感じるときもある。


母の一周忌の時期になり、

心ある方々から、

お手紙を頂戴したり、
お花を頂戴したり、
お電話を頂いたり、

遠く葉山までお墓参りに行ってくださる方もいらっしゃる。


せわしく一周忌にむけての日々を過ごしている中、
一通の手紙が届いた。

聖路加フレンズ事務局、日野原先生のお名前入りで。


聖路加フレンズとは、
会員制健康クラブのことで
私は自分自身の健康管理のために
4年前くらいから、入会している。

その聖路加フレンズで発行している
会員誌への投稿依頼だ。




嵐山吉兆の庭先の桜も、雨に濡れて・・・。





私は、自分の気持ちや経験を言葉にしていきたいと
秘かに思っている。


”それを皆さんの前に、出してごらんなさい。


まるで、そう言っている母の声が聞こえるようだ。

一周忌のタイミングで
この原稿依頼がくるなんて。



あまり詳細には思い出したくなかった
母の闘病生活だが

その日々はきっと同じような癌患者やその家族への励みや
治療への不安に光をさすものとなるだろう。

それをしてみなさい、

母がそう言っているような、気がする。



雨に濡れた桜を見ながら、

引き寄せる、ということについて
感じたこと。













にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

自分への、シグナル

2007年03月16日 | スピリチュアル
 自分への、シグナル



低血圧で朝が苦手な私だが
そうも言っていられないほど
容赦なく朝の時間は小刻みに間違いなく進んでいく。

1分1秒が、こんなに貴重に感じるのは
一日の中で、朝だけかもしれない。





朝の光の中







毎朝、息子と一緒に家を出る。

”鍵っ子にはさせない。”

これは私がWorking Single Motherとして
生きていかなくてはならない、と決意した時に
自分自身で決めた約束事だ。

だから、幼稚園、小学校は
私の職場の近くに決めた。

一緒に、登校、出社だ。

車に乗り込み、エンジンをかける。
この時点で、毎朝若干のタイム差がある。

でも、家から学校までにかかる時間が
ここから大幅にかわってくる。
15分でついてしまう場合もあれば、20分以上かかる時もある。

そう、信号がいかにその朝
スムーズに”青”ばかりで行けるか、
ここでも、また次でも、”赤”にひっかかるかで、
到着時刻が全然違ってくるのだ。



 自分への、シグナル



朝の信号は、
これから始まるその日を表すことが多いことに
ある時、気づいた。


つまり、”青”がタイミング良く続いて
すーっと滞りなく運転が出来る日は

その日一日も何となくスムーズで
タイミングが良く過ごせることが多い。


逆に、”赤”、また”赤”・・で
行く先々、赤で止められる日は、要注意日だ。


このシグナルは、あながち間違っていない。


何しろ、毎朝、毎時間、同じ時刻、同じ道を通って
今年で、丸6年。

そう、朝の信号は
その日について、私へのシグナルを送ってくれているのである。



”おはよう”と言葉を交わす花たち



”赤”が続くな・・・

そう思った朝は、
同時に自分自身にもブレーキをかけるように、指示を出す。

止まって、よく考えてみる。
止まって、まわりをよく観察してみる。
止まって、様子をみてみる。

一人で暴走しない。
勝手に決断しない。
体力を考えて動く。


・・・こんなふうに。


”止まれ”のメッセージは
実は、車にだけではなく、
私自身へのシグナルでもある。



貴方には、
どんなシグナルがありますか?










ブログランキング・にほんブログ村へ


ブループリント(青写真)

2007年02月24日 | スピリチュアル
 ブループリント(青写真)



貴方が思う、”奉仕”ってどんなことですか?



災害にあった地域などに援助しにいくこと?


東京マラソンみたいなイベントにボランティアで参加すること?


自分のやりたいことを犠牲にして
誰かのために自分の時間やエネルギーを使うこと?





紫色のColor Languageのひとつ、”奉仕”。



私も、”奉仕”といえば、

よく聖路加病院でみかける
赤紫色のエプロンをした女性たち・・

そう、ボランティアのことを思い浮かべる。

あるいは、

日曜日の礼拝で、献金の係りをするとか、
当番の人が聖書を読むとか、
私は学生時代、礼拝の時のオルガニストだったので
そういう、
教会などでの活動をすることなのかな、とも
思っていた。


・・・でも、本当の ”奉仕”とは
こういうことでは、ないらしい。


 本当の ”奉仕”って・・?



わたしたちは、
この世でどんなことをして生きていこうか、

という人生のブループリント(青写真)を
持って生まれてくる。


本当の自分が表現したいことを表現し、

本当の自分を生きることが

本当の自分の魂が望むような人生を生きることが、

世界への ”奉仕”につながっていくのだという。


だから、

誰かのために、何かのために
時間やエネルギーを使うことが
奉仕なのではなく、

それらが
自分の魂から望んでいることが
そういう形で顕れとなっていく時に

はじめて”奉仕”ということになっていくのだろう。


歌を好きな人はその歌で多くの人の心を照らし、
料理が好きな人はその料理で多くの人の体を温め、
会社を経営している人は
そのビジョンを多くの人のために活用し、
子供が好きな人はその愛を子供たちの心にあてる。

法律家になるくらい頭のいい人は
社会の秩序を守るために活躍し、
動物や植物と対話が出来る人は、
地球上の生き物のために心を尽くす。


自分のブループリント(青写真)のとおり
生きてますか?

自分のブループリント(青写真)がどのようなものか
わかっていますか?


それは、自分しか、知らない。

それは、自分への探求の旅のはじまり。

でもきっと、もうわかっている。
・・そして、実行しているか、
もしくは、今、準備期間かもしれない。


貴方の、

私の、

そして、皆の魂が望む人生を歩いていくことで


貴方が、

私が、

そして、皆が幸せと平和を感じられますように・・・


”次はもっとこうしてみたい”

