日向で雪遊び

WTRPGやFGOなどのゲーム。
園芸や散策した場所の紹介、他に飲食のレビューなど雑多なブログです

ただ歩いて・・・

2009年07月18日 | AFO小説
 暑い……ただ暑い、夏という時間。湿気を帯びた重い熱は、人の身の心地良さとは程遠い。
 この国特有の四季の円環だが、その季節も過ぎた夕暮れだというのに、汗が薄く滲んでは落ちていく。
早く涼しくなるといいのに。そんな事を胸に少年はそれを軽く拭うと、縁側で夕涼みをしている主の下へと向かった。落ち着いた印象を与える紺の着物を揺らし、そこに首の裏で絞めた漆黒の髪がよく映える。
「ご主君、お身体に障りますので中へ……」
 盆に載せた湯呑を置き、少年は自らの主を見やった。そこに主を慮る色を向けさせて。
 そんな彼を穏やかに見るや、少年の主は茶の礼を口に視線を先程までのそれに戻して見せた。
 それは、鮮やかに染まった小さな木。真紅にはやや遠く、されど蘇芳には赤過ぎる、愛らしい紅葉の木。地面に散った蛙の手が、更にそれを彩らせている。
「心配症ですね~、ふふっ。もう暫く見ていたいと思いましてね。私と貴方の縁の木を」
 置かれた湯呑みで口を湿らせ、主と言われた男は笑みを崩さない。
 そしてその瞳が浮かべるのは、懐古のそれだった。
「……あの時のことも、今は随分と遠いことに感じてしまいます」
「そうですね。毎日がこうも幸せでは、それも致し方のないことでしょう。
貴方を側に置いて以来、それを強く実感していますよ」
「っ!? お戯れはよしてください!?
 でも、ホントにそうでしたら、僕は嬉しいですけど……あっ!?」
顔を伏せる少年を、男は愛おしそうに頭を撫で回す。小声で答えた彼は、更に縮こまってしまった。
「もう、4年ですか……」


