Happy-sanになろう!

Happy-sanな日々をご紹介するブログ。旅のお話もいっぱい♪

ツボ

2017年08月14日 | sweet & bitter story
最近は、10日に1日
休めるかどうか、という日々。

働き方改革、と逆流しているが
稲盛和夫塾長は
365日 24時間 仕事のことを考えなさい。
とおっしゃる。

それで、今年の初めから
実行してみたが
カラダがどうにもならなくなる。

例えば4月からゴールデンウィーク明けまでが
最も忙しい時期だが
ここを一か月半休まずにいたら、
ある朝、
脚が、ガクン、となった。

あー、神様が限界って仰ってるんだな、と。

その後も
蕁麻疹に襲われたり、
必要以上に感情的になったり。
未だかつて経験していない、
飲酒で完全に記憶を失くすのも
2度あった。

だから、
人は休まないといけないんだなぁと。





それからは
上手く時間をやりくりして
6月くらいから
以前のように、
ふらっと一泊出かけるようにしている。

そのことは
また別のBlogで。。


で、今日のお題。《ツボ》。






久しぶりに大好きだった映画
《Kate & Leopold》のDVDを観た。

この映画、もう何十回も観た。
でも、やっぱり好き。

キャリアウーマンのケイト(メグライアン)が
突然現れた王子リオ(ヒュージャックマン)に
恋をする。

その恋、の落ち方……

まさに、彼の行動や仕草が
彼女の「ツボに入った」ところから
始まる。






ここ、
わかるなぁ、と深く共感。
この「ツボ」的共感が
私のこの映画にハマった所以でもある。


かくいう私も
「ツボ」にハマってしまっている。

なんの「ツボ」か、は
さて置き

この「ツボ」のおかげで
最初に述べたような
頑張りのエネルギーが補填されている、

ってことは

間違いではない。













ココロの年齢

2017年02月09日 | sweet & bitter story
雪なのか
雨なのか
わからないようなものが降る。

当然のことだけれど、寒い。


でも私は
空っ風が吹く、
突き抜けるような青い空の冬の寒さより

冬は

冬なんだから
いっそのこと、
このくらい寒い方がいい。

風が無い分、
ただ
ただ
凍てつくような空気を感じて

雪なら、積もった方がきれいなのに。

なんて、後からの交通混乱も考えずに
静かに想った。







去年のクリスマス前から
よく働いている。
いや、
過去のFacebookの投稿からすると
私はいつも、とても、忙しくしてきた。

なのに
よく働いているように感じるのは
何故だろうか。 年齢のせいだろうか。

忙しくしていても、それは
「働いて」いたのではなく
「動いて」いただけなのかもしれない。






かれこれ、
ここ数年、

「動いて」いた中で
おかげさまで
いろんな経験をさせて頂いた。

輝かしい足跡よりも、むしろ、
ココロの皮を剥ぎ取られるような、
そんな経験こそが

頭を下げて
「経験させて頂いた」との言葉に
繋がる。

そう、
そういう意味で、私はずいぶん
実際に年を重ねているだけではなく、

ココロも幾分オトナになってきた。

ふふふ。
えへん。

もぉ、ちょっとやそっとで
ジタバタしないぞ。
悩まないぞ。






それなのに。


薄暗くて、
底冷えして、
積もらない雪が降る風景を眺めながら



好きな人に

バレンタインのチョコを
渡せないんだぁー、、、

って分かっただけで、
かなり凹んで、
元気を96%くらい消失した私のココロは


真っ赤なランドセルをしょってる小学生の
女の子と、
全然変わらないぢゃないか。





ココロは
永遠に
年を取らないのだろうか。。。


Brokenhearted Valentine

2015年02月14日 | sweet & bitter story
今日は特異なバレンタインディだった。
でもある意味、
ほんとぉの、
バレンタインディ、と言えるのかも、
しれない。


訳あって、

失恋してしまって
とてもとても辛い状況にある
私よりずいぶん若い男性に会うことになった。


ぽつりぽつり話してくれる、
その言葉ひとつひとつに、
共感。



私も
彼も
”好き”って、スゴいこと、だよね。と言った。


そこで、2人で、うなづいた。
そして、暫く、黙った。

この”間”は、
もう、やるせないくらい
”好き”の
パワーと破壊力を知ってる人にしか、
わかって貰えないんだろうな。

って、笑えるくらい、
自分のココロを覗く時間となった。



どんな辛い仕事だって、頑張れる。
どんな長い時間だって、働ける。
たった一言、好きって言ってもらえることが
宝石みたいに
キラキラココロの中でずっと輝きをくれる。

