![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/c5/b6713256f66e51816bcb37cb96cac54f.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/85/183bad0873172f3ed64ad9f7ac2cf502.jpg)
なんと、20数年ぶりに天候が大荒れのため、神迎えいう稲佐の浜で八百万の神様が舟に乗ってやってくるという儀式が中止となりました。ええっつ?そんなことって・・・と神迎祭という出雲大社の神楽殿で夜に行われる神楽の儀式が8時半頃からありましたが、その前に稲佐の浜から神様を神官たちが連なって出雲大社までお連れするという行列がいつ?どのようにされるのか?誰も知らないまま、神楽殿の前から商店街まで観光客と地元の人々が集っていました。私達は6時半過ぎに神楽殿の前に着きましたが、沿道はそんなに混んでいる様子もなく、神楽殿の前の広場に来たものの、そこは人であふれかえっており、神楽殿にはどんな人が入れるのか?中に入れないというのが確実にわかり、とりあえず神楽殿の前の広場で行列を待っていました。このお札のようなもの(名前を忘れました)は、近くに居た団体さん(たぶんこの出雲の神迎え~神在祭のために来られている熱心な方々)に、色々とお話を聞いているうちに、写真とっていいですよ。と撮らせてもらいました。商店街の方々なのか?青年団の方々が日中に出雲大社の周囲で配っていたそうです。それもいつ?どこで?ということがすべて定かでない感じでした。
本来、神様をお迎えするということは、忌の日とされるのが古来だそうで。神様がやってくるという数分前に沿道の商店街の街灯とお店の電気が一斉に消えました。つまり・・・闇の中で行列を作って、出雲大社までお連れするということが、初めて参列してみてわかったのです。昔は、誰も家から出て見に来てはいけない、家の中でじっとしている日だったそうですから。バリ島では、今もそうゆう日が年に1日あり、古来ながら何もしてはいけない日となっていますので、昔はそうゆう日があったのだと改めて思いました。誰も動いてはならぬ、見てはならぬということだと思います。
一斉に電気が消えて・・・やってきたのは、行列ではなく最高神官の千家さんもいたはずですが、観光バスが2台神楽殿の前に横付けされて、大きな白い幕が張られて、バスの中から神様が神官と一緒に降りてきました。ビデオ撮影、写真撮影は一切禁止であります。それは、当たり前でしょう。と思ったけど、構わず回し続けている人多数。闇の中でどれくらい映っているのか?わかりませんが、神官の衣もすべて白となっており、この儀式は稲佐の浜から観光客が行列して着いてくるようなモノにいつからか?変わったのだと思います。誰も神様を直視してはならぬ!というのが、本来のあるべき姿でしょう。神官が大勢、観光バスでやってきたのには、ちょっと笑えました。
神楽殿に入れた方々は、地元の方も皆がその情報を知っているわけでないようで、私の泊まった旅館の若夫婦はわからなかったようだが、神楽殿に入って待っていた参列者は午後4時過ぎからず~~~~っと、8時過ぎの神楽を待っていた方々のようである。事実はよくわからないが、明るいうちに座って待っている方々と。。。晩御飯も食べずに?でしょう。なので、すんなりあきらめました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/58/d8/e609fca743aae6d8e6598cdf312a40f8.jpg)
あまりの寒さのせいもあるが、私達は翌日の朝9時からの神在祭は参列することはあきらめ、ご祈祷してもらいに出雲大社を訪れたが、30分毎のご祈祷は、待っている人もそれほどでもなく、受付したら、すぐにその次のご祈祷の回でした。大きなご祈祷殿の中は5~60名が座りましたが、ご祈祷を依頼したのは、10数名程。その家族や連れが多く座っていました。出雲大社のご祈祷はとてもシンプルというか、住所もある程度省略して、どんどん名前を読み上げていきます。10数名ならもっと細部を読み上げてもいいものだが、省略。
強風とすごい寒気で、人出が平常時と変わらなかったと思われるので、地元の御商売をやっている方々は一年で一番の稼ぎ時に大変なことになっていたようだ。選挙前で忘年会等の宴席が次々とキャンセルになって、悪天候で来られない宿の客のキャンセルも相次いだようだ。私がいた3日間以降も強風は吹き荒れていたというのだから、今年の神在月の神様達は日本に日本人に何かいつもと違う言いたいことが、あるのではないでしょうか?
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます