上海万博、ラストスパート!
毎朝この大きな橋を渡っての、
万博会場入り。
今日で最後となると、朝から万感の思いがこみ上げてくる。
2日前の終礼で、
最終日まで頑張れば、想像もしていなかった
来場者<2万人>も夢ではないことが
運営スタッフから伝えられた。
2万人!?
それを聞いた私たち。
頑張るっきゃないでしょう。
最終日もボランティアの皆さんの頑張りで
どんどん来場者の列ができる。
猛烈な暑さの中、
脱落者があっても不思議ではない
学生ボランティア。
なんと、一人も脱落者が出ず
逆に最終日に向けて、気持ちがどんどん一つになって
頑張る気持ちが大きく、大きくなっていった。
日本館の警備員の方々とも仲良くなった。
プロデュースしてくださった
株式会社ムラヤマの皆さんともこんなに、仲良しに。。。
とうとう、ラストまでに
20,541人の総来場者数を迎えることが出来た。
運営&ボランティアスタッフ全員で記念撮影。
私も一人一人と握手したり、ハグしたり。。。
最後の挨拶では感動して<涙>が出るかな、と思っていたが
(多分、みんなも期待していたと思うけれど)
なんだか、楽しくて、嬉しくて、涙は出なかった。
一人一人にボランティア参加証を手渡し
上海万博で
<孫文と梅屋庄吉展>をやることが決まったのは
たしか2008年の終わりごろ。
そこから二転三転、涙も流したし
嫌な思いもいっぱいしたし、
今までこんなに頭を下げたこともないくらい
多くの方に頭を下げて寄付を募った。
でも全てがこの時、キラキラ輝くダイヤモンドみたいになった。
ボランティアのみんなからは
おそろいの、はっぴに
私宛のメッセージを寄せ書きされたものが
プレゼントされた。
このみんなとイベントが出来たことが大成功の秘訣。
13億人中の2万人。
そう考えると少ないかもしれないけれど
一般の、2万人もの中国の皆様にこの歴史を知っていただけた。
大満足で、ある。
もう見ることのない、日本館を後にした。 ココロには<感謝>しかなかった。
みんな、アイシテルよっ!それが、私から皆への最後の言葉だった。
毎朝この大きな橋を渡っての、
万博会場入り。
今日で最後となると、朝から万感の思いがこみ上げてくる。
2日前の終礼で、
最終日まで頑張れば、想像もしていなかった
来場者<2万人>も夢ではないことが
運営スタッフから伝えられた。
2万人!?
それを聞いた私たち。
頑張るっきゃないでしょう。
最終日もボランティアの皆さんの頑張りで
どんどん来場者の列ができる。
猛烈な暑さの中、
脱落者があっても不思議ではない
学生ボランティア。
なんと、一人も脱落者が出ず
逆に最終日に向けて、気持ちがどんどん一つになって
頑張る気持ちが大きく、大きくなっていった。
日本館の警備員の方々とも仲良くなった。
プロデュースしてくださった
株式会社ムラヤマの皆さんともこんなに、仲良しに。。。
とうとう、ラストまでに
20,541人の総来場者数を迎えることが出来た。
運営&ボランティアスタッフ全員で記念撮影。
私も一人一人と握手したり、ハグしたり。。。
最後の挨拶では感動して<涙>が出るかな、と思っていたが
(多分、みんなも期待していたと思うけれど)
なんだか、楽しくて、嬉しくて、涙は出なかった。
一人一人にボランティア参加証を手渡し
上海万博で
<孫文と梅屋庄吉展>をやることが決まったのは
たしか2008年の終わりごろ。
そこから二転三転、涙も流したし
嫌な思いもいっぱいしたし、
今までこんなに頭を下げたこともないくらい
多くの方に頭を下げて寄付を募った。
でも全てがこの時、キラキラ輝くダイヤモンドみたいになった。
ボランティアのみんなからは
おそろいの、はっぴに
私宛のメッセージを寄せ書きされたものが
プレゼントされた。
このみんなとイベントが出来たことが大成功の秘訣。
13億人中の2万人。
そう考えると少ないかもしれないけれど
一般の、2万人もの中国の皆様にこの歴史を知っていただけた。
大満足で、ある。
もう見ることのない、日本館を後にした。 ココロには<感謝>しかなかった。
みんな、アイシテルよっ!それが、私から皆への最後の言葉だった。