でも、それを喪うと

カラダが、自分のものとは思えないくらい、
動かない、動けない、
ココロも、頭も、ぼかっと穴が開いたみたいに
なって、

お日様も煩わしいし、
音楽も聴きたくないし、

昼も
夜も
その長すぎる”時”を生きていくのが
辛くて、辛くて、たまんなくなる。





ふられちゃいましたよ~

って、笑って言えた昔の自分が
懐かしいですよ、と彼。

本気で、誰かを好きになるのと、
遊びで、誰かと騙し合いするのと、

全然、違いますね、と彼。

なんか、
男性からこういう言葉が聞けて、
私はどこかで、ホッとした。







別れ際、
”私からで、悪いけど…”といいながら、
私の好きなladerachのchocolateを
彼に渡した。

辛そうな、彼の顔が少し緩んで
笑顔がのぞいた。

chocolateの、
Valentineの、魔法だ。


私は
彼を慰めるつもりだったのだけれど
彼の
言葉ひとつひとつ、
私が聴きたかった言葉たちだったのではないか、
と。

なんだか可笑しいけど
私が彼に癒されてる気さえ、した。

そして、

カラン

って、音とともに
ココロの中で
私はあることが
腑に落ちた。







自分の良さをわかってくれる人だけに
ついていけばいい。

自分を大切って思ってくれる人を
私も大事にすればいい。


夕方、
夕食の支度をし始める時に、
息子にmailした。

”夕ご飯は何がいい?これから作るから
何かあれば、すぐ返事ください”

”蕎麦かうどん。あったかいやつ、ね。”

と、すぐ返信が届いた。

”オッケー。早く帰っていらっしゃい。”


そんな会話の中に
愛を感じた。


今日の、特異なバレンタインディは
ほんとの、愛を感じる
ちょっとした、
小旅行と、なった。









Nicolai Bergmannの、花束

2013年12月13日 | sweet & bitter story
Nicolai Bergmannの、花束


今をときめく、フラワーアーティストのNicolai Bergmann。

素敵なショップ&カフェが南青山にあって
フラワーショップもさることながら

大きめのマフィンやバナナケーキが並ぶカフェは
私のお気に入りカフェのひとつ。



この日はバナナケーキとアッサムのミルクティー


今年一年は
なんといいますか・・・

私としてはなかなかハードというか
学びの日々というか

そうした日々が続いたわけですが・・・


他愛ない会話を楽しんだり
美しい景色を愛でたり
ココロが落ち着く音楽に身をゆだねたり

ふなっしーに癒されたり(笑)

そうして、なんとか師走までたどりついた感、満載です。



Nicolai Bergmannのカフェでも
何を話したか忘れちゃうほど
ひとしきり、会話を楽しんだあと・・・。






どん。 って、すご~く大きなFlower Bouquet。

ぎっしり
マジェンダ色のお花。


 なんて素敵なの!!







私はお花をあげることが多いのですが
こんな大きな、素敵なFlower Bouquet(しかも、Bergmannですよ♪)を
いただくなんて・・・

ハートがどきゅん、っていう感じでした。


しばらく、
その日の夜まで、
なんとなく、ハートがドキドキドキ・・・

お花の効果って、こんなにすごいの?

あらためて、お花のMagicに驚きました。



今年、最高の贈り物。


ありがとうございました





ぐれい

2012年08月27日 | sweet & bitter story
ぐれい




2012年の残暑はとっても厳しいけれど
それでもこの暑さは
蝉が最後の力をふりしぼって鳴く激しさに似ていて

どこか
寂しさも、感じたりする。











私は

正しい ・ 正しくない

好き  ・ 嫌い

いいこと・ わるいこと


・・・

白か黒か、

丁か半か・・・(爆)


自分の中で答えを出すのが好きだった。

答えを出さない、ってことが
悪いこととか
卑怯なこととか、そんなふうに感じたときも、あった。


そんな私を見て

人生の先輩の数人かの友人たちは

”そう、なんでも白黒つけようと
思わないほうがいい。”