チャレンジャーで、前向きな魂たちの描く
ブループリント(青写真)は

確かに、世界への”奉仕”へとつながっていくのだろう












にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ



カラダの声

2007年02月21日 | スピリチュアル
 カラダの声



確かに、聞こえたのだった。


先週の金曜日、

”疲れている、疲れている・・・。
すこし、休まないと。
すこし、休まないと・・・。”と。


でも、その声が聞こえたからといって

手帖を開くと、びっしり書いてある
スケジュールが消えるわけでは、ない。

”前向きに、 元気に・・・

と自分に言い聞かせて、

明日起るであろう、楽しい出来事を想像して、
行くしかないでしょう・・・。



でも、予告どおり、カラダがパンクした。 

カラダの声にもっと素直に従えばよかった。



自慢にならないけれど、
私はめったに風邪をひかない。

ひいたとしても、

前の会社の先輩の秘伝を守り、

まず、おかしいな、と思ったら
ゴクゴクっとカコナールを飲む。

寝る前にパブロンゴールドを飲んで寝る。

そうすると、翌朝はケロリとしているのが
いつもの、私の風邪のパターン。

ところが、今回は
からだが疲労していたのか、それだけでは効き目がなかった。



 カラダの声に、耳をすます



手も、足も、力が入らない。
鼻を中心として、顔中、頭の中すべて
ぼぉ~っとしている。

寒気、時々 熱の気配。

意識がうつろで、朦朧としてくる


頑張って食べなきゃ、という意識も薄れ、

完全に体が機能していない状態。


季節はずれの、平日の閑散とした遊園地みたいだ。



それでも私は朝、起きなくてはいけない。

子供を起こして、朝ごはんを食べさせて
学校まで送る。

仕事場に行き、どうしてもやらなければ
いけないことを済ませ、
職場の人に後を任せる。

午後はどうしても出席しなければ
いけない政治家の先生の勉強会が
ホテルニューオータニであり、
とりあえず行き、
事情を話してご挨拶だけして失礼することにする。

このあたりで、体調の悪さはピークを迎える。

殆ど無意識で、サンローゼのロビーにある
マーケットにはいり、
目の前に飛び込んだ

”越冬 雪にんじん ジュース”を購入。

それを抱え込むようにして、帰宅。


1杯にんじんジュースを飲み干したあと、

やっと、ベッドにたどり着く。

・・・・・

息子の塾のお迎えの時間まで、体を休める。



 にんじん色の、チューリップ





越冬 雪にんじんジュースを飲みながら、
そういえば、
月曜日のランチタイムにも
火曜日の軽い夕食にも

にんじんや
かぼちゃの

ポタージュを食したことを思い出す。

そして、今日の”雪にんじん”ジュース。

カラダが、ビタミンやカロチンを
必要としていたんだなあ・・・と

改めて、カラダの出すサインを実感。


いつも元気だと
あれも、これも・・・
もっと、もっと・・・とどんどんすすんでいく。

でもひとたび、

風邪であろうと、こんなになってしまうと


普段、元気にカラダが機能してくれていることに感謝。

そして、

カラダの弱い人の気持ちに寄り添ってあげることも出来る。


そう、いつもとは違う視点で
色々な気づきが出来る。
具合が悪くても、
いいことも、あるんだな。


きっと、

貴方のカラダも、サインを発している。

その ”声” に耳を傾けてみよう。


その時、カラダに必要な食べ物がわかったり、
その時、カラダが必要としているのが休息だったり、

自分にとって、

大切なメッセージが送られてくるはずだから。














にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

終わり。 そして、はじまり

2007年01月18日 | スピリチュアル
終わり。 そして、はじまり




58番のイクイリブリアムボトル




今日出会ったイクイリブリアムボトルは58番。

”終わり。 そして、はじまり” というメッセージ。




私の心をそのままビジュアル化したようなボトル。

そう、終わって、それから、はじまる。


頭の中では、とうに終わっていることでも
言葉では、 とうに終わったことだと言っても

本当に心の中で終わるまでには、”時”が必要だ。


時が過ぎていく中で
少しずつ、少しずつ 
薄皮を剥ぐように

思い出と現実を行ったり来たりする時間が
減っていることに
ある日、気づく。


その時の中で、

旅行に行ったり、映画を観たり、
カウンセリングに行ったり、
本を読んで答えを求めたり、
美味しいワインに酔いしれたとしても、

本当の終わりを感じるまでには
”時”が必要だ。


ようやく、私の心に、ひとつの”終わり”が来た。

心の中でそれを感じていたら、
目の前にその意味を持つボトルが、現れた。







新しい夜明けの太陽の色



”NEW DAWN" 


美しい女性が海辺に立っている。
その水平線の向こうから
新しい陽が昇りはじめている・・・・。


50枚くらいあるカードの中から
私の左手がひいたカードは、
このカードだった。

NEW DAWN・・・新しい夜明け。

思わず、さっき出会ったイクイリブリアムボトルと
あまりに

”つながる、つながる”

ので、私も、ファシリテーターのフクダ先生も
顔を見合わせて、笑ってしまった



”やっぱり、つながるんですよ。”

とフクダ先生。


そう、このカードのメッセージは

”もう、終わりました。
これからは、水平線の向こうを見てください。
後ろは振り返らなくて、大丈夫です。

新しいことが、はじまろうとしています。”


 アタラシイコトが ハジマル・・・・。



明日、1月19日は またまた9極の”9”がつく日。

そして、今年最初の新月の日。


全てをクリアにして、新しく何かをはじめたり
気持ちをリセットして、スタートするのに
最適な日。


貴方の心の中で ”終わった”と感じてることは、
ありますか?



”終わり。 そして、はじまり。”




終わった、ということは
そう、
はじまり・・・ということ。


新月にふさわしい ”はじまり”を

貴方の心の中で、

そして

私の心の中でも、 感じることが出来ますように 










ブログランキング・にほんブログ村へ

つながる、つながる  きれる、きれる

2007年01月11日 | スピリチュアル
つながる、つながる  きれる、きれる



”自然体に、なってきたね”
”今のままで、自然体でいて・・・”

立て続けに、2人の人からそう言われた。

あまり意識をしていなかったけれど
そう言われるようになったっていうことは
そういうオーラが出ているっていうこと・・・。


そう、その”自然体”になってきた私には
今までとは違った
色々な動きが、面白いように起こりはじめた。




”つながる、つながる  きれる、きれる” 




松ぼっくりが、枝に9個!!