―神聖暦993年 夏―
人里近き山中に 黒に塗れし獣在り
闇に乗じて歩みを進め 盗み 奪っては人を食む

 ギャァァン――薄暗い山中に高い金属音が響き渡る。明らかに場違いなそれは、刀剣が交差しあった旋律。同時、片方が衝撃で地に叩きつけられる。そしてそれらの音の数秒後、虚空をくるくると舞う錆びた剣先が、終わりを告げるように大地へと突き刺さった。
「私の勝ちのようですね。もう、抵抗は無意味ですよ」
 黒袴に黒い羽織。見た目の黒染めから鴉を想起させるその男は、だらしなく下げられた切っ先をふらふらとぶらつかせながら、目の前の相手に不用心な風情で視線を注ぐ。先程まで斬り合いをしていたはずだが、余りの落ち着きぶりにとてもそうだとは思えない。
「御大層なお話でしたが、所詮伝聞は伝聞ということでしょうかね。
 とはいえ、驚いた事に変わりはありませんか。まさか獣ではなく、泥塗れの少年だとは・・・」
「・・・・・・っ!!」
 さも他人事のように語られるそれ。少年に刻まれた血筋と打撲は男によって巻き起こされたのだが、自覚が有るのか無いのか……。折れて尚握られる刀が、否応なく締め付けられた。
「そんなに睨まないでください。怖くて敵いません。
 でも、お話は聞かせていただけると嬉しいですね。特に、人喰いの件に関しては」
「……そんなことするか。ただ、金や食い物目的で襲ったことはあった」
方やまるで無警戒に佇む男、方や座り込んで尚抵抗を示す少年。そんな奇妙な状況だが、男は鷹揚なままに続けていく。
「ああ。となるとやはりデマですか。
 まあ、その手の風習がある所も珍しくありませんけどね。何より、こんなご時世ですから。大名方の人身売買や乱取り等も当たり前。盗賊のそれと大差ありません。嫌な世です、ええ本当に。その辺も関係してそうですかね」
 溜め息交じりにそう呟いていたが、ふと、男の視線が別を向く。しかしそれもすぐに戻ってしまう。
 突然視線を戻された為、少年は警戒を更に上げた。先程まで命のやり取りをしていたのだ。殺されると思うのが自然である。
 だが、それは全くの見当違いであった。
「ふふっ。少し安心しました。とはいえ、そうも言ってられませんかね。さてと……」
「お前、何をッ!?」
 ずぐり――――男は躊躇わずに左手を愛刀で突き刺した。溢れ出る鮮血にその手は濡れ、刀身は命を吹き込まれたかのように染まっていく。男は何を考えているのだろう? 更には、それを自分の顔にも塗りたぐった。黒い衣服に赤を讃えたその様は、気味の悪いそれでしかない。
 次いで、男は少年にその羽織を被らせては強引に寝転ばした。無論抗議が返ってくるが、「今は大人しくしててください」と言い、次いで「声を立てずに」と仕草を見せる。
 それから少し、落ち葉を踏み鳴らす音が聞こえてきた。少年からは見えないが、草臥れた服装に土の匂いを漂わせている。麓の村の一人だろう。
「侍の大将、無事でしたか。それにしても、獣ってのは……」
「ああ、どうにか仕留めました。死ぬかと思いましたが、もう大丈夫。ほら、この血糊がその証拠です。噂の獣だけあって、流石に加減が出来ませんでしたけど、ね。なんなら、死体も拝見します? ……原型がないぐらいにずたずたですが」
 優男が瞬時に失せた。そこに在るのは、血に塗れた剣客の顔。
 それが少年の視界に在らずとも、急激に世界が冷えた様な圧迫感を感じさせられた。同時に、村人の腰が引いたことも。
「何にせよ、安心して村の衆に伝えてください。もう大丈夫だと」
 ただ頷いては、男は来た道を些か滑稽な程に駆けて戻る。闖入者が出ていくのを感じ取ると、少年は顔を上げた。その表情に浮かぶのは、得体の知れないモノを見るそれ。
「……どうしてだ? どうしてこうまでして助けた? 僕には、分からない」
 血の滴るそれが布で巻かれる様を、少年は無自覚に見つめていた。なんなのだ、こいつは。
「黒い獣の退治を承ったのですが、獣などいませんでしたから。とはいえ、私も善人では有りません。打算もちゃんと入ってますよ。
『おっかない獣、凄くカッコイイ志士さまが命賭けでやっつける☆』
となれば、忠義立てしている神皇さまの名誉にも繋がりますからね。こういう宣伝は、ある程度派手目なのがいいのですよ。ふふふふふっ」
 張り詰めていた筈の空気は何処へやら。余りのド阿呆振りに呆れた顔になる少年。だが、その上で更に問う。それだけなのか?と。
 男は手を弄ぶように頬を掻き、しかしそれに対し淀みのない様で答えた。
「誰かを敵と判断する、私はそれを厭います。何故なら、敵は打ち倒さなくてはなりません。安易に定めていいものではないと考えます。幸い、当たったことはありませんけどね。
 大事なのは、何を何処迄受け入れるのか、でしょうかね。まあ、個人的な我儘とでも受け取ってください」
 男は変わらず穏やかにほほ笑んでいる。だが、やはり訳が分からない。大きくなった戸惑いの中、全くの予想外な提案が訪れた。
「今日出会ったことを吉とするなら、私と来ませんか? もう暴れる必要もないでしょう。それと、宜しければ、名前をお聞かせ願いたい」
 なんだ? この男は一体何を言っている? 答え様の無い疑問符が更に増えた。その中で分かるのは、自分の名を聞かれたというただ一点。少年は訥々と音を紡ぐ。
「……そんなものは無い。生き残るのに、必要がなかったから」
 しばしの沈黙。しかし、その静寂は破られた。
「では―――丁度手もこんなですし、“刀也”というのがいいでしょうね」
「とー・・・や・・・?」
「汝、カタナ、也。そういう意味です。暫く刀も握れなさそうですから、色々助けてください。頼みますよ?」
「……ッ!?」
 ドクン。何かが大きく鳴った気がする。
 声が出ない。いや、出せない!? それに、身体が熱い。日差しの照りとも、焚火の熱とも違う。これは何なんだろう。
「ああ、そうそう。私としたことがまだ名乗っていませんでしたね。
 私は鞘継、雪切鞘継。江戸を中心に動く、一介の志士です」
 そこに差し出されたのは血染めの左手。布で大雑把に絞めた後も、ポタリポタリと不規則な音を刻んでいる。
「ふふっ、夏の紅葉も悪くない……。こういう出会いも、一興なんでしょうね」
 燈った熱を内に抱き、生まれたての無垢さでただ前を見る。握られていた筈のそれが、カランと音を立てて鳴り響き、少年はおっかなびっくりと手を伸ばす。
「来なさい、刀也。私と共に」
 鞘継の穏やかな笑顔が、刀也にはひたすらに眩しく映った。