と諭してくれたことも、何度かあった。


・・・でも
何を言ってるんだろう。。。。

そう思いながら、いつも答えを見出そうともがいていた。


今ではそんな自分が
すこし、いとおしい。








・・・答えを出さないっていう答え。


そういう選択もあるんだな、と
思えた瞬間が、あった。


ホントに、ほんの、一瞬のことだった。

その瞬間、
すこしココロがほぐれた感じがして、
そして恥ずかしながら少しオトナになった感じがした。


そぉしたら

白!  と言い張るのもすこしこっぱずかしくなり、
白!  と言い張る時の緊張したような頑なさがすこし痛々しく感じるように、なった。


そぉしたら

なんか、いろいろ、ぐれい なんだな。
果てしなく いろいろ ぐれい なんだな。。。って。


でもそれは
オーラソーマのボトルの<黒>に見える色が
実はすべての色を含んだ色であると同じように

ぐれい、

の中に、いろいろな色が混ざっているんだって
そういうことなんだった・・・って少しわかってきたような、気がした。









それは圧倒的なものに出会ったからだと思う。


いい人だったら幸せになれるのか。
優しい人だったら愛されるのか。
よくばりな人に必ず罰があたるのか。
人を傷つけたら何か悪いことがその人に起こるのか。


実はそんなことはあまり関係なく

突然、その<コト>は目の前におこったり、ふりかかってきたり、する。


いい人であっても不幸なことが起こってしまうし
優しい人であればあるほど傷つけられることもある。


そんな圧倒的なものに出会ったとき、出くわしたとき、
そこには

白も黒も
理由もない。


ましてや自分でそれを動かすなんてこと、出来ない。





私はだから

このことには答えを出さない。



でもこのぐれいの色の中に

私はやさしいピンクの光を探していく。









思い 思われ ふり ふられ

2009年10月22日 | sweet & bitter story
思い 思われ ふり ふられ




最近、おでこのあたりと
あごのあたりに<にきび>が出来た。

にきびの出現はとても久しぶりだ。

私は中学生の頃のように
鏡をのぞきこんで

にきびの位置で今自分が

<思い 思われ ふり ふられ>

のいずれに当たるのか、真剣に考えてしまった。


おでこが確か<思いにきび>
あごが確か <思われ にきび>

だっけ?女性は逆だっけ?

今は結局、どちらにもあるので

思い、そして 思われている ってコトになる。







10代、20代の頃、
人に恋をするのは、20代くらいまでだと思っていた。

ところが今になっても
あの頃とハートは全然変わっていない。

大学時代の友人たちとの飲み会でも
会話のなかみは変わっていない。


”ねえ、最近いいコトあった?
”ねえ、最近いい出会いあった?


つまり、人は
年を重ねても、恋をする気持ちってずっとあるのだと
思うようになってきた。



そういえば、(ちょっと自慢になるが)

私の母は綺麗な人だったが
祖母は、母がコンプレックスを持つほど
更に美しい人だった。

祖母が晩年、介護が必要になった時に
介護付の施設に入れてはどうか、と家族で考えた時に

施設の担当者たちから

”こんな綺麗なおばあちゃんをお預かりしたら
男性たちが取り合いで大げんかをするので
入居はお断りします。”

と大真面目にこういう理由で断られたことを思い出した。


大好きな、お気に入りのおじいちゃん、または おばあちゃんと
食事の時の隣に座りたいとか
前に座りたいとか、おしゃべりしたいとか、
やきもちとか、そういうのが老人ホームでもすごくあるのだという。








そんなことを考えていたら、
なんとまたシンクロ。

今日、会社で宴会受付担当者が
驚いた顔で事務所に戻ってきた。


”今のお客様、75歳で結婚披露宴の申し込みでした。”


事務所で一同、拍手。

多分、今までで最年長。

75歳の結婚披露宴、私も楽しみになってきた。


で、

インターネットをみると
息子に続き、長塚京三さん(64歳)も入籍とか。


やっぱり、人は生きているうちは
誰かを想い、
誰かを好きになり、
誰かと一緒にいたい・・・っていう気持ちがあるのだなぁと思った。






<思い 思われ ふり ふられ>

思っている人が愛してくれたら幸せなのにな。

思いをよせてくれている人を愛せたら楽なのにな。


人の思いは
目には見えない糸となって

絡み合ったり、
ほつれたり、
ブチッと切られたり・・・。



不思議な<縁>というものに
たぐいよせられていく。


来年の私、を占ってもらったら

”恋愛もいいけど、
仕事しましょう。仕事、仕事。”

と言われた。


はははははは。




あれから5年、これから5年

2009年10月21日 | sweet & bitter story
あれから5年、これから5年




最近、おもしろいくらい、
シンクロが起きる。


例えば、

久しぶりにipod
Yumingの<真珠のピアス>を聴こうかな、なんて思って
プレイリストからセット。

軽快な出だしに、”う~ん、懐かしいなぁ^
と思いながら、
新橋へ向けて、会社から歩き出したそのとたん、

足元に、なんと <真珠のイヤリング>が落ちている・・・

内心、”嘘やろ?”と思いながら

一応、お客様の落し物だと思うので、拾って、フロントに預けておく。


・・・おもしろいでしょ。このシンクロ。










さて、私は年に1回、
小学生の<先生>になる。

会社の近くの小学校、(息子もココを卒業した)
2年生の<町探検>、
学校の周囲にある建物や会社、警察署などに訪問する
社会科の授業だ。


私はこの小学2年生たちに
会社の歴史や、建物案内、簡単にマナーなどを教える。


小学2年生って、こんなにまだ小さいんだ。。。

案内していると、


”ボク、大きくなったら、ここで働くっ!
とか
”今度の日曜日、家族でまた来たいっ!