大切な友人を、スピリチュアルマスターの
Masakoさんにご紹介しようと
10月以来、久しぶりにメールをしたとたん、

お忙しいはずのMasakoさんからすぐ返信があり、

”実は今朝、貴女に連絡をとろうと思ったところなの。”と
驚くようなお返事。

私の友人のご紹介も快諾して下さる上に
Masakoさんの私への用事は、
私のお仕事になることで、すごい
互いに瞬時に想いが通じるだけでなく
Businessまで、成立してしまうのだ。

Masakoさんを通じて知り合った方々とは
たった一回、数時間のパーティーで同席しただけなのに
その後、ビジネスやプライベートで
どんどん、つながっていく・・・。

点と点が、線になっていく瞬間を感じることが出来る。

Masakoさんの本を読んで、
チャレンジャーな私は、すぐセッションを受けに行って
誰も知る人のいなかったパーティーに参加して・・・

私の心がとても辛いときに
とにかく救われたくて、行動したものだったが
その時撒いた種が

自然体になった今、あちこちに新しい芽を出している。


そして、 ”つながる、 つながる”。



仕事でも同じ現象が起っている。

スムーズに行く人とは、思ってもみないスピードでつながる。
逆に、反対の場合は、 思ってもみないスピードできれる。




いいつながりが、きれいな花を咲かせますように。






私にとっておそらく必要でない人とは、

”きれる、 きれる”。


私は、私にとって大切だと思う人に

陰と陽で言えば、 ”陽”
光と影で言えば、 ”光”

でありたい、と願う。 

その人にとって、”陽”であり、”光”となりえる私に


嘘をついたり、約束をドタキャンしたり、
連絡する、と言ってしてこなかったり、
嫌がるようなことをしたり、
必要以上に踏み込んできたり、
ほったらかして粗末にするような人・・・


そんな人と、 ”きれる、 きれる”。


私が心の中で 

あれ なんか、変だぞ”

と感じ出すと同時に
私が動いていないのに、
私が何も言っていないのに、

相手が、まるで鏡で映し出すかのように

本心を、言葉や行動で露呈しはじめる。


こうして、自然に、  ”きれる、 きれる”。
 




まっすぐに、青い空にむかって思いっきり、背伸びしてみよう!




自分が、自分に素直になってくると、
自分に必要でない人とは、自然に切れていく。

過去の自分や相手に固執するより、
自分が関わることによって、
出来ていく人間関係を
楽しんでいく。


”きれる” ことに、臆病にならないで。



お互いが信頼し、助け合え、
楽しい関係が築いていける人と

きっと、きっと
つながっていくから・・・・











ブログランキング・にほんブログ村へ

遠くを、みよう。

2007年01月06日 | スピリチュアル
遠くを、みよう。





波打ち際のジャグジーで、

波の打ち寄せる音と、潮風の頬につめたい感触と、

だんだん空と海の区別がつかなくなっていく時間だけを、感じる。




やがて、遠くから、星の瞬き。


その光が、何万光年もの時空を超えて
今、
瞳の中に飛び込んでくる。


そのとてつもない、計り知れない大きさの
宇宙の営みを感じる時、


昨日のことなんか、
3ヶ月前のことなんか、

とんでもない嘘のことなんか、
心無い言葉のことなんか、


小さい、小さいものに、思えてくる。



ねえ、だから、遠くを、みよう。



もしかしたら、

心が澄んでいて、
希望にあふれていて、
自分の気持ちが、光になっているとしたら、

どこかの星に住んでいる生き物の瞳の中に
飛び込んでいく、その光は、

自分自身かも、しれない。





陸の先、海の先、その先の光をみよう。



そばにあるもの、そばにあったもの。
そばにいる人、そばにいた人。

聴こえた言葉、言ってしまった言葉。
叶わないこと、見てはいけなかったこと。

ずっと、ずっと、ずっと・・・

そのことばかりに想いをかけていると
身動きできなくなる。

・・・自分はそんな自分が嫌いなはず・・・

心が苦しくなってしまう、その前に

ねえ、

遠くを、みよう。


陸が終わるところ、
そのむこうの海、
そのむこうの海と空がとけあっていく光を・・・。




大きな河の向こう岸に夢を、みつけよう。



”人間には、ヨコとタテの移動が必要なんですよ。”


