:雪切・刀也
かつての喧騒は薄れ、今なお其処此処に戦の跡があった証が見え隠れする京の都。
しかし、それでもなお、様々に生き急ぐ人々が行きかう中を見つめつつ、雪切・刀也は馴染みの団子屋で茶をすすっていた。
あれだけの騒動がありながらもう営業中とは。中々肝の据わった店である。
「藤豊が予想通り動いたか。それも、最高のタイミングで・・・」
延暦寺に平織、その両者に神皇が仲介を持って行われた秘匿会談。それは無事に行われはすれど、収束に向かうには、あまりにも無理があり過ぎた。
何があったのかは概ね聞いている。酒呑童子の乱入に両首脳の共倒れ。そして藤豊の介入・・・。
「・・・読み切れないものだな。片方は倒れると思っていたが、まさか両方とは・・・」
「読めたのは藤豊の『最高のタイミングで介入』だけだったね。
お人好しでなければ、わざわざ『他国の戦争』に真っ先に介入するはずがない。
どうせなら、平織や延暦寺、その他の諸勢力が疲弊しきったところを突けばいい。あとはどうとでもなる」
「難しいもんだ。 ・・・それはそうと、お疲れ様だ、ミリート。
鬼の群れを相手に、相応の活躍をしたそうだな」
:ミリート・アーティア
指先についた団子の甘だれを子犬のようにぺろぺろ舐めとりつつ、ポニーテールの少女が笑顔を向けてくる。
若干はしたないなぁ、と思う反面、冒険者だし、と思えてしまう自分は毒されてるのかと内心、苦笑する。
「お互い様に。そっちも活躍したみたいだね」
「鬼退治をしていたミリートと違い、全く誇る気にはなれないけどな。
単にむかっ腹が立ってたから動いた、要約するならそんなところだ」
我ながらその要約はどうなんだろうか? と軽く溜息ののち、残っていた茶を一気にすする。
鮮やかな苦みが残り、口中の不純物全てがなくなっていくようだ。
「でも、問題はこれからだよ。平織、というか、私個人としては市が心配。
どうにかしてあげたいけど・・・」
複雑な顔をするミリート。市とは平織の統括者である市姫のことだ。
どこをどうしてそんな相手と友人になれたのかは理解不能である。
が、凶暴な野生の翼竜の背で歌を唄うような規格外娘なのだから、それも当然とも思えるのだから恐ろしい。
・・・俺の普段の苦労も窺えるだろう。てか、分かれ。
「・・・別段、家臣というわけでもないのだしな。冒険者は、傭兵のそれと変わりはしない。
ま、時期に平織から依頼は出る。戦後処理の問題は少なくないんだ」
ぽふぽふと頭を撫でつつ、追加の団子と冷たいお茶を頼む。茶はともかく、団子がいつの間にか切れていたらしい。
「だといいんだけどね。待つだけってのは辛いなぁ・・・」
「そうだなぁ・・・でも、とりあえず、俺の分の団子を食うのは勘弁してくれ」
犯人は素敵にもお隣様らしい。のんびり食ってたと思ったら、この子は・・・。
しかし、ミリートは悪びれることもなく笑顔で応える。
「え~? いいじゃん、別に。いっぱいあるんだしさ。いわゆる贈り物ということで」
「『あった』の間違いだろ!? てか、いいわけあるか!」
突きたての餅のようにミリートの頬をみよぉ~んと伸ばす。
なんかわてわてしてるが、知るか。
「刀也の旦那、お待ちどうさま。お茶に団子を持ってきましたよ」
そんな馬鹿をやっているところに、店主の三助さんが頼んだものを持ってきてくれた。
それを会釈と共に受け取る。その横では、ミリートは赤くなった頬を涙目でさすっていた。
「う~、酷いなぁ。私もお団子ぉ!」
「酷いのはお前だ。油断のならない奴め」
なんか抗議してくるが今回は遠慮しない。全くこの子は・・・。