なんだか、可愛い。






この<年に1度の小学校の先生>は
丁度、息子が小学2年生の時から始まった。

もぉ、どれくらいやっているのかなぁ・・・と
数えてみると

<5年>。 あ~、もう、あれから5年も経ったんだ・・・。

なんだか、あっという間という感じがする。

過ぎてしまえば、<時>というのはとても早く感じるものなのだなぁ。







実は、この<5年>という月日について

私はここのところ、ずぅぅぅっと考えていた。


だから、この<年に1回の先生>をはじめてから
5年目、というのがわかった時に

また、シンクロ

とココロの中で思った。


5年、ってどのくらいの月日なんだろう。

これから5年って、どのくらい先のことなんだろう。


こういうとき、まず私は
その時、息子が何歳になっているか、をまず計算してしまう。

息子は18歳

大学受験


大学生の後は、勝手に自分で就職するだろうし、
その後は、勝手に自分で結婚相手を探してくるだろうし、
私は何の憂いも、心配もなくなる年齢だ。


で、私は何歳?とその後、計算してみる。

○○才。 ふぅん。 
まだ”切捨て”ならアラフォー
妙齢の女盛りね。


で、そこまでの5年間って長いのか、
あっという間なのか、を考える。







あと5回もクリスマスを迎えることになり、
あと5回も大変なおせち料理の作業をすることになり、
あと5回も暑い夏を過ごすことになり、
あと5回も寒い冬を越さないといけない。

それが、5年後。


毎日24時間を365日積み重ねて × 5(倍)。


数字を並べると、苦手な私はクラクラしてくる。


思うに、

きっと、Happyな毎日だったら
それは
あっという間に過ぎるだろうし

5年たったら、
確実に~が起こる、
ちゃんと~になる、
ちゃんと~しよう、きちんと約束されるのであれば
それは待つに値する日々の長さかもしれない。


そしてまた、
漠然とした、その時どうなるかさえわからないままに
指折り数えて待つ日々は
とてつもなく
気の遠くなるような、日々になるのだろう。



あれから5年、思い返せば早かったような気がする。

これから5年、貴方にはすぐ来るように思えますか?

それとも、何があるか、どうなるか検討もつかないほど

遠い先のことに、思えますか?



・・・そんな先のことを思い悩んでいないで、

毎日を、1日1日を生きている感謝で過ごしなさい・・・

と、

遠くから ささやく声が、聞こえた。 


ある日の午後のコト。

Rest in peace, M・J

2009年06月28日 | sweet & bitter story
Rest in peace, M・J



マイケル・ジャクソンさんが亡くなったニュースは
最初、<ガサネタ>だと思ったら
本当だった。

スーパースターの死は世界中に衝撃を与えた。

同時に私は

ファラ・フォーセットさんが亡くなったニュースにも
ココロが揺れた。


プロポーズされて、それにOKといいながら
あの世へ旅立った。

この二人は来世で、
ちゃんとウェディングをするためにまた出会うのだろうか?







誰にとってもそうであるように
マイケルの存在は大きかった。


私は中学2年の時に
まだマイケルがティーンの頃に歌っていた

~One Day in your Life~

という曲に惹かれ
ずっと聴いていた。

まだ10代なのに
その哀愁におびた歌声は
人生を閉じようとする人がその人生を振り返った時のような、
そんな印象さえうけるほど、
繊細で、愛情に満ち溢れていた。


マイケルはきっと全ての苦しみから解き放たれて
美しい光の中の

<One Day in My life>

を想っていることであろう。





高校時代には文化祭でみんなで

<スリラー>を踊った。

今でももしかしたら、踊れるかもしれない。


東京に来た時は
アリーナ席でマイケルを見ることが出来た。

その時は、ブログでも度々登場の
Kevin君と一緒だった。

調子のいいKevin君はその後しばらく

”オレのことをマイケルと呼んでくれ。”と言っていた。

そのうち、<Kevin>に戻ったけれど。


こんなふうに、
マイケルは多くの人のココロに
色々な思い出をプレゼントしてくれた。

とっておきの。


だから世界中で、きっと色々な人が

マイケルにありがとう、って言っている。

マイケルはそれを聞いて

ほっとして、今、楽しそうに笑っているような気が、する。



Rest in Peace, M・J.






