古希からの田舎暮らし

古希近くなってから都市近郊に小さな家を建てて移り住む。田舎にとけこんでゆく日々の暮らしぶりをお伝えします。

昭和陸軍の上官たち

2022年06月24日 21時52分41秒 | 古希からの田舎暮らし
 いま読んでいる『満州国演義』は、昭和陸軍の上官たちの愚劣さを告発しています。ぼくらの世代は子供の頃に戦争があったわけですが、戦争の話をきくと「上官たちの愚劣さにいまも腹が立ちます」。相和19年生れの作家・船戸与一は膨大な資料を駆使してこの大河小説を書き上げました。インパール作戦を強行した牟田口廉也/何の作戦もないまま特攻機に若者を追い立てた富永恭次/ノモンハンで大失敗したのにあちこちで作戦に口を出した辻政信/などを、あちこちでこき下ろしています。
 そのなかで、特攻隊の部分を引用します。


「 …… 神風特攻隊を崇高な行為の極致と讃えまくる。特攻を英雄視して日本精神の鑑と書く。ふざけた話だ。まったく。  ……
 第一次上海事変のときの爆弾三勇士と同じです。あれは単なる事故だったのに、捨て身の救国行為と新聞に書かせた。腹が立ちます」
  ……
「わたしは事実を言ってるだけです。もともと特攻という戦術は零式戦闘機なんかでやる戦術じゃなくて、機首に1,2噸の炸薬を積める桜花という有人ロケットが完成してから試みられるはずだった。それが間に合わないうちに零戦で敢行された」
  ……
「さらに敵艦めがけての体当たり攻撃以外に補給なしの斬り込み部隊の投入も行われた。 …… 富永恭次第四軍航空軍司令官は千名以上の高砂族青年部隊に山刀を与えてマニラを離陸させ、レイテ島の脊梁山脈を越えて落下傘でブラウエン飛行場近くに降下、抜刀による斬り込みを命じたのだ。その効果については一切報告がなされていない。高砂族がいかに密林での生存術に長けていようと、そんなかたちで軽機関銃の掃射を浴びればどうなるか。 …… 」


 召集された兵隊たちを消耗品のように戦場に駆り立てた上官たちの思い上がり。この「残酷」も歴史に埋もれていくのか。 


                                         
 
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