”33年間、介護を続けてきた理由(わけ)”〔4〕 「介護の原点」 ②
どの寮母・寮夫(介護員)は、
介護に関する基礎知識や技術を学んだものは誰ひとりいなかった。
現在ならば介護福祉士や介護職員実務者研修などがあり、
介護の基礎知識や介護技術を体系的に学べる制度(研修)がある。
意識がなく寝たきり状態にある荻原光代さんのかかわりについて
寮母・寮夫と話し合いを持った。
意識がなく反応がなくても
食事は胃ろうであっても濃厚流動食を開始するときには
「荻原さん、ご飯ですよ」
機械浴のときも
「お風呂ですよ、気持ちいいですか」
おむつ交換のときは
「さっぱりしましたね」
介護のたびに言葉かけを行うよう取り決めをし、実行してきた。。
心のなかでは「本当に意識が回復するのかな」と、
濃厚流動食で栄養はとれ、摘便も行っている。
健康管理はできてきており、32歳と若く体力もある
「このまま意識回復しないまま、何年長生きしていくのだろうか」、と
気持ちの中で正直思っていた。
彼女に関わり3ヶ月過ぎたころ、顔の表情に変化が表れててきた。
まだそのことがどういう意味を持つか、誰も気がつかずにいた。
硬かった顔の表情が、全体的に和らいできたよう印象を受け、
寮母の会話のなかでも、そのことが話されていたな。
50歳半ば過ぎで男勝りで、ガラガラ声、恥らいも失せてしまった寮母がいた。
その寮母が、彼女の顔をみながら
「だんなさんとキスしたことがある」と
単刀直入に繰り返し聞くのである。それも大きな声で・・・・。
そのとき光代さんは、はにかみの表情を見せた。
言葉が耳に届き、頭が反応し、はにかみの表情をしたのかどうかは、
そこまでは意識して捉えてはいなかった。
向日葵の咲く季節
8月に入り、8日のことである。
光代さんをリクライニング型車いすに乗せ、散歩に行ったときのことである。
私は車いすを押しながら「子どもの名前でも呼べればいいのになあ~」と話しかけた。
(子どもの名前は純君 2歳になる)
すると・・・・
どの寮母・寮夫(介護員)は、
介護に関する基礎知識や技術を学んだものは誰ひとりいなかった。
現在ならば介護福祉士や介護職員実務者研修などがあり、
介護の基礎知識や介護技術を体系的に学べる制度(研修)がある。
意識がなく寝たきり状態にある荻原光代さんのかかわりについて
寮母・寮夫と話し合いを持った。
意識がなく反応がなくても
食事は胃ろうであっても濃厚流動食を開始するときには
「荻原さん、ご飯ですよ」
機械浴のときも
「お風呂ですよ、気持ちいいですか」
おむつ交換のときは
「さっぱりしましたね」
介護のたびに言葉かけを行うよう取り決めをし、実行してきた。。
心のなかでは「本当に意識が回復するのかな」と、
濃厚流動食で栄養はとれ、摘便も行っている。
健康管理はできてきており、32歳と若く体力もある
「このまま意識回復しないまま、何年長生きしていくのだろうか」、と
気持ちの中で正直思っていた。
彼女に関わり3ヶ月過ぎたころ、顔の表情に変化が表れててきた。
まだそのことがどういう意味を持つか、誰も気がつかずにいた。
硬かった顔の表情が、全体的に和らいできたよう印象を受け、
寮母の会話のなかでも、そのことが話されていたな。
50歳半ば過ぎで男勝りで、ガラガラ声、恥らいも失せてしまった寮母がいた。
その寮母が、彼女の顔をみながら
「だんなさんとキスしたことがある」と
単刀直入に繰り返し聞くのである。それも大きな声で・・・・。
そのとき光代さんは、はにかみの表情を見せた。
言葉が耳に届き、頭が反応し、はにかみの表情をしたのかどうかは、
そこまでは意識して捉えてはいなかった。
向日葵の咲く季節
8月に入り、8日のことである。
光代さんをリクライニング型車いすに乗せ、散歩に行ったときのことである。
私は車いすを押しながら「子どもの名前でも呼べればいいのになあ~」と話しかけた。
(子どもの名前は純君 2歳になる)
すると・・・・
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