ひとつ散る、ひとつ咲く

2008年03月29日 | sweet & bitter story
ひとつ散る、ひとつ咲く



桜、満開。






これほど精一杯満開な桜に

胸がいっぱいになり、

そして、
感謝をする。


人にはそれぞれの、桜に対しての
想いがあると思うけれど

私にとって<桜>は、母への想いと重なる。











昨日はダイナビジョン代表の
穴口恵子さんの、個人セッションがあった。
(*これについては、次のブログで・・・)


セッションが行われるレインボー・エンジェル・マジックは
中目黒に、ある。

私は、20年近く、代官山に住んでいたので

代官山~中目黒一帯は、目をつぶっても歩ける・・・

といっても、この界隈は急激に変化をしている街でもあるので

昔あった小さなお店が、マンションに変身していたり、
なんてことも多々ある。
ちょっぴり、寂しい気持ちに、なる。


桜が、こんなに満開だということを
少しも考えずに
中目黒に到着した私は
しばらくその見事なまでの桜の咲き誇るさまに
すこし、驚き
そして、今日、ここにこうして私を導いたのは

偶然ではなく、母だな・・・と感じた












病弱だった母は、あまり外を歩いたりしない人だったけれど
この桜の季節はせっせとよく歩いていた。

お気に入りのコースは

西郷山公園の桜を見て、それから
目黒川沿いのこの桜を楽しむのだった。


以前、目黒川はよく大雨であふれていたので
一度、川の工事をするために、
全てのこの川沿いの桜が伐採されたことが、あった。

母は、涙をぽろぽろ流していた。

私はまだ、中学生くらいで

桜の木が切られることに涙する母は
なんて、繊細な人なんだろう・・・と
思っていたが

今の私は

桜が精一杯咲いているその姿にさえ、涙
出てきそうだ。


川の工事が完成して、また桜の木が植えられた。

あれから、十数年たって
桜は、こんなに見事に咲きそろうようになった。


あんまり、天気が良くて
あんまり、桜が満開なので

母は、私を誘って、このお気に入りの桜を
見に来たい、と思ったようだ。









2年前、桜が満開の頃
母は病室で、心臓や肺に水が溜まっているので
横になることも出来ないまま、

まだ意識もはっきりしていて
まだ本当に美しかったのに

治療をするすべがなくなったために

薬を打ち続けて、眠らせていった。


そして、桜が散り始めるのと同時に

まるでお人形さんのように可愛らしい姿のままで

天使になった








寒い、暗い 冬を越え
花の咲きそろう、春になった。


そして、春は新しくスタートする時期でも、ある。


始めること・・・があるということは
終えること・・・もあるということ。

ひとつ、咲かせるために、
ひとつ、散らせよう。


母とのつかの間の目黒川沿いの花見を楽しみながら

私のココロの中で

そんなことを、ふと思ったのだった













幸せの、予告

2008年03月22日 | sweet & bitter story
幸せの、予告



突然ですが、昨日こんなことを、言われた、お話。


”あなたを幸せに出来る男性なんて、そういない。
 1万人いたとしたら、ひとり、いるかいないかだよ。”と。





私は低血圧なので
(頭に行くまでに、時間がかかるので)
何か言われたとき、とっさに反応できないのだが

だんだん脳まで到達して
これが、かなりショックなコトバだった、ということを
感知する。


目の前にいる人から
こんなことを言われるとは、思っていなかった。



こういう言葉を言われたのは
実は何度も、ある。

20代の頃なんて、よく言われた。

要は、私はファミリービジネスをしている家の娘なので
私と結婚するということは
つまり、お婿さんかなにかに
ならなくてはいけないのだろうか、とか
大変そうだなあ、とか

確かに、社会に出たそこそこの立場の社会人だったら
そんなことも思うだろう。


でもまさか、この年になって言われるとは、
正直思っていなかった。


だって、

私たちはもう、社会に出て20年近く経っているのだし、

どんな仕事につこうが、
どんな人と結婚しようが、

大変と思えば大変なのだし、
幸せと思えば幸せなのだ、ということが

わかっている年代だと思ったからだ。


バブルでGOの時代の私たちにとって
キラキラの大企業で働くことは
他の何にもまして、<ステイタス>だったし

私も、ひとまず外資系の企業で働いていたので

大きな企業で働くという重要な意味はようくわかる。


でも、30代半ばを過ぎてくると
転職をする人も多いし
家業を継ぐ人も出てくるし
子会社へ出向する人も出てくるし

それぞれの、生き方を選ぶようになり
それぞれが、頑張っている姿をみて
自分も頑張ろうと思ったり、するのだ。

これは、

男性だから、とか
女性だから、とか

<そんなの、関係ない







ぢゃあ、離婚して
子供を一人で育て上げたからか?
(もう今年で12歳なので
いわゆる子育て、の部分は卒業した感が、あるので)


それの、何が悪いんだろうか。
人生で、失敗があって、何が悪いんだろうか。

それが、重いっていうことなんだろうか。
(体重は軽くはないけど・・・

私はこうしてブログでも
実生活でも、堂々とこのことを話している。


だって、私はこうしたことから
多くの気づきを得て
多くのことを学んで
多くの人に支えてもらって

そして、とても、幸せにしているのだから。









”幸せになれると、いいね。”

”どんな人がいいの? 会ってみるだけ、会ってみる?”