「あの時、ご主君に拾われなければ、僕は死んでいたでしょうね。
 ですが、何よりも必要とされたことが嬉しかった。本当に感謝しています」
「おやおや。そんなに堅苦しく考えないでください。ただの気粉れだったかも知れないんですよ?」
「気紛れでも構いません。刀也は、貴方の物です。存分にお使いくださいませ」
 真顔のまま低頭する刀也に、鞘継は苦笑した。本当にこの子は……。
「……変わりませんね、そういう、どこまでも生真面目一途なところは。
 私が馬鹿をやる時は思いっきり諫めてくれますが、それも魅力なんでしょうかね。
 お陰で、知人のお姉さま方に羨ましがられちゃってますよ。あんな可愛い弟が欲しいって。いや~、人気者は持てますね~」
 突然のそれに刀也が気色ばむ。抗議の喚きも、柳の笑顔には暖簾に腕押し。はいはいと涼やかに流されてしまう。
(だが、それ故にどうしようもなく危険でもある。一途とは、薬毒の表裏なのだから)
 笑顔の裏で言葉を飲み込むと、そのままに彼の頭に手をかけた。
「刀也。長い間、今まで良く仕えてくれました。
 私は剣や生き方等を教え、そして共に歩いてきましたが、その中で貴方の向けてくれた真っ直ぐな感情と忠義は、とても気持ちのいいものでしたよ。
 そう―――私も、神皇さまへのそれを見習うぐらいに」
 やはり言わなければなりませんか。酷な事だと理解し、だが必要だと鞘次はそれを口にする。
「……雪切の家を差し上げます。手筈は既に整えました、後はわずかの手間でいい。
これは好きに使って頂いて結構です。幸か不幸か、私には身内がいませんからね」
「お待ちください!? 突然っ!?」
「自分の死期が近いのは自覚してますよ。その為の療養でしたが―――もう刀も大分握っていませんしね。
だから託せる者に託したい、それだけです」
「な、何を弱気なことを!? 僕には、貴方が必要なのです! 主という担い手がいなくて、一体なんの刀だというのですか!! 
 ご主君が死ぬというなら、刀也も供として参ります!!」

 殉死―――この時代において、然程珍しいものではない。
         寧ろそれは歓迎されて然るべきものであった。だが……。

「罪な名前を贈ってしまったのが、私の最大の過ちですかね……。
 刀也、これからは好きに生きなさい。そして気が向いたのなら、あの時の事を恩と想うなら、それが誰かに繋ぐように。私も、そうやって人に手渡されました」
「ですが!!?」
「これが人です。貴方はもう獣ではない。それ故に受け入れなければならないのですよ」
 その言葉に激しさはない。普段と同じ、穏やかに笑う主がいるだけだ。だがそれ故に刀也は何も言うことが出来なかった。
 共に在りたい、自分の一番大切な人だから。だが、これがその人の願いなのはどうしようもなく理解出来る。それだけは裏切れない。絶対に、絶対に。
 刀也は抗い様のない絶望感を自覚し、そして悲しかった。
「あ…ああぁぁぁぁぁぁ……鞘継…さまぁ…ッ!!」
「こらこら、男の子が泣くもんじゃありませんよ、全く……」


―神聖暦997年 秋―
 この年、雪切の家督を継承。同時に、刀也から感情がほぼ失われた。同年、彼は志士の道へと入る。それはただ主の為か、空の方寸を埋める為か。
 また、これ以後、彼の胸の内で当たり前だった忠義の二文字が呪詛の様に渦巻くこととなる。

