
扉温泉 明神館
美しい、宿である。
全てにおいて。
無駄が無く、欲っするものは全て黙って差し出される。
どこまでも繊細で、
そして決して見過ごしの無い注意深さで
客の心になった経営がなされている。

明神館
長野県松本市入山辺 標高1050メートル。
ここより上に民家は一軒も無い。
水も穴口沢、ワサビ沢からくみ上げている。
・・・携帯電話はつながらない。
もちろん、電波が悪いのでテレビも
置いてあるけれど、無いのと同じ。
朝起きてから、夜寝る前までに
一日何回、携帯電話を手にしていることだろう。
一日、何時間をパソコンとともに過ごしているだろう。
全ての電子機器の電磁波から解き放たれただけでも
底知れぬ開放感と
健康すら取り戻したような気がするのは
私達、現代人はすでに、何かに侵されている証拠だ。
立ち湯からの絶景
日本神話の中の話。岩戸伝説。
天照大神(アマテラスオオミカミ)が須佐之男命(スサノオノミコト)の乱暴に怒り
天の岩屋へお隠れになってしまった。
世の中は真っ暗闇になり、皆、困ってしまった。
そこで、他の神々は何とかでてきてもらおうと知恵をしぼり
岩屋の外でにぎやかな宴を開いたりした。
天照大神がなんの騒ぎだろう・・と岩戸を開けた時、
力持ちの天手力男命(アマノタジカラオノミコト)が
岩戸をぐっと開けて、下界に投げ捨てた。
めでたく世の中は明るくなった。
その投げられた岩戸はだいたい日本の真ん中に落ちたそう。
岩の扉が天から降ってきたから、扉峠。
実際、明神館から3時間ほど山中を歩いたところに
切り立った2枚の岩があるそう。
”扉温泉”は、そういう神様の伝説がある特別な場所

宿泊した部屋”駒草”のリビング
秘境の宿にしては、モダンなインテリアの部屋にまず驚く。
私は本来、
旅館は”上げ膳、据え膳”のお部屋食

が好きだが
今回この明神館で
お客のプライベートを大切にするのなら、
かえって、食事はダイニングルームがいいのかもしれない、
と思った。
無駄な、会話がないので、ある。
ここはホテルの快適さを取り入れているわけだが
ホテルのように、きちんと洋服でメイクアップしてディナーというのも
せっかくの温泉のあとには、興ざめだ。
浴衣を着て、厚地のほっこりしたどてらを着て、
温泉あがりの素肌のままで、
ダイニングルームでお食事だ。
地元の食材を使った創作料理
地元で作られているワインは
甘口で、輝きがあって、とても美味しい。
食前酒として、最高
わらび、ぜんまい、こごみ、たらの芽・・
カラダの中から春が芽生えそうだ。
初挑戦の”桜肉”や、岩魚・・・
自然そのままを頂いていた
昔の日本人の食生活が
板前さんの腕で見事な料理となって供される。
テレビも、携帯電話もない
ダイニングホールの暖炉の火の音だけが響く
そんな、明神館での夕食。
お気に入りの、”立ち湯”
明神館の心くばりは、3つの温泉にも
随所に感じられる。
清潔感や、タオルの量と質、
長く入っていてものぼせないお湯の温度、
そして、一番感動したのは
内風呂から露天風呂へのガラス戸を開けると
通常、”さむ~い”と感じて
ぬきあしさしあしで、お風呂に向かうのが常だが
明神館では、ガラス戸を開けると
そこから、一歩目のところから
お湯がはってあり、
寒い思いをせずに、露天風呂が楽しめる
そして、本格的なアロマテラピーもうけられる。
その日の体調や気分にあったオイルで
カラダの芯からリラックスさせてくれる
極上のひと時だ。
お布団の柔らかさも枕の高さも
すべてが”客”のことを考えて選ばれている。
とても、山の中の一軒家にいるとは
思えないほど、
すべてに満ち足りた時間の中で、眠りにつく。
・・・・・・・・・・・・
誰に起こされることもなく、
部屋の前に流れている川のながれる音で、目が覚める。
リラックスして、ねぼけたままのカラダには
朝の湯が目覚ましだ。
ぼおーっと、ただ湯につかる。
”胃腸の湯”といわれるだけあって、
お湯につかっていると
おなかが動き出す。
”朝ごはん、なにかな。”

黒大豆のてづくり豆腐
私はとにかく、この黒大豆のてづくり豆腐が
お気に入り。
息子は、地元の、とれたての生卵。
しっかりとしていて、黄身が大きく元気な色をしている。
それを、
あつあつの炊きたてご飯にかけていただいたのが
シンプルなのだけれど、大ご馳走だったようだ。
私は、心の中で思う。
ここで、ちゃんとコーヒーが出てきたら、
この宿は今まで宿泊した中で
総合点、一位の宿だ、と。

ちゃんと、出てきました。モーニング・コーヒー
おそらく、東京から近い
湯河原あたりで、このクオリティの宿だったら
1泊 ¥38,000~45,000はするであろう。
そのくらい、全てにおいて
洗練され、且つ、満足度の高い明神館だが、
最後の会計時にまた驚く。
¥23,000 ・・・!
覚悟していた金額のおよそ半分だ。

そこここに、小さな石碑が建つ
”また、来たいね。”
私が言うと、息子もうなづく。
”・・・ママともまた来たいけど、
僕が結婚したら、夫婦で来たい・・・

”
若干10歳の子に
そこまで言わせる、
扉温泉 明神館 で、ある。