私なら、目の前にいる人に
こういう

幸せな、予告 あるいは
幸せになるような言葉をかけるだろう。


<あなたを幸せに出来る男性なんか、いないよ。>

とどうして言えるのだろう。

そんな、相手が悲しくなるような予告
(あるいは予言というのでしょうか)を

なぜするのか・・・私には理解できない。


人生のちょうど中間地点まで歩いてきた私たちは
それぞれが
それぞれの、荷物を背負っている。

背負いながら、幸せを感じながら生きていく。



私は、今、目の前にいる人を大切にしようと思う。

限られた時間の中で会っている時には

お互いが幸せになれるような

コトバをかけていこう


そんなふうに、思うし、願う



でも、この<出会えない予告>にも
感謝を、してみる。


だって、

反対に、絶対に私は

私をまるごと愛してくれる人と出会うんだ


って、ココロの底から自分に

幸せの、予告をすることが出来たから。






STRENGH

2007年10月01日 | sweet & bitter story
STRENGH



新しいドリカムの曲がラジオで
流れていた

<未来予想図>はⅠもⅡも大好きな曲で

あれからもう15年くらいたって

また新しい曲が生まれたことが嬉しかった





そう感じていたのが、昨日の夕方頃。


今朝、ニュースで吉田美和さんの最愛のパートナーが
急死した、という文字を見た時
信じられない思いでいっぱいになった。


もっと信じられないことに

吉田美和さんは、パートナーが亡くなる日の
直前まで、コンサートツアーをやりきったことだった。







ニュースによると、8月上旬から
体調を崩し、入院されていたという。

おそらく、(私の長い看病生活の経験からすると)

すぐに検査があり、

そして、”余命宣告”がなされたはずだ。


これが、何より、つらい。


その最中に、大勢の人の前にたって

時には楽しげに

時には別れのつらさの歌を歌う・・・


明るい笑顔の先週発売の雑誌もあった。



そんなことが、出来るなんて・・・。


それだけ、

吉田美和さんとパートナーの方と”歌”の

絆が太く、強かったということなのかな。











私が始めてドリカムの曲を聴いたのは
22歳の時。

ラジオから流れてきた
”サヨナラをずっと待っている~

メロディーと歌詞に釘付けとなり、

その日から、ファンになった。


NHKホールでの最初のコンサートに行った時

”こんな、大きいホールで歌えるように
なったなんて、夢みたいですっ

と大粒の涙をながしていた美和さん。


あっという間にNHKホールどころか
全国のアリーナを満員に埋め尽くすほどになっていった。


どれだけの人が、

ドリカムの歌と一緒に歩んできたのだろう。


嬉しい時も、

せつない時も、

想いがとどかずイライラする時も、

寂しい夜も、

あふれる想いを感じる時も、

夢いっぱいココロに描いている時も、



とっても自分に近い言葉を

極上の歌声とともに届けてくれる、ドリカム。


多くの人を幸せにする、

その人が

何でこんなに悲しい目に遭ってしまうのだろう・・・。








パートナーの方の、33歳という
年齢にもショックをうける。


日本人だと、何だかみんなが85歳くらいまで
(あるいはそれ以上に)
生きるんじゃないかと、

平均寿命の高さから感じてしまう。


母の主治医の先生がよくおっしゃっていた。

”誰だって、明日のことはわかりませんよ。”



