
お料理も、そうだ。
素材と素材。
それ自体はそれぞれの産地・・・
海であったり、山の中であったり、畑であったり、たんぼであったり、
南国であったり、北の国であったり・・・
まったく育ってきた環境は違う。
でも、素材同士が出会い、
調理されると
ある種の
化学反応を起こす。
化学反応が起きたことで
元とは原型をとどめないものも出てくるし
全く違う味になるものもあるし・・・
でも出会うことで、
お互いがお互いの持ち味を生かしながら
ひとつの、料理になる。

人も、そうなのではないかな、と。
ひとりひとり
もちろん親も違えば
育ってきた環境も違う。
学校も違えば、教えられてきたことも違うかもしれない。
そうして育っていくうちに
<個人>が出来上がる。
でも<個人>と<個人>が出会うことによって
時には
ある種の化学反応が起きてしまって
変化する、ということもあるのではないかな、と。
いや、
たぶん、日常的にそれは、起きている。
人と人が出会うことによる、化学反応。

<個人>としての、いわば<素材>は好きだけど
それが化学反応おこしてしまったら、嫌い。困る。違う。
う~ん、どんなかな。
たとえば、果物としてのパイナップルは好きだけど
ポークソテーの上に乗った
料理としてのパイナップルは嫌い、みたいな。
そんな感じなのかな。

私は
例えば化学反応を起こしても私のままであるけれど
化学反応をおこした私、は
もともとの私とは違う。。。らしい。
ひゅん
っていう音が聞こえたみたいに
自分の中の一部が
カラダの外に飛んでいった。
ぽっかり、穴があいた。
少しスピリチュアルな表現だろうか?
いや、たぶんそんなことない。
慌てて、私はHumpty Dumptyのボトルを手にとった。
穴が開いたままでは大変だから
応急手当をしなければ。。。
そう、
別名<Shock Bottle>とも言われるこの
Humpty Dumptyは
破れたハートをとりあえず、塞いでくれるボトルなので、ある。
ふと、
今晩の夕食のハンバーグステーキを食べながら
人と人の出会いって、
食材と食材が出会って、ひとつの料理になる仮定と
同じなんぢゃないか、なんて思ってしまった。
化学反応、起こさない出会いのほうが
寂しいんぢゃないのかな。
人として。