と、海原純子先生が母の診療時におっしゃった。


煮つまらないために。
鬱々しないために。
同じことばかりに想いがめぐらないように。


だから、私はすぐヨコの移動をしたい衝動にかられる。

品川駅で、つい新幹線に乗りたくなる。
新幹線でなくても、東海道線にこのまま最後まで乗っていれば
熱海まで行けちゃう・・・どうしよう、行ってしまおうか。

大きなターミナルでは、いつもそんな自分の中の葛藤がある。

・・・あきらめて、目的通りのJR線に乗り込むが
品川駅の先に、特急電車が並列してお休みしている場所がある。

サンライズ出雲、あずさ、夜行の富士、あかつき・・・・

それらを通りすがりに見るだけで、心が躍る。


ヨコの移動が難しい方には、
タテの移動はお手軽なはず。

そう、高層ビルの最上階から、下を、まわりを
見下ろすのだ。

やっぱり、そんな時も、

自分の心にひっかかっていたものが、

小さく、小さく、見える。



だから、

心を軽くするために、
心をクリアにするために、
心がHappyになるために・・・・


遠くを、みよう。











ブログランキング・にほんブログ村へ

2007 イヤーボトル(Year Bottle)

2007年01月01日 | スピリチュアル
2007 イヤーボトル(Year Bottle)


静かに、2007年が始まった。


心の中で、待ちに待った2007年だ。

"今までと違う流れになり、運気がしますよ。"



昨年、苦しかった時にありとあらゆる占い師に聞いて
殆ど全員が私の2007年についてそう答えた。





それを象徴するかのような私のイヤーボトル。

B19 レッド・パープル


この写真のようなきれいな2層のカラーボトルが105本。
その中の19番ボトルが今年の私のイヤーボトル。

数秘術とタロットとオーラソーマが連動しているのは
このセッションで知った。
(あと、風水も連動するようですが。)

まず、自分の誕生日と2007、という数字から
この今年の数字を割り出して(数秘術)、
それに対応するボトルが決まり、
それに対応するタロットカードが配られた。

このB19を渡されたとき、

正直、 ”えっ” と一瞬ひいた。

・・・というのも、この2つの色は
今の私が多分、選ばない組み合わせ。
今の私の中に、無いであろう、色。


”ボトルを見て、イメージしたこと
感じたことをそのまま、言葉や絵に表してください。
それは、潜在意識からのメッセージ・・・
素直に表現してみてください。”


貴方は、何を感じる?



私は、まず、ボトルをじぃっと見て、次の言葉が浮かぶ。

強烈な。 変化。  すごくエネルギーのある。 激しい。 情熱的な。
内面からほとばしるような。  女性的。 女性性。
自分にないもの。 自分の中から追いやられていたもの。

そして、フラメンコを踊る女性の絵を描いた。


今年の私の色の、アネモネ


次にカラーボトルに対応する、19番のカードが配られる。

”The Sun” ~太陽~  

タロットを知らない人でも、”太陽”のイメージは
浮かんでくるだろう。 とても、明るい意味がありそうな、と。


”そのカードを見て浮かんだ言葉と絵を描いて見て下さい。”


私はカードを胸にあてて、深呼吸すると次の言葉が浮かんできた。


力強い。 男性的な。 熱い。 Passion。
私を照らし、導いてくれる人の出現。
何でも話せる。 明るく照らす。 冷たいものが溶けていく。
熱いものがよみがえる。 
閉ざされているものの扉が開いて、光が差し込む。
すごくまぶしい光。