・・・だったら、

精一杯、愛すべき人を愛していこう・・・


そんなふうなメッセージがふと浮かんだ。


人は出会わなくてもいい人とは、出会わないという。

出会う理由があるから、出会うという。



吉田美和さんとこのパートナーの方も
出会った時期、というか
愛をお互いに見出してお付合いするようになった時期が

フツウに、恋愛して、結婚して・・というふうに
進む時期ではなかった。

だけど、

みんながみんな、20代の独身の頃に

長い人生をともに生きようと思う位の

ベストパートナーにめぐりあえるとは、

私は思えない。




それぞれに、出会うべくして出会う人とは

出会う時期にも理由があるし、

もしかしたら、

別れる時期にも理由があるのかもしれない。




吉田美和さんとパートナーの二人は、

精一杯、自分達の時間を
最高に幸せな時間にするべく、
お互いを磨いて、努力していたと思う。



愛するために出会ったのだから

精一杯、愛していこう。



愛の強さと、 

かぎりある命の大切さを

今日、

その二人から伝えてもらった・・・。




数え切れないほど、

私の感情に寄り添ってくれた歌を作ってくれた

吉田美和さんに

心の平安が訪れますように、と。




融けていくような透明な青い光とともに

感謝をこめて、祈りを捧げます・・・








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手紙 & メール

2007年09月11日 | sweet & bitter story
手紙 & メール




毎日、メールで色々なやりとりが、ある。

何かのお誘いや、お礼、頼みごと、頼まれごと。

仕事もメールで済ますことが多い。

発注、予約、アポイントメント、クレーム処理・・・


高校時代の同期でまわすメールも楽しみのひとつ。

誰かが発信すると
次々と尾ひれがついて、
大爆笑メールと、なる。

みんな、超エリートなのに
中身は高校時代と変わって、ない。


自分の気持ちを話す時にも、メールを使う。
もちろん、
相手からも、メールで返信される。


そんなメール漬けの毎日だけれど

私はそれでも、手紙も日に何通か書く。

職場のデスクの2番目の引き出しには

毎夏、軽井沢のWoodmanで1年分買い溜めしておく

葉書やカードがびっしり入っている。










65~70歳以上の方とのやりとりは
お手紙が、多い。

折にふれ、頂くお手紙。


季節を感じさせる美しい便箋や葉書に
丁寧に綴られる文字。


お年寄りを敬遠する人が多いが
ご高齢でも少しも変わることなく
私達を導いてくださる方は、沢山いらっしゃる。


80代だろうが、90代だろうが、

美しい文字と思いやりにあふれる言葉、
そして
知性や品格も、すべて手紙には現れる。

そんなお手紙を頂くと

日本人でいて、よかった・・・と感じるし

私もお手紙を頂いたり、
何か目上の方から頂きものをした時は

ココロをこめて、手紙を書くようにしている。





・・・ふと、思う。

今は大事なやりとりもメールで済ませることが
多いけれど

よほどいちいち万全なバックアップをしていれば
別だけれど

メールの場合、パソコン(や携帯)に不都合が生じれば
あっという間にすべてが消えてしまう。


残っていたとしても
文字はすべて同じフォントで書かれたものだから

そのメールからは、その人柄なんかを
文字から感じ取ることは出来ない・・・


現代の偉人の”歴史資料館”みたいなものが
将来出来たときに、何か人物像が伝わらないだろうなあ・・・

デジタルの技術であたかも
本人がそこにいるような、そんな展示は出来るだろうけれど。


高知の坂本龍馬記念館なんかに行くと、
筆まめだった坂本龍馬の手紙がいっぱい残っていて
とっても坂本龍馬を身近に感じるし、
文字から本人の状態や、人柄を想像したりも出来る・・・。