「……主の居ない刀とは、斯様に無様なものなのか…」

 彼が再び感情を取り戻す端緒は、2年後の冒険者を始めて数多のヒトと触れること。
 しかして、果たして、それで全てが収まったのかは、誰に語ることもなく…。



「………ここ、は…」
「…起きたか? 色々と魘されていたようだ。お前の愛犬に連れられて来てみたが」
 片手で顔を覆いながらゆるりと上半身を起こすと、そこには高町恭也がいた。いつも淡々としている彼の傍らには、愛犬の涼が心配そうに声を立てている。
 項垂れたままに視線を向けると、すぐに刀也はそれを下へと戻した。
「ごぅ…州? そうか、そうだな…。いや、すまない。夢を、見ていた。古い古い夢を」
「…………ふむ? まあ、それはそれとして汗が酷いぞ。これで顔でも拭いとけ」
 布が放られて頭が覆われる。項垂れたまま、無抵抗にそれは受け入れられた。
「……此処は、懐かしいから…土と野の匂いが何処よりも強いから。だからなんだろうな、あんな夢を見るのは」
 あれからもう5年以上、か……実質、喪に服していたようなものだ。そんなことなど、あの人は絶対に望みはしないのに。
 そんな事を思った所為なのか、ふと、身に纏った羽織に目が行ってしまった。そこには誇るように、志士の証が明確に記されている。 
 殺意交じりの自己嫌悪が湧き上がり、次いで自分がどうしようもなく滑稽に思えた。
 何時まで縋る? 何処まで焦がす? 顧みるも、其処に何もありはしない。
――――――――この錆び刀めッ!!


 沈黙を破る息が吐き出された、静かに、だが大きく強く。自然、双眸が定まった。
「………決めた」
「何をだ? というか、先ほどから訳の解らない事ばかりを…。薔薇族にあてられたか?」
 恭也の遠慮ない突っ込みが入る。豪州で刀也が気に入られてしまった相手だが、この意味不明な状況では妥当?だろうか。だが、気安いそれで少しだけ軽くなった気もする。
「そんな訳あるか。あとで話す…その時は頼んだよ」
「…説明がないのでわからんのだが、手の余ることは勘弁だぞ」
「ちょっとした手間と言うだけさ。手はずは此方で整える」
「やれやれ、事務仕事が一つ増えたな」
 淡々とした風情で口にするや、テントの外へと出ていく恭也。視線は戻り、そして刀也は顔を上げる。かけられた布がズレ落ち、音もなく止まって伏せた。
 志士を辞す―――決めて尚胸は痛むのか。じくじくと熱を持ったように疼いている。だけど耐えられない訳じゃない。鞘継さま、僕は前へと進みます。漸く進めそうです。ですが、忘れません。絶対に、絶対に。

 数秒の黙祷。静かに誓いを灯した中、不意に頬先を何かが触れた。ああ、涼に軽く舐められたのか。
どうやら慰めてくれたらしい。
そしてその為に、顔に浮かんでいたそれに気づいた。

 敢えて黙していたのだろう。涼を撫でつつ内では恭也に感謝をし、次いで顔を拭いながらテントを抜ける。そこには、遮るもののない圧倒的な星空が鮮やかに在った。土と野に浸された夜風が火照りを冷やし、それが何とも心地良い。
「いい夜だ…とても、とても………」
 野にいた獣は人となり、今は刀也という名を抱いている。
 空を見上げる刀身は、地を見守る月明かりの下、確かな光彩を映していた。

―――豪州クエスト:第7回個別リプレイへと続く


はい、どうも。
とりあえず、刀也んの昔はこんな感じです。もし、このままで行けたのなら、AFOではどんなに風になってたんでしょうね。

それはそれとして、豪州仲間の恭也くんにお越し頂きました。
刀也ん一人だけではちょっと辛かったのですよ。人と絡んでこそな子なので助かりました。
RGM-179さんに感謝(ぺこり)

今回、非公式で豪州とリンクしてみましたが、第7回での転職の裏事情といった感じです。
精霊さんとの契約も、ある意味では当然だったというべきなのか・・・まあ、そこまで発展するとは思いませんでしたけどね(苦笑)

それでは、お付き合いいただき、ありがとうございました(ぺこり)