そして、
かき氷(またはアイスクリーム)が光の中で溶けていく絵と
暗い教会の扉が開いて、光が差し込む絵を描いた。


私のプラクティショナー加藤先生は
にこっと微笑んで

”そう、ボトルもカードも貴女が感じたとおりの意味を持つのよ。
2007年はそういう年になるっていうこと。”

”何でも明るくチャレンジする年。
色々なことに気づく、より良く知っていく。可能性。
へこたれないこと。太陽に向かっていく。太陽に顔をむけていく年。”

さらに、タロットの意味を付け加えると

協調。私的なものと公的なものの両立、という意味もあり、

確かに私は今年、

仕事も今までにないような動きで、
大きなことが、幾つも既に予定がたっている。

プラス、
今まで出来なかった自分自身への取り組み・・・
内面を深く見つめられるような勉強をいっぱいしたいと
思っていたところだ。

まさに

このカードの意味を持つ2007年になりそう。


大晦日の除夜の鐘を聞きながら、
新しい年のカラーボトルの
エッセンシャルオイル&ハーバルウォーターを
対応するチャクラを中心に、全身にいっぱい塗るのよ、
その年の自分になれるように・・・。

プラクティショナーの加藤先生のご指導とおり、
昨晩、このB19を全身に塗る。


・・・すこし、情熱的な、
女性になれたかな・・・・


あけまして、おめでとう、 2007年。








ブログランキング・にほんブログ村へ

宇宙の、掃除力

2006年12月31日 | スピリチュアル
宇宙の、掃除力


年末に向けて、
”掃除をして、運気をUPさせよう!”
という内容の本がベストセラーランキングに入っている。

皆さんも、今年のお掃除、済みましたか?

掃除をすると、
そこにある空気の流れが変わり
そこに停滞していたものが動き出す・・

整理整頓したり、いらないものを捨てたり、
風通しをよくしたり・・・
そうして、新しいものが入ることの出来るスペースと、
余裕を作り出すことが出来る。

この説得で、片付けを渋る息子も納得したようで
せっせと、本棚の整理をはじめる。

私も、いつも掃除しないような棚を整理し始める。

・・・・すごい、いらないものがいっぱい・・・・

ゴミ袋を見て、呆然としながらも、
この分、新しい運気が
入るスペースが出来たのだ、と思うと

Happyな気分と充実感があふれてくる。

そう、年末でなければ・・・
新しい年が間近にせまっていなければ、
こんなところ、掃除しなかったかも、しれない。






1月1日は、宇宙が人類の為に創った、
”リセット日”だ。

いやがおうでも、
地球上の誰もが、
強制的に、

1月1日をもって、新しい年を迎える。

新しい年、ということは

昨日までのことが、すべて、過去になる。

厳密に言えば、
今、この瞬間が終わった時点から
それは過去になるわけだが、

意識しようと、無意識でいても、

同じ24時間、365日の繰り返しの中で、

この1月1日を迎えると、
昨日までのことは、”去年のこと”になる。

去年のこと、になると
ぐっと
そのことに対して、距離感が出てくる。

つらかった出来事、
忘れられない思い出、
手放せなかった想い、

そんなものに対しても、距離を置いて、

客観的に”去年のこと=過去のこと”と
冷静に見つめられる、考えられるようになる。


そして、
新しい年になったのだから、

新しい運気、新しい出来事、新しい自分・・・

が欲しくなる。

地球上の、皆が
新しい年へむけて、自分の心に
新しいものを受け入れようとするスペースを
つくるのだから、



宇宙の、なんて すごい掃除力








さあ、準備はいいですか?

この気球に私の、そして貴方の

2007年へ向けた

新しい気持ち、新しい願い、新しい自分、新しい貴方を乗せて

あと数時間後、

飛び立ちます








ブログランキング・にほんブログ村へ

強制終了

2006年12月15日 | スピリチュアル
強制終了


”わかっちゃいるけど、やめられないっ

という歌があったと思うけれど、
誰でも

”わかっているけど、やめられないもの”
って、あると思う。

例えば、煙草。 例えば、
例えば、おっかけ。例えば、夜更かし。

例えば、忙しいと分かっていても好きな人の携帯にかけてしまう。
例えば、好きになってはいけない人を好きになってしまう。
例えば、別れた人からのメールを読み返して過去にひたってしまう・・・。





~優しい色のバラに心が癒されます~




本当の自分がもう、怒ったように

"いい加減、やめなさい!”
”このへんにしておきなさい!”