綴られた文字から
その人自身を感じることの出来る手紙。


焼いたり、捨てたりしないかぎり
何年も、何十年も、百年以上の時を超えても
ずっと残る手紙。


メールよりも、すこし手間がかかるけれど、
私は手紙が、好きだったり、する。








メールに関しては、今の
中学生とか、
高校生とか、が羨ましい・・・


当時、好きな人とのやりとりは大変だった。


フツウ、家には電話が1台とか、
あっても子機があるくらいで

”今の誰” と必ず親や兄弟に聞かれるはめになる。

長電話なんか出来ないし、
気持ちを伝えることも出来かった。


だから、私は手紙が好きだった


中学生の頃、普段は寮生活だったけれど
夏休みなんかは、それぞれの家に帰る。

私は、東京。

大好きだったKevin君は、ロンドン。


手紙を書いて、返事がくるまで
どんなに急いでも10日はかかった。

毎日、キリンみたいに
首をなが~くして、手紙を待った。

毎朝、郵便配達のオートバイの停まる音がすると
ドキドキした。

赤と青のラインの入ったAir Mailの封筒を
見つけたときの嬉しい気持ちは
今もココロの中でとっておきの宝物だ。


今の恋人たちは

瞬時にメールでやりとりが、出来る。

たとえ、相手が南半球にいたとしても

たとえ、真夜中であったとしても

気持ちはすぐに伝え合うことが、出来る。


・・・それが、メールのいいところ








今この瞬間も

たくさんの人が、自分の気持ちを
誰かに伝えようと

メールや手紙を書いている。


人間って、自分の気持ちを
伝えることに、一生懸命なんだな・・・




貴方の気持ちのこもったメールやお手紙が

愛と光に満ちて

相手のココロに届きますように・・・















VOCALIST 3

2007年09月07日 | sweet & bitter story
VOCALIST 3




秋になり、しっとりとココロに響く曲が
何かないかな・・・

銀座の山野楽器をのぞいてみた。


夏の間、

息子が好きなコブクロやスキマスイッチなどを
聴いていた。

純朴な恋愛の歌が多い彼らの曲。


・・・もう少し、ジンっとくるのが
聴きたいな。



・・・驚いた。

なんと、山野楽器の1階
広い邦楽のフロアは、

私の子供の頃~青春時代のシンガー

流行った歌をカバーしたアルバムがずらり・・・

もしくは、

自身の曲を再レコーディングしたアルバムや

80年代のラブ・ソング・コレクションをまとめた

アルバムが目立つところを占めている。



・・・山本潤子、高橋真梨子、稲垣潤一、

杉山清貴、大橋純子まで・・・


ううう 良く聴いたなあ・・・。


その中でも、

徳永英明のVOCALIST 3は、一番目立っていた。


VOCALIST は、徳永英明が

女性ヴォーカリストの曲ばかりを
カバーしたアルバムで
今回で、3作目。


もちろん、私は、1も2もipodに
好きな曲を入れている

なんで、私が好きだった曲を
徳永英明が知っているのだろう・・・

感激するくらい、BINGOな曲のセレクション。

だって、”かもめはかもめ”とか 
”ハナミズキ”とか・・・。


ちょっとドキドキしながら

VOCALIST 3 を手にとり
どんな曲がカバーされているか、見てみる。


・・・ おおう・・・


”やさしいキスをして”から、
”Time goes by" から、
”桃色吐息”から、

”たそがれマイ・ラブ”、

そして ”迷い道”まで・・・


小学5年生(今の息子と一緒)の頃から
3年くらい前までの
私の人生が凝縮されている。


お見事な、セレクション。












VOCALISTでは、イントロや伴奏が

オリジナルよりも静かでシンプルな音。


徳永英明の<声>で聴かせる・・・

という強い意気込みを感じさせる。


ひさしぶりに、聴く曲ばかりだけれど

面白いくらい、歌詞を全部覚えている。

小学生・中学生に沢山勉強させるのは
この頃の記憶したことは、
一生使える・・・ということを
大人が身をもって知っているからだ、と思う。


どうして、小学生、もしくは中学生だった私が

大橋純子の”たそがれマイ・ラブ”を歌っていたのか、

中島みゆきの”わかれうた”を歌っていたのか、

渡辺真知子の”迷い道”が好きだったのか、


今となっては、不思議な気がする。・・・


たしかに、初恋なんていうのは
していたけれど

それは

”・・・途に倒れて誰かの名を
呼び続けたことが ありますか・・・”
(中島みゆき)

のような恋のはずはなく、

”私はもうあなたの背に
もたれかかる 夢をみてる”(大橋純子)

ほどの経験も、しているはずがないのに。



・・・多分、

その歌の”せつない”気持ちが

ハートで理解出来ていた、ということは、

前の人生で、感じていたことの、記憶だ。












・・・曲を聴いていると

ふと、こんなことに気づく。



”人は、誰かを愛したいんだな。”と。


どの曲も、

”愛されたくて苦しい”のではなく、

”愛したいせつなさ”が歌われているような、

気がした。




・・・電話してくれたら、走っていくから

すぐに行くから なにもかも放り出して

息を切らし 指を冷やし すぐ会いに行くから・・・


報われなくても 結ばれなくても

あなたはただ一人の 運命の人

今日という一日が終わる時にそばにいてくれたら

明日なんていらない” 
(やさしいキスをして 詞:吉田美和)



今この瞬間、愛しい人がいたら

この詞のように、ストレートに

誰もがその人を愛したいと思ってしまうのが

とても素直な気持ちなんだろうと、思う。


それがどうして、出来ないんだろう。


傷つくことの恐れ、

傷つけることへの罪悪感、

倫理観や、プライド・・・


何枚ものフィルターが”愛する”ことを
難しくさせる。


人と人は、

出会うべくして出会うのだとすれば、

そこで魅かれあうのは魂が決めた約束ごと。



”恐れ”が愛することを難しくさせるとしても

魂同士が求め合うのであれば、

また、出会う。 永い魂の旅の途中で。










嵐が近づく、妙な静けさの中で

VOCALIST 3を聴いたら

何となく、

”愛”について語りたくなってしまった



あと数時間で、台風が上陸する。

明日は”日帰り神戸”のハードな日。


・・・そろそろ、眠らなくちゃ。














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