しかしそれも見越していたのか、三助さんがミリートの方にも別皿に乗った団子を置いた。
「ダメですよ、旦那。身内は大事にしないと。それに、子供のイタズラに寛容でないと、大人とは言えません」
穏やかな笑顔を浮かべる店主にそう言われ、ぐぅの音も出ない。その傍らでは、ミリートが満面の笑顔でお礼を口にしている。
むう、俺もまだまだ未熟だなぁ。
そんな風に軽く自己反省する中で、とあることを思い出した。とても小さく、しかし大事なことを。
そして連鎖的に、とあることも思いつく。ふむ、やる価値はあるかな…。
「ミリート、そういえば報酬をまだ貰ってないぞ。あの約束、お願いするよ」
「だう? 約束? ・・・・あー!! そっかそっか。バタバタし過ぎてすっかり忘れてたや。ごめん。ごめん」
焦って謝るミリート。そんな彼女を見つつ、
「なぁに、気にするな。むしろ、今はそれが都合がいい。
三助さん、お客さんが増えた方が店にはいいでしょう?」
「はっ? はい、それは確かですが・・・」
三助さんは何が何やらという表情を浮かべ、逆にミリートはわかったように声を上げた。
「お~、成る程・・・。
うん、OKだよ。お団子持ってきてくれたし、そのお礼も兼ねてね♪」
愛用のハンカチで手の汚れを拭うと、慣れた手つきでバックパックから何やら楽器を取り出した。確か、あれはリュートベイルだったか?
「えっ? いや、一体何が始まるんです?」
「まあまあ、見ていてください。いや、聞いて、かな?
損はありませんよ。あの子の歌と音楽はね」
まるっきり置いてけぼりの三助さんを宥めつつ、俺はミリートに合図を送る。
それのお返しなのか、ミリートは茶目っ気たっぷりにウインクを入れた。
「それじゃあ、いくよ。勿論、楽しくね♪」
初めに優しく弦が弾かれ、そして言霊がそれに乗っては周囲を覆っていく。
それに惹かれ、或いはその集まりが気になってか周囲の人はだんだんと足を止めていった。
その伸びやかな明るい声と、心地のいい暖かい演奏・・・。
苦難があったばかりの自分達をまるで鼓舞するかのように聞こえてくるであろうそれに、人々が耳を傾けていくのが分かる。
(これが、ミリートの〝報酬〟か・・・。しかし、本当に良い歌を唄うなぁ・・・)
弾けて混ざり、歌と演奏で空気さえも変わる。そんなものすら出来るのではと錯覚し、思わず内心で苦笑する。
やがて、幻想の様なそれが終わると、あたりは急激な歓声に包まれていた。
それらを笑顔で平然と受け取めると、彼女は俺と三助さんに「どうだったかな?」と、相変わらずなミリート。
「ああ。文句なしだ。ありがとう」
「いや・・・なんというか、凄いですね。私は音楽なんて興味の無かった人間ですが、これは…」
「お~い、団子団子! こんだけいいもの聞かせてもらったのに、買わなきゃ罰が当たる」
「いやぁ、全くだ。というわけで俺にもくれ。頼むぜ、大将!!」
三助さんが戸惑いながらも称賛を口にする中、それは多くの注文の声で遮られた。急激なそれに、店もてんやわんやと忙しくなる。
そして隣にいるミリートはミリートで「次はいつやるんだ?」、「また聞かせてくれよ!」と、その反応には驚いているようだ。
ま、この国では欧州みたいな『歌』という概念が確立されていないから、尚更なんだろうな。
ふふっ、でも、呼び込みは十分だったみたいだ。それに、多少なりとも活気が出てきている。
こんなご時世なんだ。だから、こういうときがあってもいいだろう。それに、楽しい方が俺もいい。
うん。最後の読みは、上手くいったみたいで何よりだ。