というメッセージを伝えるときに、それは起こる。

”強制終了”・・・。


例えばこのブログを読んでくださっている方なら
一度は経験したことのある、パソコンの不具合からなる
強制終了。

まだ、続けていたいのに・・・。
無くなったら困るデータがあるのに・・・。

容赦なく、フリーズした後、強制終了となる。

あの、感じと一緒。

習慣やら、執着やら、そういったものを断ち切るために起こる
ある種のシンクロ。

よく映画やドラマのワンシーンで出てくる。
(メリルストリープの”恋に落ちて”など)

何がしか問題を抱えている二人。
どちらかが追いかける。
もう二度と会えないかもしれない、という
心の中では危機感を抱きながら、走る、走る。

突然、目の前の踏み切りの遮断機が下りて
その先、追いかけることが出来なくなってしまう。

電車が通り過ぎ、踏み切りがあがった頃には
相手はもうどこに行ったか、わからなくなってしまう・・・。

まさに、強制終了だ。


それは、心の奥深いところでは
別れていく・壊れていくことが
分かっていて、
もしくは望んでいて、
それを出来ないままでいる人にすごい無理矢理な形で
本当の気持ちが露呈される。

でも実は、その時"本当の自分”は
すごい勢いで自分を守ってくれている

断ち切れない思い、
やめたくてもやめられない習慣、

貴方にもきっと、ある。

でもいつか、それを終わらせるための
思ってもみない”強制終了”がくる。

そう、これはメッセージ。

もう、やめなさい。
貴方には次の大切なことが、
貴方には次の大切なひとが、
待っているのだから・・・・。



シンクロニシティ

2006年11月24日 | スピリチュアル
シンクロニシティ

私には最近、よくこの"シンクロ”がおこります。

シンクロニシティとは、最近色々本が出ているので
ご存知の方も多いと思います。
端的に言えば、”意味ある偶然の一致”。(佳川奈未さんの定義)
わかりやすく言えば、”本当の自分”が知っている
”予知能力”が現れてくる、それが現実となる、ということでしょうか。


(熱海ハーブガーデンで撮影)


例えば、私の最近の例で言うと、

・車を運転しながらある人の事を考える。
 ・・・ふと目の前の車のナンバーを見ると
 その人のバースデーのナンバーが・・・!!

・普段忙しい方なので、電話は遠慮しているけれど
 どうしても、電話しなければいけない用事があり、
 受話器をとろうとした瞬間、その相手から電話がかかってきた。

・注文してしばらく取り寄せに時間がかかるといわれていた
 商品が、"今日くらいには、欲しいなあ・・”と思っていたら
 その商品が届いた。

・ふと、子供の体調が気になったそのすぐ後に
 学校の養護の先生から”少し熱があるので迎えにきてほしい”と
 連絡が入る。

・一度は行ってみたい憧れのホテルだったところから、
 (仕事上の関係で)招待状が届く。

などなど・・・。

もしかしたら、貴方にもそういった偶然が
いくつもおこっているかもしれませんね。

シンクロは、自分の意識を”ほんとうの自分”に
むけていると起こりやすいようです。

私は、今まであまり、自分の奥深いところにいる自分に
意識をあてることがなかったかもしれません。
まわりの、
子供であるとか、母であるとか、あるいは他人であったり、
いつもその人のことばかり考えて
その人が欲しているものばかりに気をとられていたかもしれません。

・・・自分の立場が母親だったり、あるいは
相手が病人だったから、仕方ないことではありました。・・・

でも、”Happy-san”になろうと決めた時から
少しづつ自分の奥深いところを見つめるようになり、
・・・結果、それがこういうシンクロを引き起こすように
なっているのかな、と思います。